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願いは誰かの為に

 

 ロアの一撃で肉塊となった魔物の死骸は文字通り氷の大地の彼方まで続いていた。

 それも、北にあるという王都に近付く程増えている。筈だ。


 それもその筈。依然として現在地は不明なのだ。目印になる物は何も無いのに何故か進むべき方向が分かる。『多分こっちが北』そんな漠然とした感覚が二人を導いていた。


「この感じ、これが北に引き寄せられるとかいうやつなんでしょうか?」


「どうかしら。私は嫌な感覚が強い方に向かって歩いているだけだから」


「え?北に向かって歩いているんじゃ無いんですか?」


「既に方向感覚なんて宛にならないわ。空を見てごらんなさい」


「空?……な、何ですかこれ⁉︎ 太陽が二つ⁇ 」


 分厚い雲に遮られた先には二つの光源が確認出来た。

 それは全く別の方角に昇っていて、これでは方角を探ろうにも陽が沈む方向から方角を判断する事も出来ない。


「そういう事。魔法による影響なのか魔術による影響なのか……それとももっと別の何か……。いずれにしても今頼れるのは自分の勘と、この嫌な感じだけ。ふふ、この分だと月も二つ昇りそうね」


「うええ……。そう言えば、今はレイヴンさんってどうなってるんですか?」


「今は眠っているわ」


「眠ってる?」


 ミーシャは道中、ロアからレイヴンがどうなったのか聞きだそうと試みたものの、ロアは“今は眠っている” と言ったきりそれ以上はレイヴンについて答えようとはしなかった。


 気不味い空気を察したミーシャは、他の事ならと話題を変えて話を続けてみた。大抵は他愛も無い話だったが、一つだけ興味深い事があった。普段レイヴンが見せる超常の力も実はかなり力を抑えてあるという話だ。


 手加減に悪戦苦闘するレイヴンの姿は記憶に新しい。

 ああやって悩んでいる素振りを見せる時のレイヴンからは、どこか幼い様な印象を受ける。きっと本当のレイヴンは何処にでもいる普通の青年なんだと思う。


「……こんな力、普通制御なんて出来ないわ。とっくに魔物堕ちしていてもおかしくない状態なの。そうならなかったのはレイヴンが常に願っていたからでしょうね」


 “願い” という力がレイヴンの魔剣に備わっている事はリヴェリアから聞いて知っている。けれど、その力と魔物堕ちがどう関係しているのか分からない。


「もしかして、物凄く必死に願ったら魔物堕ちせずに済むんですか⁈ 」


「まさか。それなら誰も魔物堕ちしたりしないわ。魔物堕ちしたくないのは皆同じだもの」


「で、ですよね……」


「これは魔剣が持つ力の一つ。ミーシャちゃん、レイヴンが人間であろうとしているって話は知ってる?」


「はい、レイヴンさん本人からではありませんけど」


 レイヴンは自分の中にある魔物の血を嫌っている。

 力を得る事よりも、戦う事よりも、ただ人間らしくありたい。そんな願いを抱いていると聞いた事がある。


「皆んながレイヴンみたいに思っていれば良いんだけど、そうもいかないのよね……」


 ロアの言う通りだ。残念な事に魔物混じり全員がそう思っている訳では無い。

 何故なら魔物堕ちというリスクはあっても、普通の人間よりも高い身体能力を得て生まれた事を喜ぶ人間がいる。

 魔物混じりが世間から受ける扱いは最悪。けれど、力が無ければ死ぬしか無いこの世界では敢えてそれを良しとする者、望む者が一定数存在するのも事実。

 風鳴のダンジョンでレイヴン達が会ったという男もそうだ。その男は自分の体に魔核を埋め込んで力を得る事に快感を覚えていたという。

 レイヴンとはあまりに違う。


「願いの力は本来、誰かのささやかな想いを叶える為にあるのよ。言ってみれば、背中を押す手助けをするの。可能性を掴む為の勇気ときっかけをほんの少しだけ与えて後押ししてあげる。願いを叶えるのはあくまで本人の意思だから。決して万能の力なんかじゃ無いの……」


「それってどういう……」


 願いを叶える力は世界の理すら書き換えてしまうという話だ。その力は万能と言って差し支えの無い究極の力。悪魔と神すらも恐れる異能。

 しかし、ロアの言い方だと万能とは程遠い様に聞こえる。


「え⁈ もう目覚めたの⁈ もう少し休んでなさいよ!……もう、分かったわよ」


「???」


 突然何も無い場所へ向かって喋り出したロアは誰かと話し終わるとミーシャに剣を返した。


「はぁ……時間切れみたい。私はここまでね。ミーシャちゃん、どうか覚えておいて欲しいの。願いとは誰かの為にあるべき物。でも、願いには代償が付き物。使う力の大きさに比例して何かを失うことになる。今回はどうにかなったけど、出来ればレイヴンにはこの力を使って欲しくない。……そうだ。リヴェリアに伝言を頼めるかしら?」


「リヴェリアちゃんを知っているんですか?」


「ふふ、友達なの。ずっと昔からのね。それじゃあ話すわね。『貴女が自分を責める必要なんて無い。私は誰も恨んでなんかいないもの』……それから、ーーーの事を気にかけてくれてありがとうって」


「え⁈ ええっ⁈ え⁈ ちょっと待って!最後に何て言ったんですか⁉︎ 」


 ロアはニコリと笑って見せた後、糸の切れた人形のように膝を地面について動かなくなった。


(さっきのって……まさかね)



 暫くして、淡い光に包まれたロアはいつものレイヴンの姿へと戻っていった。


「チッ……俺とした事が……ん?何故ミーシャがいる?」


「え⁈ あー……皆んなを追いかけて来たんですけど迷子になっちゃって、たまたまレイヴンさんと遭遇したところです……」


「俺が意識を失っている間、何か余計なことを喋っていたか?」


「い、いいえ!何も!」


「……そうか。なら、いい」


 頭を押さえたレイヴンはよろよろと立ち上がった。

 ロアの姿の時とは違い、かなり消耗している様子だ。


「此処は何処だ?」


「それが、私にもさっぱりなんです。マクスヴェルトさんの転移魔法で送ってもらったんですけど、場所がかなりズレていて。ランスロットさん達がいる所にお願いしたのに……。仕方ないのでしばらく歩いていたらレイヴンさんを見つけたんですよ。今は北にある王都へ向かっているところ?です。多分……」


「ハト……ツバメちゃんはどうした?」


「それが、精霊の力が上手く使えなくて……」


「なるほど……」


(清浄な気が作用しないのなら、かなり王都に近い場所まで来ているのか)


 魔と精霊は相性が最悪だ。

 ミーシャの精霊魔法が上手く発動しないという事は、悪魔であるカイトの支配が強まっていると考えて良いだろう。


「ミーシャ、お前はーーーーー」


「無理です!!!」


「いやーーーーー」


「絶対無理です!私、一人にされたら死んじゃう自信があります!!!絶対!絶対!絶対の絶対について行きます!意地でも離れませんからね!!!」


「……」


 狂気にすら感じるミーシャの鬼気迫る顔に、さしものレイヴンも思わず一歩下がった。


 ツバメちゃんが召喚出来ない状況でミーシャを残して行く訳にもいかないのは分かっている。ランスロット達のいる場所に送り届けられれば良いのだが、ダストンを救う為に魔剣の力を発動させた辺りから記憶が途絶えていて現在地がさっぱり分からないのだ。


「はあ……安心しろ。俺から離れるな」


「勿論です!あ、お腹空いたら言ってくださいね。中央を出る時にリヴェリアちゃんがいろいろと持たせてくれたので準備はバッチリです!」


「そうか。だが、もしも誰かに会っても食料を持っている事は隠しておけ」


「どうしてですか?」


「この国には今、満足に食料が無い。余計な争いに巻き込まれたく無かったら、聞かれても持っていないと答える事だ」


 こう言っては何だが、サラ達はまだ運が良かった。カイトが食料を備蓄している街が近くにあったからだ。しかし、王都ともなれば人口はサラ達のいた集落の比では無い。全員に行き渡るだけの食料が確保出来ていない現状では安易な希望をチラつかせるのは人々の感情を逆撫でするだけだ。


「分かりました。何か欲しい物があれば言ってください。それから、薬の調合も私に任せてもらって良いですよ。クレアちゃん達に負けないように沢山勉強したので!」


(そうか。そう言えばユキノが言っていたな)


 ミーシャには戦闘技術も、魔法の才能も無い。けれど、記憶力は人並み外れた才能を発揮していた。薬の調合は複雑で膨大な知識を必要とする。

 レイヴンは初めてダンジョンに潜った時にもその片鱗は見え隠れしていたのを思い出していた。


「頼りにしている」


「はい!」


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