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ランスロットとカレン

 ランスロットの耳元で聞こえる今まで聞いた事も無いカレンの真剣な声。それだけ事態を重く見ているのだろう。背負ったままのカレンの顔は見れないが、魔物堕ちした魔物混じりが人間に戻る事が出来るという話は、魔物混じりであるカレンにとっても人ごとでは無い。


「そんな事が……。変わった剣を持ってると思ったらそんな力があったのね」


「まあな。全ての魔物混じりを人間に戻せる訳じゃ無い。そんな事したらレイヴンが魔力切れで死んじまうからな」


「もし、魔力が切れなかったら?」


 レイヴンの魔力がもしも無限にあったとしたら?

 そんな事は絶対に有り得ないし、例え魔物堕ちして力と共に魔力が増大したとしても限界はある。だが、仮に魔力が無限にあったとしたら……それこそこの世界に存在する全ての魔物混じり達を……。


(いいや、やっぱりそれは無い)


「はあ?そんな馬鹿な話があるかよ。これはあの二人が言ってた事だけど、レイヴンの保有する魔力量は少なくともリヴェリア以上、今ではマクスヴェルト並か、もしかしたらそれ以上だそうだ。だけど、それでも限界はあるだろ。前に一度、魔力欠乏症って奴になって数日間意識を失って目を覚さなかった事があるんだ」


「何をしたの?」


「ドワーフの鉱山を地下にあったダンジョンごと吹き飛ばしたんだよ。あの時は他に方法が無かったから結果的に助かったけど、その後いろいろ大変だったんだ」


「丸ごと⁈ 無茶するわね……」


 世界中のダンジョンを探索して来たカレンも当然、ドワーフ鉱山跡地に出来たダンジョンに潜った事がある。

 あの鉱山は、あの辺りで一番大きな山だ。

 大の大人が歩いても山を越えるのに丸二日はかかる。

 それを吹き飛ばしたなどとはレイヴンの持つ力は尋常では無い。


「まあな。その辺は昔と変わって無い。相変わらず無茶ばっかやってるよ。けど……」


「けど?」


 地底から戻ってからのレイヴンは今まで以上に魔剣の力を使うようになった。

 クレアが魔物堕ちした時に初めて見せた漆黒の鎧と翼……。あの強大な力を制御し始めてからのレイヴンは、どこか戦う事に積極的になった様に思う。

 見方によっては、クレアやルナ、孤児院の子供達といった守るべき対象が増えたからだとも取れる。しかし、気になるのはミーシャの報告だ。


 “レイヴンの様子がおかしい”


 感情の発露によって表面化したレイヴンの心の揺らぎは、言ってみれば誰にでもある事なのだ。寧ろその揺らぎの中で人は生きている。

 喜怒哀楽という四つの括りで分けられた感情以上にもっと沢山の感情がある。

 中には形容し難い、言葉に出来ない感情だってあるのだ。


「けど、俺達にとって当たり前のことがレイヴンにとってはそうじゃない。感情を理解し始めたレイヴンが揺れるのは無理も無いって事だな……」


「だからって周りがどうこう出来る問題じゃないわ。天秤のバランスを取るのも取れるのもレイヴン自身だもの」


 カレンの言いようは厳しいが事実だ。

 周りがしてやれる事なんてのは案外少ないのが現実だ。


「分かってるさ。それにな、“どんなに力があっても、どんなに願っても、どうにもならない現実というのはある” ってレイヴンが言ってたんだ。俺達に出来るのは一緒に馬鹿やって笑ってやる事だけだ。だからこうして辺鄙な場所まで来てんだよ。それと、俺はまだあいつの背中すら見えてねぇ、くだらねえ事で勝手に魔物堕ちなんかさせるかよ」


「随分高い目標だと思うけど?」


「んな事知るか」


 叶わないから手を伸ばさないだなんてランスロットの辞書には無い。

 叶わないからこそ、手を伸ばすのだ。可能性を自分から否定するなんて真っ平御免だ。


「現実が見えて無いとか、可能性なんか無いとかご丁寧にわざわざ言って来る奴は糞だ。俺は全部分かった上であいつの背中を追いかけてるんだ。笑いたい奴には笑わせておけば良い。でも、その事で俺を見下す奴は許さねえ」


 見上げてるだけではいつまでたっても可能性はゼロのまま。けれど、手を伸ばした瞬間から可能性は無限大に広がる。

 追い付けるとか、成功するとかしないとか、そいう話はそれからの事だ。


「だからあんたは馬鹿なのね」


「うるせえ!良いんだよ俺はーーーー」


「前向きな馬鹿は嫌いじゃないけどね」


「……ッ。くそっ、余計な事まで喋り過ぎたぜ……。とにかくだ!レイヴンは魔物堕ちさせないし、しない。アイツの事を待ってる連中がいるからな」


 茶化した様なカレンの言葉。けれど、不思議と嫌では無かった。


「さてと、そろそろ私も歩こうかしら」


「おう!さっさと降りやがれ!」


「やあねぇ、次は防具を着てない時にしてあげるから」


「ケッ!降りろ降りろ!」


 ランスロットはカレンを支えていた手をパッと離して少し赤くなった耳をコートの襟で隠しながら、クレア達を追いかけて走って行った。


「ふふ、いつも今くらい真面目に振舞ってればねぇ」


 カレンは想像する。

 もしも、自分の部下や仲間達が魔物堕ちしてしまったとして、果たして無事彼等を助けることが出来るだろうかと。

 魔物混じりが無茶な力の使い方をした結果、魔物堕ちしてしまうのはよく聞く話だ。それ以外にも何がきっかけで魔物堕ちするか分からない。

 自分の命が惜しい訳では無い。

 助けようとした自分が魔物堕ちして他の仲間を傷付けてしまう事が何よりも怖いのだ。

 大切な物を自らの手で壊してしまうくらいなら、仲間を楽にしてやった後、自害してしまった方がマシだと思うくらいに……。


 レイヴンが危険を顧みずに人を助ける理由なんてカレンには分からないし、多分聞いても理解出来そうにない。


(あれだけの力を制御しつつ魔物堕ちしないだなんて一体どうやって?)


 あの二人がレイヴンを気にかける理由について、実は知っている。

 世界を隔てる壁を越えたのもわざとなのだ。

 二人が“静”ならカレンは“動”

 自分が積極的に動く事で状況を動かすのが役割。

 詳しい事情は聞いてみない事には分からないが、リヴェリアとマクスヴェルトが企んでいる事くらい容易に想像がつく。


「中央を解き放ったのにリヴェリアが動かないのなら、まだ記憶は戻ってはいない……か。爺さんの判断が吉と出るか凶と出るかってところね」


「おーい!カレン、早く来いよ!置いて行っちまうぞーーー!」


「はいはい。今行くー!」


 レイヴンの中にある天秤はまだ出来たばかりで脆い。それをランスロット達が補おうというのなら手を貸すのも吝かではない。


(“どんなに力があっても、どんなに願っても、どうにもならない現実というのはある” ね……。あの人の記憶は無い筈なのにどうしてレイヴンがその言葉を知ってるの?)


 レイヴンがその言葉を本当の意味で知るのはこれからかもしれない。

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