青い目の女
自然の蛍石がほのかに照らす薄暗い地下大空洞をレイナと共に王都へと向かって進むカイトは途中、いるはずの無い人影を見つけて停止した。
警戒した様子の無い人影は真っ直ぐにカイトに向かって歩いて来る。
「誰だ?」
「初めまして。レイヴンの協力が欲しいのなら良い方法があるわ」
「突然現れた名も名乗らない相手の言う事を信じろと?」
「悪魔が細かい事言うのね」
「……」
「コレを使いなさい」
カイトは自分を悪魔だと見抜いた女をジッと観察する。
暗闇で顔は良く見えないが、淀んだ青い目の光がフードの端から見える。
女が差し出したのはひと振りの短剣。
(あれは、魔剣……?)
人間が作った程度の鋳造魔剣など渡されても役に立つとは思えない。それに呪いがかかっていたら厄介だ。例え悪魔といえども呪いの影響は受ける。
解除するには呪いをかけた本人か、それを上回る力を持った術者による解呪しかない。
「必要無い。お前が誰だか知らないが、悪魔と交渉したいのならもう少し知恵を絞ったらどうだ?最近会った人間の商人は狡猾でしたたかで、それでいて実に誠実な男だった」
「生憎、私は商人じゃない。そんな交渉術なんて持ち合わせていないの。それに、悪魔と取引だなんて御免よ。ぐだぐだ言わずに受け取なさい。レイヴンが持つ力を最大限に引き出したいのならね」
「……信じる根拠は?」
「そんな物無いわ。使うも使わないも自由だけれど、持っておいて損は無い。それだけよ」
交渉する気が無いくせに嘘を吐かない女に興味を持った。
相手が悪魔だと知りながら、自分の要求だけを押し付けて来るなど少々鼻につくが、魔剣の性能にも興味がある。
「レイナ」
カイトの合図で触手が魔剣を拾い上げて、カイトの目の前に翳した。
(ほう……。人間が作ったにしては面白いじゃないか)
短剣に宿る魔力は微々たる物。しかし、見た事の無い魔核が埋め込まれた刀身を見る限り、まともな作り方はしていないのが分かった。
レイヴンが持っていた魔剣によく似た装飾。であれば、この女があの魔剣を作ったのかもしれない。
「呪いはかかっていない様だ」
「呪い?ふふふ、悪魔も呪いには慎重なのね」
女は話は終わったとばかりに振り返り歩き出した。
「このまま逃すとでも?……レイナ」
複数の職種が女を拘束しようと伸びていく。
鋳造とは言え魔剣を作れる人間をみすみす見逃す手は無い。
「無駄よ」
女の体に触れる直前、何か見えない壁によって触手が弾け飛んだ。
(チッ……)
淀んだ青い目がカイトをチラリと捉えた次の瞬間、女は姿を消した。
「まあいい。使ってくれと言うなら使ってやろうじゃないか。さあ、行こうかレイナ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
よく晴れたとある日の昼時。
雑務に追われていたリヴェリアはユキノとフィオナに連れられて珍しく外出していた。
ずっと部屋に籠りっぱなしでは体調を崩してしまう。
それに今日はマクスヴェルトが弟子にしたという少女と仲間達が中央へ来る事になっている。
「も、もう無理。さすがに限界なのだ……」
「でしょうね。それだけ食べればそうなるわよね」
「いくらなんでも食べ過ぎですよ……」
リヴェリアの前に渦高く積まれた皿がユラユラと揺れて今にも崩れそうだ。
しかし、本人はそんな皿を見て満足そうな顔をして紅茶を飲んでいた。
「たまには良いのだ!お小遣いは有効に使わなければな!」
「お嬢が無駄遣いしないならちゃんと渡してあげるんですけどね」
「それは無理。お嬢はお子様だから」
「ぬぅ、私はお前達よりも年上だと何度も言っておるだろう!」
周囲で見ていた他の客も満足そうな顔をしてお腹を摩るリヴェリアを見てクスクス笑っていた。側から見れば小さな女の子がご褒美を貰って寛いでいる様にしか見えないのだから仕方ない。
「そんな事よりお嬢、レイヴン達はこのまま放っておいて良いのですか?」
「良い。ミーシャには十分な物資を持たせてある。それに……」
「「それに?」」
「今回の件を無事に乗り越えられるかどうかを測るのにも、これ以上こちらが手を出す必要はない。多少の懸念材料はあるが、役者は揃っている。私とマクスヴェルトが毎回動かねばならない様では困るのだ」
「団長も役者の一人だと?」
「国の再興はどうするんですか?まさかそれもレイヴン達に?」
二人の疑問はもっともだ。けれど、リヴェリアは首を横に振って否定した。
「国には国を。その為に我々が今こうして準備をしている。カレンについては心配要らない。無茶苦茶な奴だが、あれでなかなか面倒見の良い奴だからな」
カレンが王家直轄冒険者の称号を辞退したのは式典に現れなかったからだと多くの者達は思っているし、事実それが原因で称号を与えるに至っていない。けれど、真実は違う。カレンは式典の前日にリヴェリアの元を訪れて言った。『レイヴンが自由に世界を見て回るつもりなら、私も自由でありたい。余計なしがらみに囚われずに自由に動ける人材は必要でしょう?』全くその通りなのだが、いかんせんあの性格だ。レイヴンと同じで一度旅に出たら滅多に中央には戻って来ない。
その代わりにカレンは密かにある計画を進めて来た。
それは、人材の育成。目的は“暴走したレイヴンを止める事” だ。
皆に真実を打ち明けた今となっては必要ないかもしれない。
「あ!!!」
リヴェリアが急に立ち上がったせいで皿が崩れそうになったのを二人が咄嗟に抑えていた。
「どうしたんです?急に大声出したら周りに迷惑ですよ?」
「行儀が悪いですよお嬢」
大きく口を開けたまま固まったリヴェリアは、我に帰るとボソリと言った。
「忘れてた……カレンに何も話していないままだ」
「「……」」
「ま、良いか。奴なら上手くやるだろう」
リヴェリアは何事も無かったかの様に椅子に座り直して紅茶を飲み始めた。
「ええ……そんな雑な感じで本当に大丈夫ですか?」
「もし、団長が羽目を外したら……」
「いやいや、勘の良い奴だからな。疑念を抱いたなら下手には動かないだろう。多分、今頃は眠りこけておるのではないか?」
「「眠って?」」
「あ!こんな所にいたよ!自分達だけ先に寛いでいるだなんて酷いじゃないか!僕にも声くらいかけてよね」
怒りを露わに入って来たマクスヴェルトはリヴェリア達の前まで来るとユキノが飲んでいた紅茶を勝手に飲んでひと息ついた。
この何処でにでもいそうな少年が賢者マクスヴェルトだと知ってからも二人は違和感が拭えないでいた。『老人の姿をした老獪な大魔法使い』そんなイメージが未だに根強く残っているのだ。
「もうそんな時間か」
「冒険者組合で皆んな待ってるよ」
「うむ。なら、そろそろ行こうか。レーヴァテイン」
光に包まれたリヴェリアは大人の姿に変化した。
「ちょっと!お嬢!こんな所で!」
周囲にいた客は目を見開いて腰を抜かしている。先程まで可愛らしい姿でお菓子を頬張っていた少女が赤毛が特徴的な美女へと変貌したのだ。
中央に住む者であれば誰でも知っている。
凛とした表情に金色の目。剣聖リヴェリアその人である。
「駆け出し冒険者の子供達に会うのに子供の姿のままではいかんからな!」
「もしかして、お子様って言われたの根に持ってるんですか?」
「何それ子供っぽい……」
「ふふふ……そんな事は無いとも!マクスヴェルト、お前が飲んだ分は自分で払っておけよ?」
「ええ⁉︎ ちょっとそれセコくないかい⁈ 」
「うるさい!私はお小遣い制なのだ!」
リヴェリアはそれだけ言い放って、そそくさと店を後にした。
ユキノとフィオナもリヴェリアを追って出て行ってしまって、マクスヴェルは紅茶のカップを持ったまま一人取り残されていた。
「げえぇ⁉︎ 伝票丸ごと置いてった!ていうか、何だいこの額は⁉︎ どれだけ食べたのさ!」
「お客様、お会計をお願いします」
「うはああ……」