精霊魔法と魔物混じり
レイヴンに気付いた二人は、体をビクリと跳ねさせて飛び退いた。
「げっ⁉︎ レイヴン!」
「ああああああの、これはですね! ラ、ランスロットさんが全部悪いんです!」
「おまっ! ズルいぞ! ミーシャだって興味津々だったじゃねぇか!」
「わ、私は誘導され、唆されたんです! そう! 私は被害者なんですよ! 中央郵便局所属の配達員である私が個人情報を無闇に漏らしたりする訳が無いじゃあありませんか!」
両手を広げて大袈裟とも言えるくらいのわざとらしい態度であった。
「汚ねえ!」
口論を始めた二人の会話は要領が掴めない。
自分が居ない間に随分と打ち解けたらしい。ランスロットが初対面の人間にこの様な態度を取るのは稀だ。
ミーシャを信用に足る人物だと判断したのだろう。
(手紙?)
「あ!」
「ああっ…!」
「お前、今ちょっと残念そうな声したろ」
「そ、そそそんな事無いです! 言い掛かりです!」
レイヴンはランスロットの手から手紙を取り上げた。
差出人を確認しただけで、封を切らずに懐に閉まってしまった。
(もう、そんな時期か……)
「読まないのか?」
「何故?」
「いや、手紙は読むもんだろ? 急ぎの連絡だったりしたらどうするんだよ?」
「あ、ランスロットさん。また誘導しようとしてますね?」
「違ぇよ! わざわざ何処にいるかも分からないレイヴンに手紙を寄越して来たんだ。気になるじゃねぇか。しかも、差出人は女だぜ?」
「むむっ、確かに……」
(なるほど。二人はこの手紙の中身に興味があるのか。別に見せても構わないが、大して面白い物でも無い)
「女だと何か問題があるのか?」
「え? 問題はねぇけど、レイヴンはそういう浮ついた話とは無縁だと思ってたからさ」
「もしかして差出人の女の人って、レイヴンさんの好い人なんですか?」
「良い人? まあ、そうだ」
「きゃーーー! 聞きました⁈ やっぱりそうなんですよ!」
(……?)
「へぇ…いつの間に。朴念仁かと思ってたけど、レイヴンがなあ……。よし! 今夜はお祝いだな!」
「あ! 私も参加したいです!」
「おうよ! 人数は多いに限るぜ!」
(お祝い?)
何やら盛り上がっている二人には悪いが、急用が出来た。
依頼を受けられないのは残念だが、止めておくしか無い。
「ランスロット。悪いが依頼の件は一旦中止だ。三日程で街に戻る」
レイヴンはそれだけ伝えるとそそくさと何処かへ行ってしまった。
「行っちまったな……」
残された二人は深い溜息をつくと、とぼとぼと酒場へ向かって歩き出した。
「あーあ。レイヴンさん、きっと怒っちゃったんですよ。ランスロットさんがデリカシーの無い事するからですよ?」
「お前なぁ! ……レイヴンは怒ってねぇよ。顔見りゃ分かる。あいつの放浪癖は今に始まった事じゃ無いしな。珍しくあいつから待ち合わせの約束をしたんだ。腹が減れば、その内戻って来るだろうさ」
レイヴンは王家直轄冒険者に認定された後も、ずっと各地を渡り歩いて冒険者の依頼をこなして来た。
ランスロットは、その度に探しに行かされてうんざりもした。
けれど、旅を続ける内にレイヴンが中央に留まるのを嫌がる理由が分かって来た。というより、気付いてやるべきだったと、今では思う様になった。
中央都市は魔窟に似ている。一見華やかに見える中央都市は、権力、金、そして、あらゆる人間の思惑が交錯する場所だ。
そこでは誰もが、他人を肩書きで判断する。優位性の話だけではない。貴族から庶民に至るまで、全ての人間が媚びるべき相手を品定めしているのだ。
卑屈にも思えるその行為は、中央で生きる為には欠かせない。そうしなければ居場所がない人間がほとんどだ。
人間同士でそんな事をするなんて、なんとも馬鹿馬鹿しい話だ。
そんな場所をレイヴンが好む訳が無い。
さぞ息苦しくて堪らなかった事だろう。
ランスロット自身、あの場所に染まっていた。感覚が麻痺していたと言っても良い。
いつからだったか、自分の功績を言い触らして、自分で自分の価値を高める事に躍起になっていた。
中央から離れて旅をした事は満更無駄では無かったと実感している。団長が毎回、自分を指名していたのも、そういう狙いがあったのだとしたら……
(いや、それは無いな。団長がそんな気の利いた事する筈無い。実力至上主義を絵に描いたような人だからな……)
「そう言えば、ミーシャ。その鳥、酒場には連れて入れないぞ?」
「鳥じゃありません! ツバメちゃんです! 」
「ツバメ、ちゃんね……」
「くるっぽ!」
「そのくらい分かってます。大丈夫ですよ。ちゃんと退去させますから」
「退去?」
ミーシャは首から下げたペンダントをツバメちゃんのに向かって翳し、目を閉じて意識を集中し始めた。
「我が呼び掛けに応えし風の精霊よ。今一度、我の呼び掛けに応えよ。暫し翼を休める事を許す。我、汝の穏やかなる時を願う。退去せよ。またね、ツバメちゃん!」
「くるっぽーー!」
ツバメちゃんが一鳴きすると同時に光の繭が体を覆い尽くした。そしてそのまま、光の粒子となってペンダントに吸い込まれていく。
「精霊召喚士だったのか……」
これで合点がいった。
デカい鳥がレイヴンの頭の上に乗ったり、拳を無力化したり。変だと思った。
魔物と精霊は交わらない。互いに干渉を拒む。
ミーシャと違ってレイヴンの中に流れる魔物の血は濃い。そのせいで一時的に感覚が鈍くなっていたのだろう。
(あれ? これってレイヴンの弱点なんじゃ……)
「はい。と言っても、今は中央郵便局の新人配達員ですけどね」
「こいつは驚いたぜ。俺も長いこと冒険者やってるけど、精霊召喚を実際にこの目で見るのは初めてだ。でも、どうして中央郵便局の配達員になったんだ? 精霊召喚士なら、何処からでも声が掛かるだろうし、給料も良いだろう?」
精霊召喚とは、自然の中に存在する四大精霊の力を借りて下位の精霊を召喚して使役する魔法だ。
ミーシャが召喚したのは鳥。
風の大精霊シルフィードの眷属だそうだ。
契約を結ぶ事が出来る精霊の種類は、術者の魔力適正に関係しているそうで、魔力があれば誰にでも使えると言う訳では無い。
精霊に選ばれた者しか契約を結べ無いと言われる高度な魔法。
一般的に術者が契約出来る精霊は、一種類だけとされている。
例外があるとすれば、王家直轄冒険者の一人、賢者マクスヴェルトの使う精霊魔法が挙げられる。
賢者マクスヴェルトは魔法の大家、魔法の父とも呼ばれる人物だ。四大精霊全てとの契約を果たし、自在に操る事が出来る唯一の人間。
精霊魔法のみならず、全ての魔法に精通しており、死者の復活すら可能だと言う話もある。
「お父さんが精霊召喚士の家系だったから、私も一応精霊魔法を使えるんですけど、どんなに頑張って練習しても上手く魔法が使えないんですよ」
「どういう事だ?」
「私の中に流れる魔物の血が邪魔をしているみたいです。ほら、精霊って、とっても神聖な存在じゃないですか。魔物混じりの私の召喚に応えてくれたのは、ツバメちゃんだけでした」
「……」
迂闊な事を聞いてしまった。
ランスロットはミーシャにかける言葉が見つからない。
「そんな顔しないで下さい! これは私の自慢なんですから」
「自慢?」
「そうです! 精霊の力はお父さん。魔物の血はお母さん。魔法を使うと二人が私の中にいるって実感出来るんです。そりゃあ、私だってもっと魔法が自由に使えたらなぁ。とか考えますよ? でも、楽しいじゃありませんか。二人が私の中で喧嘩しているんですよ? 離れていてもいつも一緒です!」
今日はよく驚かされる日だ。
まさか、そんな考え方があるなんて思いも寄らなかった。
忌み嫌われる魔物の血を肯定する人間を初めて見た。
「お前、やっぱ面白れぇな!」
「……むう」
「何だよ?」
「沢山喋ったら、お腹空きました」
「……で?」
「ランスロットさん、何か食べさせて下さいよぉ〜。今なら可愛い可愛いミーシャちゃんと一緒にご飯が食べられますよ? ね?」
「……」
ランスロットは、どうして自分の周りには変な奴ばかり集まるのだろうかと思いながらも財布を取り出した。SSランク冒険者にしては随分寂しい。
だが、久しぶりに愉快な気持ちにさせてくれたミーシャに夕食を奢るくらいしてやっても良いだろう。
(さっきの話、レイヴンが聞いたら……。あいつどんな反応するんだろうな……)
「しゃあねぇ。あんまり高いのは駄目だからな」
「やったあ!!! 言ってみるものですね。お母さんが言ってました。チャラチャラした人に甘えると簡単にご馳走してくれるからチョロいって」
「お前なあ……」
レイヴンが帰ってくるまで退屈せずに済みそうだ。
ランスロットは小気味よく鎧を鳴らしながら酒場の入り口を開けた。