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告白と懺悔

 


 ダストンを連れ帰ったのはゲイルとカレンの部下数名。

 街の防衛には他の部下が残り、ランスロット、カレン、クレア、ルナの四名はレイヴンを追って北へ向かった。

 カレンの部下を勝手に動かすのは気が引けるというランスロットの主張は、団長カレンが起きた時にレイヴンがいないと面倒な事になるからと半ば強引に送り出された形だ。


 火種を押し付けられた気もするが、北へ向かうなら戦力は多い方が良い。カレンが起きれば、だが。



「サラ!ダストンさんが戻って来たぞ!」


 見張りの報告に住人達も集まって来た。


 右腕と右足を失ってはいるもののレイヴンはダストンを約束通り救ってみせた。

 ただ一つ不可解なのはダストンの体に生気が満ちている事。魔法にあまり詳しく無いサラ達でも、これがただの回復魔法で無い事は容易に想像がつく。


「お、お父さん⁈ 本当にお父さん……」


「ああ、俺だ。心配かけたな。レイヴンに助けられた」


「良かった……無事で良かった……」


 感動の再会といった二人とは対照的にダストンの部下達は口々に疑問を浮かべ説明を求めた。

 ダストンが戻って来た事で裏切りの疑いは晴れつつある。しかし、誰にも相談せずに動いていたのは事実。それこそ一歩間違えば全員死んでいたのだ。納得いく説明が聞けなければこれ以上ダストンを信頼するのは難しい。


「お父さん……」


「ああ、分かってる。お前達もすまなかった……俺が勝手に動いたばっかりに余計な心配させちまった」


 ダストンはポツリポツリと事情を話し始めた。


 地下に潜ってから直ぐにカイトという青年が現れた事。食料と引き渡す事を条件に住人達には手出しをしないと魔物を引き連れて脅しに来た事。

 全員が魔物の餌になるか、食料を渡すかの選択を迫られたのだ。

 ダストンが出した答えは食料を渡し、住人達の安全を確保する事だった。しかし、そんな物は一時的なその場凌ぎだ。そうなればどの道、飢えて死ぬしかない。

 魔物の腹に収まるか、飢えて死ぬか。それだけの違いだ。


 そこでダストンは更にカイトと交渉した。

 渡せる物は全て差し出したダストンに用意出来たのは新たな生贄を差し出す事。


 交渉は難航した。慎重に言葉を選び、嘘だけはつかないように丁寧に何度も繰り返し訴え続けた。

 なかなか首を縦に振らない相手に下手な誤魔化しは逆効果。話を大きく見せたり、出来るかどうかも分からない事を口にした時点で交渉は負けだ。

 けれど、その中で唯一、旅人を捉えて引き渡すという案にカイトが同意した事で首の皮一枚繋がったのだ。

 吹雪で動けなくなった旅人や動物を牢屋に閉じ込めて引き渡す。その代わりに僅かばかりの食料を得るという譲歩を引き出した。


 苦しい生活に変化は無い。日々食料を切り詰めて眠れない夜を過ごした。

 それでもサラや仲間達、住人達を守る為には仕方がなかったのだと自分に言い聞かせて来た。


「限界を感じた俺は、いっそのこと皆で死のうかとさえ考え始めた。そんな時だ、ずっと気弱な子だと思っていたサラが動いている事を知った。正直、無駄だと思ったよ。それでも本人がやりたいのなら好きにさせてやろうと見て見ぬ振りをしたりした。勿論、たまには釘を刺す事もしたがな。今思えば多分、あの時に風向きが少し変わってたんだ」


「……」


 そんな時に現れたのがレイヴンだ。

 倒す事も見つける事も難しい北の魔物を一掃して食料まで調達して来た。

 今まで指を加えて黙っているしかなかった状況がサラが連れて来た魔物混じり一人の力で一変したのだ。


「親馬鹿だと言われても仕方ないが、サラの人を見る目は流石だと思った。俺が仕込んだんだから当たり前だなんて言うつもりはねえ。人に教えられただけで身につくもんじゃねぇからな」


 商人として相手を見抜く力は大切だ。嘘を吐いていたり、誤魔化そうとする相手を見抜く事は対等で誠実な商売に繋がる最も大事な事なのだ。


 サラの成長と事態の好転の兆しを見たダストンは再びカイトの元へ向かった。

 更なる譲歩を引き出す為では無い。取引を破棄する為だ。


 薄々気づいてはいた。

 カイトは悪魔だ。


 しかし、そうであるからこそ、交渉の相手としては信用出来る。

 悪魔は契約によって自らを縛り、またその契約を結んだ相手に対して契約内容が守られている限りは手を出さないのだ。


 結果、交渉は決裂した。

 ただし、ダストン一人の命と引き換えに契約を破棄させることには成功した。


 それは明らかに不利な条件でありながらも、数年もの間契約を守り続け、契約破棄の申し出にも誠実さを持ってカイトの前に自ら現れたからだという理由であった。

 もし、一方的に破棄していたならダストン一人の命では済まなかっただろう。


「へへ、皮肉なもんだろ。俺達は人間同士で騙し合いしてるってのに、悪魔の方が信用出来るなんてよ……。だが、これで俺達は自由だ。もう何処へなりと逃げて新しい生活を始められる」


 それはサラ達にとって驚くべき内容であった。


 ダストンはサラ達にとって一流の商人であり目指すべき目標であった。今まで一度だってダストンが判断を誤った事は無い。例え儲けの無い取引でも常に皆の事を考えて最善の方法を見つけて道を示して来た。

 ずっとその背中を見て来たのだ。

 過去はどうであれ、少なくともサラ達にとっては偉大な商人の一人なのだ。


「そんな事無い……そのおかげで私達は今まで生き延びる事が出来たわ。お父さん一人が抱え込む必要なんて無い!私達皆んなの問題だもの」


「いいや、結局俺はクズのまんまだ……。身内可愛さに、他人の命を犠牲にする事でしか大切な物を守る方法が思い付かなかったんだからよ。商人としても人間としても終わってる。最低だ……」


 かつて自分が見捨てた少年は最強の冒険者となって再び自分の前に姿を見せた。

 そして、サラや仲間、ダストンにとってかけがえのない大切なものを救ってくれた。本当なら殺されたって文句は言えない。


(捨てる事しか出来無かった俺と、這い上がって来たアイツとの差か……)



 長い沈黙が場を支配する。


 初めて聞くダストンの懺悔にも似た告白に戸惑いを隠せないでいた。

 だが、皆の思いは一つだ。

 一体何処の商人が悪魔との取引を成功させる事が出来る?確かに他人を犠牲にして生き延びた事は許されない事かもしれない。けれど、他に何が出来る?何が出来た?

 戦う術を持たない自分達が、抗うことの出来ない相手を前に、他にどんな最善の方法が取れるというのか。

 ダストンが選んだ方法が最良で無かったとしても、最善であった事だけは事実のだ。


「人道的に見ればなどと綺麗事を言うのは間違いだ。平和な世であったならそれを理由に責められもするだろう。しかし、限られた条件の中で他に選択肢が無かった事は明白。お前は自らの知恵でもって皆を生き延びさせた。それだけの事だ」


 淡々と告げるゲイルの言葉が皆に染み渡る。


 理屈ではそうかもしれない。頭では分かっている。けれど、真実を知ってしまった今、簡単には割り切れる物では無い。自由を手にしたとしても手放しで喜んで良い状況では無いのだ。


「それに、レイヴンは気付いていたと私は思う。善と悪。そんな言葉では割り切れない思いに気付いていたからこそ手を貸した。勘違いしているかもしれないので忠告しておく。レイヴンはお前達が考えている様なお人好しでは無い。何もかも、生きる為に足掻いた結果だ。受け入れるしかない」


「分かってる!分かっているけど……!だけどこのままじゃあ……」


 助かった。

 自由になった。

 待ち焦がれた自由。


 けれども、そんな物はまやかしだ。

 自分達だけ自由になったって……。


 そんな複雑な想いが廻る。


「答えが出せない時は無理に答えを出そうとはしない事だな。大抵の場合、碌な事にならない」


 ゲイルは用は済んだとばかりにその場を後にした。


 最後に言った言葉はゲイル自身、そして姿を消したレイヴンへ宛てた物だ。


(何を焦っているレイヴン……)


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