嘘だらけ
王都を囲む巨大な城壁の上に彼女はいた。というか、ぐるぐる巻きにされて旗を掲げる柱に吊るされていた。
その直ぐ足元では兵士達が魔物と交戦しているのが見える。かなり苦戦を強いられている様だが、問題は王都内部にも魔物が入り込んでいる事だ。
「あそこ!ミーシャお姉ちゃんだ!」
「あんの馬鹿!こんなとこで何やってんだ!」
「僕思うんだ……状況的に見てアレをやったのはレイヴンじゃないかなって」
「うん……だよね」
ミーシャがどうしてこんな所にいるのかは置いておいて、ランスロットは兵士達に加勢するのが正解なのかどうか判断しかねていた。
迂闊に手を出して魔物を操り圧政を布いた元凶に加担する事になるのは御免だ。
「城壁の上まで飛ぶ!ランスロット!土台!!!」
「へ?ちょ…な⁈ 土台⁈ ぐおおお!」
カレンはランスロットの腕にロープを巻き付け、もう片方を口に咥えるとクレアとルナを両脇に抱えて勢い良くランスロットの背中を駆け上がった。
子供とは言え、人間二人を抱えたまま城壁の上まで飛び上がる脚力は尋常ではない。
「あいつの脚力どうなってんだよ……って、うおっ⁈ 」
腕に巻かれたロープが張り、ランスロットの体が宙を舞った。
「あははは!馬鹿ランスロットの一本釣り〜!」
「「おお〜!」」
「痛ッ……てててて……。もっと優しく出来ねぇのかよ!肩が外れるかと思ったっての!」
「文句言わない。どの道、その足じゃあ飛べなかったでしょう?」
「……気付いてたのかよ」
「当然でしょ」
ランスロットは本来の戦闘をした事で足にかなりの負担がかかっていた。
十分に鍛えたつもりでいたが、情け無い事に全身の筋肉をフルに使う戦い方を長い間していなかった反動が出ている。
痙攣した足を見つめるランスロットは歯噛みしていた。
「そう気を落とすな。本来の戦闘方法に加えて、今は限界以上に力を使っている。むしろその程度で済んだのは、お前自身が壁を越えるところまで来ているとも言える」
「あの……どっちが本当のカレンさんなんですか?その、喋り方が……」
「え?ああ、どっちも私よ。長い事パーティーを指揮してたから、たまに人前で喋るとごっちゃになるのよね。紛らわしくてごめんなさいね」
「はあ……」
「ちょとお!!!皆んな呑気に話してないで早く降ろして下さいよーーー!!!」
頭上を見上げると、唯一自由に動く足をバタつかせてミーシャが猛抗議していた。
キツく縛られたせいか、手の色がおかしな事になっている気もするが、取り敢えずは怪我も無く無事なようだ。
「やっぱりミーシャは面白いわね。泣きながら怒るなんて器用な事を。っと、そうだった。ミーシャ!悪いがもう暫くそのままだ。先に拠点を確保する」
「「「拠点?」」」
不敵な笑みを浮かべたカレンは高く積まれた木箱の上に飛び乗って周囲を見回した。
兵士達は劣勢ながらも士気はそこそこ高く、意外な事に善戦していた。
自分達がこれだけ騒いでいるのに気付かないのは、魔物に集中していると言うより、魔物の対処だけで限界だからだろう。だが、その均衡も長くは続きそうに無い。
魔物に混じって厄介な存在がいるのが気になるが、あの程度であれば問題無い。
「魔物を操るって聞いていたのに……なるほどなるほど。大分状況は掴めて来たわね。それにしても悪魔崇拝だなんて馬鹿な事を……。それと、問題はアレね。魔物堕ちしたみたいだけど、どうやったらあんなに大きくなるのかしら?」
王都中央に佇む巨大な魔物は、周囲に近付いた魔物を片っ端から捕食していた。内包している力も相当な物。手加減出来る相手では無さそうだ。
「カレンちゃん酷いです!そんな事言わずに早く降ろして下さいよぅ!」
「残念だが、お前を庇いながら戦う余裕は無い。そこにいれば一先ずは安全だ。我慢しろ!」
「うえええ……」
あれだけの魔物が存在しているにもかかわらず、肝心要のレイヴンの姿が見当たらないのも気にかかる。巨大な魔物の力は強大だが、レイヴンであれば苦もなく倒せる相手だ。
(ま、取り敢えずこっちが先かな)
「ルナ!兵士達に回復魔法を、クレアとランスロットはレイヴンを探して。多分、王城の何処かにいる筈だから」
「王城?……お前はどうするんだよ?」
「ええ⁉︎ 僕もレイヴン探しに行きたい!」
「ルナは駄目よ。私はこの場に残って兵士達の指揮をとるつもり。そっちは任せたから」
「それが最善だって事か?」
カレンは目を細めてランスロットを一度見ただけで問いには答えなかった。
こういう目をする時のカレンは戦況の流れを全て読み切った時か、碌でも無い事を思い付いたかのどちらかだ。
ランスロットの経験上だと後者。
ルナを残したのも魔法をあてにしての事だろうが、ルナはまだマクスヴェルトの様に超広範囲の大規模魔法は使えない。
「了解。ほどほどにな」
「ふふん」
鼻を鳴らしたカレンはもはやランスロットを見ようともしない。
赤と金色の目は既に戦場を見据えていた。
「……行くぞ、クレア。城壁の下には絶対に降りるなよ」
「う、うん」
城壁の至る所にも魔物がいるが、さっきまでの無謀な突撃に比べればなんて事ない。城下街を横切ってそのまま王城を目指す。
「あーーー!ズルいズルいズルい!僕も一緒に行きたいのに〜!」
「駄目だ。この状況をどうにかしない事にはレイヴンどころじゃ無い。それと、ここ迄手の込んだ事をしたのなら手を貸せ。それともレイヴンに言ってやろうか?」
カレンのルナを見る目は酷く冷たい。
殺気こそ込めてはいないが、普通の者であれば気圧されてしまうだろう。
「……ちぇ!なぁんだ。気付いてたのか」
ルナは指を鳴らして魔法を発動させた。
「ええええ⁉︎ ま、ま、ま、マクスヴェルトさん⁉︎ 」
「やあ。そこは随分眺めが良さそうだね」
何処にでもいる少年の姿になったマクスヴェルトは、宙吊りになったミーシャに笑顔で手を振って見せた。
「弟子が可愛いのは分かるが、程々にしておけ。クレアとルナ。二人に何かあれば天秤は容易く傾く。お前達が思っている以上にレイヴンは不安定な状態にあるぞ」
「やれやれ。流石……と、言っておこうかな。一応弁解させて貰うと、僕は最後まで出て来るつもりは無かったんだ。けど、ルナの精神に異常を感じてね。あの子はレイヴンの期待に応える事に固執するところがある。何せ数百年もの間、ずっと一人ぼっちだったんだ。それにダストンの治療が上手くいかなかった事で精神が不安定になっていたのもある。賢い子だからね、必要以上に責任を感じているのさ。今は隔離空間で眠らせてるよ」
「そうか。レイヴンの位置は掴めるか?」
「無理だね。何の反応も無いよ。まあ、僕も君が言った王城付近が怪しいとは思うけど?王都は予想以上に混沌としている様だ。あの巨大な魔物に悪魔。そして大量の魔物。いつものレイヴンならもう片付けてる。そこから察するにーーーー」
「お前の話は長い。要点だけ話せ」
そう言えばこういう奴だったなと思いつつもマクスヴェルトは話を続けた。
カレンは粗暴な面が目立つ反面、驚く程思慮深い一面を持っている。いつぞやリヴェリアが『アイツは嘘だらけだ』と言っていたのを思い出す。
他人を傷付ける類の嘘は吐かない。しかし、真実も無い。
クレアはそれを敏感に感じ取っていたのだと思う。
「この国の王は代々、神から与えられたという天候を操る秘宝を受け継いでいる。しかし、今はそれが失われてしまった。原因はその秘宝にある。少し厄介なのは、この国の女王がダンジョンの核と言われる水晶と秘宝、その両方を持っているって事さ。悪魔崇拝は確かだけど、何の対価も無しに悪魔は召喚出来ないし使役も出来ない」
「場所は?」
「王都中央。今、まさにあの巨大な魔物がいる辺りだよ」
「チッ……。話は分かった。手を貸せ」
「はいはい。だけど、ちょっとだけだよ?僕は此処にいない事になってるし、リヴェリアが知ったら怒るから。あ!ミーシャ、今の話は内緒ね」
ミーシャは無言のまま、首を大きく縦に振って答えた。