苦い記憶
「ふざけんな!どんだけ起きる気がねえんだ、こんちくしょう!」
「団長が一度眠ったら滅多な事では起きないのはお前もよく知っているだろう」
ランスロットは眠り続けるカレンを背負ったまま、カレンの部下数名と共に北の街を目指して走っていた。
念の為にとゲイルから渡されていた緊急連絡用の魔具に反応があったのは今から半刻程前。
レイヴンが向かったにもかかわらず緊急連絡を寄越すくらいだ。きっと何か厄介な事が起きたに違いないとカレンを起こそうとしたのだが、揺すろうが頬を叩こうが全く起きなかったのだ。
仕方なく置いて行こうとしたランスロットの手を寝惚けたカレンの手が掴んだのが運の尽き。
本当に寝ているのかと疑いたくなるほどの馬鹿力でそのままランスロットの背中によじ登って来たのだった。
「くうぅーっ!抱き着くならせめて硬い防具着てない時にしろよな!全ッ然!嬉しくねえ!」
男ばかりの一団でここまで無防備を晒すカレンもどうかと思う。けれど、そんなカレンに手を出そうという愚か者は一人もいない。出せばどうなるかよく分かっているからだ。
「お前が過去に団長に手を出そうとしたおかげで、我々は良い教訓を得る事が出来た。感謝する」
「うるせえ!何が感謝だ!俺だって分かってたら手なんか出そうとも思わねえよ!」
そう。カレンに唯一手を出そうとしたのはランスロットだ。
怒ったカレンに下着姿のまま魔物が彷徨く森に一週間吊るされた時は死を覚悟した。それ以来、カレンから馬鹿ランスロットと呼ばれている。
「馬鹿ランスロット。街が見えて来た。あれか?」
「お前らまで馬鹿を付けなくていいんだよ!感謝はどうした⁈ 感謝は⁈ 」
「いっそ改名したらどうだ?」
「するか馬鹿!」
カレンの部下は無骨な人間が多く、レイヴンとは違う意味で無口で愛想が無い。
実力は一流。実戦経験も一般の冒険者に比べてズバ抜けて多い。
そんな連中が団長カレンの指揮の下では更に力を発揮する。これはカレンが持つ特殊な能力によるものだ。
“言霊“ と呼ばれる特殊な魔力を声に乗せて発すると、指揮下にある者の士気と戦闘力が飛躍的に向上する。その恩恵を一度でも味わってしまうと、これがなかなかクセになるのだ。
気を付けなければいけないのは、本来の実力以上の力を過信してはいけないという事。あくまでもカレンの指揮下にあるからこその力である事を忘れてはならない。とは言え、恩恵もある。
速く走る為の訓練をする際に、馬や馬車に自分の体をロープで括り付けて引っ張るという方法がある。自力では出せない速度を体に覚えさせる事で一つ上の速さを身に付けさせるというものだ。やり方を間違えれば怪我をして再起不能にもなりかねない。しかし、それに耐えて繰り返す内に体の方が適応してしまう。
強引な方法だが、これがどうして普通に訓練するよりも効果があるのだ。カレンの指揮下に入るのもこれと同じ理屈だ。
カレンの部下には元Aランク冒険者もいる。彼等はカレンの指揮で本来なら超える事の出来ない壁を超えてSSランク冒険者にまで上り詰めた猛者達だ。
故にカレンの忠実な部下として付き従っている。
(もうちょっと愛想が良ければなぁ)
門の前でクレアとルナが何やら不機嫌な顔をして立っているのが見えた。
ルナが居るという事はダストンの治療は終わったのだろう。しかし、クレアと一緒に立っているのは変だ。てっきりレイヴンにべったりだと思っていた。
「よう。何があったんだ?ゲイルとレイヴンはいないのか?」
「「こっち!」」
「お、おう……」
やはり変だ。背中にいるカレンには目もくれない。
頬を膨らませて鬼の形相を浮かべた二人の案内で街へと入る。
巨大な魔物が開けた穴は綺麗に塞がれていた。おそらくルナの魔法によるものだろう。
案内された家に入ると今度はゲイルが待ち構えていた。
神妙な面持ちで食堂の様な場所に案内された。
「話をする前に、そいつらは誰だ?」
「ああ、俺の背中で寝てるのはカレン。コイツらはカレンの部下だ。ダンジョン探索を専門にしてる連中でな、レイヴンと俺を追って近くに来ていたところを合流したんだ。安心して良い。信用出来る奴らだ」
「そうか。なら早速本題だ。レイヴンが一人で北へ向かった。それからダストンは無事だ。レイヴンの魔剣の力で失った腕と足以外は健康そのものの状態にまで回復している」
「よお。世話になったな。おかげで命拾いしたぜ」
「おい、ゲイル。誰だこのおっさん?」
「ダストンだ」
「は?」
「ダストンだ」
「いやいやいやいや!二回も言わなくていいって!ていうか、どうなってんだこりゃあ……」
痩せこけていたダストンはふっくらとした顔をしており、見違えるように健康的な体に変わっていた。ただし、ゲイルが言ったように失った腕と足はそのままだった。
「詳しくは省くが、あまり良い傾向では無い事だけは確かだ。これからダストンを送り届けた後、我々も北へ向かう。呼び出したのは誰かがこの街に残る必要があるからだ」
「そうだな。じゃあ、ダストンはコイツらに頼もう。それから何人かはこの街の防衛に残らないとな」
ダストンを送り届けるくらいならカレンの部下に頼んでも問題無い。しかし、街の防衛となるとカレンの許可無しに部下を使わせてもらうのは難しい。
「それともう一つ……」
ゲイルが耳打ちした言葉を聞いたランスロットは顔を引攣らせてダストンを見た。
ゲイルの予想はこうだ。
『ダストンは一度完全に死んでいたのではないか?』
もしも、それが本当ならとんでも無い事だ。
ゲイルも一度死に、魔核の力で強制的に蘇らされた。けれどそれはあくまでも魔物として命を吹き込まれたに過ぎない。レイヴンはそんなゲイルから魔核の力を奪い人間の姿に戻しただけだ。
ダストンは違う。魔核の力を使わずにレイヴンの力だけで蘇らせた。
レイヴンの持つ魔剣に内包されたもう一つの力。
話には聞いていたが、願いを叶える力は危険過ぎる。
世界の理すら書き換えてしまう超常の力。
かつて悪魔と神が共闘してまで封じようとした力は人の身に余る。
「レイヴンが街に戻って来た時、何か異変はあったか?」
「いいや。いつもと変わった様子は……」
「そうか」
リヴェリア達との話し合いの場でミーシャが言ったレイヴンの異変。それはレイヴンが感情を理解し始めた事による一時的なものだと結論づけられた。
大きな揺らぎが無い限りは、という注意点を除いて。
レイヴンの反応を見た限りダストンとの再会は問題無い様に感じた。本人も特に気にした様子も無いといった風だったので大丈夫だと思ったのだ。
(今はレイヴンを一人にしない方が良い気がする……)
「世話かけさせやがって……」
「とにかく探すしか無い。準備が整い次第北へ向かおう」
真剣な顔をしてレイヴンの事を話し合う二人を見たダストンは昔の事を思い出していた。
初めてレイヴンを拾った時、傍には誰も居なかった。
泣く事も誰かに助けを求める事もしなかった少年は、路地裏で一人膝を抱えたまま座っていた。
奴隷商人というのはダストンが考えた末にとった表向きの顔。
どうしようも無いクズだった事は認める。けれど、捨てられた魔物混じりの子供達を放ってはおけないと思ったのも事実だ。
そういう子供を他の奴隷商人から買い取ったり拾ったり。それが何かの役に立っていると思い込んでいたのかもしれない。
だけれど所詮は思い付き。
子供の相手なんかした事も無い。世間からの信用も無い自分ではまともに育てる事が出来なかった。
怯えた目を見ている内に厳しく接する事が多くなった。言う事を聞かなければ食事も与えない。それが躾だと本気で思っていたのだからやはり相当なクズだ。
あれは確か、金も無くなった頃。 レイヴンが大怪我をして帰って来たのを見た時、急に怖くなった。
子供でも魔物混じりは魔物混じり。弱って魔物堕ちでもされたら他の子供達が危ない。そう直感的に思った。
あの日、人生で一番クソッタレな選択をした。
ずっと忘れる事の出来ない後悔。
人殺し以外なら大抵の悪事はやって来た。そんなクズな自分に初めて芽生えた後悔。
どんなに馬鹿笑いしても、酒に酔っても頭の中にこびり付いて離れない苦い記憶。
嘘じゃ無い。レイヴンを森へ置き去りにした時の光景を一日だって忘れた事なんか無い。
「へへ……今更後悔したって遅いのにな」
「何か言ったか?」
「いや。……なんでもねえ。悪いがサラの所へ連れて行ってくれ」
ダストンはそれだけ口にすると、サラ達の元へ戻るまで口を開く事は無かった。