許さない
「レイヴンが帰って来たよ!」
クレアの声を合図に北の街の門が開かれた。
外は冷えると言うのにずっと塀の上でレイヴンが帰って来るのを待っていた様だ。
「レイヴンお帰り!」
塀の上から飛び降りたクレアを受け止めてやる。
(やれやれ。無茶をする……)
門の先ではゲイルが待っていた。
気絶させられていた街の住人達の姿は見当たらない。
「急に飛び出して行ったから心配したぞ。此方は概ね順調だ。住民も兵士もじきに意識を取り戻すだろう」
「そうか。ダストンの様子はどうだ?」
「一命は取り留めた。が……」
「……?」
ゲイルは無言のまま門を閉めてレイヴンについて来る様に促した。
兵士達の姿は見えない。
(まだ目覚めていないのか)
案内された家は倒壊を免れた綺麗な状態。ここまでダストンを連れて来る事が出来るまでに回復したのは朗報だ。
「こっちだ」
二階の部屋の前でルナが膝を抱えて座っていた。
かなりの魔力を消耗したのだろう。酷く顔色が悪い。
「レイヴン……ごめん……僕の力じゃあこれ以上は……」
「……ッ!」
涙を目に溜めたルナを見たレイヴンはドアを勢いよく開けて部屋へ入った。
ベッドに寝かされたダストンは全身包帯で巻かれた状態で弱々しく呼吸している。
まだ死んだ訳では無い。けれど、ダストンの命は尽きようとしていた。
「すまない。二人にしてくれ……」
「ああ……」
普段とは違うレイヴンの雰囲気を感じ取ったクレアは、大人しくレイヴンから離れてゲイルと共に部屋を出た。
目を閉じたまま弱々しく呼吸するダストンの側に腰を降ろしたレイヴンは黙ったまま静かに項垂れていた。
「……」
ダストンは自分にとって因縁の相手。
人生を大きく変えさせられた相手だ。
それでも、奴隷として拾われていなければ……オルドに助けられるまでの数年間を幼いレイヴン一人では生き抜く事が出来なかった。
それは結果論に過ぎない。
そんな事は分かっている。
幾つもの“もしも” が頭を過ぎった。
それでも、ダストンの事を恨み切れなかった。
どんな形であれ、生き残る事が出来た。
「くそ……どうしてこんな事になった……お前は何を守ろうとしたんだ……」
ダストンがカイトと交わした取引、或いは要求が何だったのか。そんな事は分からない。ただ一つだけはっきりしているのは、サラ、仲間、そしてあの街の生き残り達を助けようとしていたという事だけだ。
昔のダストンからは想像もつかない。けれどサラを見ていればダストンが昔とは変わったのだと分かる。
記憶に残っているダストンとはあまりに違い過ぎて本当のダストンがどんな人物なのか見えて来ない。
「へへ……なんて顔してるんだ……」
「ダストン……」
ダストンは視点が定まらないのかレイヴンの顔を確認すると天井を見つめた。
「……何で、俺は生きてるんだ?」
「ダストン、何があった?お前はカイトとどんな取引をしたんだ⁈ 何故逃げなかった……何でなんだ……俺には分からない……何がお前を変えた?」
「……俺は何にも変わってねえよ。お前が……ゴフッゴフッ!」
「ダストン!」
「ああ……まだ大丈夫だ」
ダストンの顔色がどんどん白くなっていく。
もうその時が近い。
「俺は昔と変わってねえ。……お前が知ってる通りのクズ野郎さ」
「……」
やはり気付いていた。
レイヴンがかつての三十二号だと分かっていたのだ。
「なあ……サラは無事か?」
「ああ。食料も手に入れた。今は俺の仲間が側にいる」
「そうか……なら、いい」
ダストンは安心したような表情を浮かべて深く息を吐いた。
「伝えてくれ。……後継者はサラだ。俺はもう長くねえからよ……」
「自分で言え。娘だろう?」
「……サラとは血は繋がってねぇんだよ」
「どういう事だ⁉︎ 」
「ゴフッ……ゴフッ!!!……言っておくが、奴隷じゃ無い。俺が惚れた女がまだ赤ん坊だったアイツを連れてたんだ……その女は魔物堕ちしちまって……だから俺が引き取った。名前も……ゴフッ!俺が付けたんだ。良い……名前だろう?へへ……初めてちゃんとした名前つけたぜ……」
(そうだったのか……)
「ああ……眠くなって来たなぁ……。レイヴン……サラには……内緒、だ……ぜ……」
ダストンは最後に微かに笑って見せると、そのまま静かに息を引き取った。
奴隷商人として生きて来たダストンが最後に見せた顔は親の顔だった。
血は繋がっていなくとも、ダストンはサラを立派に育ててみせた。それが惚れた女の形見であったからだとしても、一人の親としてサラを守り、そして仲間を守ったのだ。
結局何の取引だったのかは分からず終い。
それでも……レイヴンが最後に見たダストンは人間として真っ当に生きていた。
振り切れなかった過去の呆気ない幕引き。
恨みは無い。けれど、悔やんではいた。
ずっと心の片隅に刺の様に突き刺さっていたモヤモヤした物。
(ふざけるな!!!)
激しい怒りの感情が込み上げる。
ダストンは皆を守ろうとした。しかし、まだ何も終わっていない。
「またあの時みたいに放り出すのか……」
傷付いたレイヴンを森に置き去りにしたダストン。
その去って行く背中をよく覚えている。
途中で何度も何度も何度も何度も……!
繰り返し振り返っていたダストンの背中を!!!
ーーーーーこのまま勝手に死ぬなんて許さない!
「……まだだ。お前はまだ生きろ。サラと約束したんだ。連れて帰ると!」
レイヴンは魔剣を抜き膨大な量の魔力を込め始めた。
心臓の鼓動が激しく響き、吹き荒れる魔力の渦が窓を割って内装を滅茶苦茶にかき回していく。
『本当に良いの?』
「またお前か……これは俺の我儘だ。さあ起きろ!俺の願いを喰らって力を示せ!!!」
レイヴンの魔剣が持つ、もう一つの力。
持ち主の願いを糧に望みを具現化する力。
世界の理を大きく外れた禁忌の力。
人の生き死にを操る事など造作も無い。
ダストンの体に突き立てられた魔剣が白い輝きと共に辺りを白く染めていく。
「レイヴン!何が……!!!」
「「レイヴン!!!」」
ゲイル達が慌てて部屋に入った時、割れた窓から吹き込んで来る冷たい風が真っ白なカーテンを揺らしており、ベッドの上では死に掛けていた筈のダストンが穏やかな笑顔を浮かべたまま窓の外を見ていた。
「一体何が……」
「嘘……ダストンが生きてる。どうして……」
「レイヴンは⁉︎ レイヴンは何処に行ったの⁈ 」
必死に問いかけるクレアを見たダストンは残った左腕で窓の外を指差した。
「北だ。全部終わらせて戻って来るってよ」
「北⁈ 勝手な奴だ……」
「「もう!もう!もう!また勝手に行っちゃうんだから!」」
怒りを露にして地団駄を踏むクレアとルナ。
ゲイルは右腕と右足を失ったままではあるものの、その他は健康と言っても良い程に回復したダストンをじっと観察していた。
先程の強烈な魔力の反応は間違い無くレイヴンの魔剣による物だった。
幾度も常識では考えられない力を振るって来たレイヴンだが、今回に限っては明らかに違う。
ルナの回復魔法は完璧だった。どうにもならないと思われた傷を塞ぎ、内臓もどうにか修復してみせた。正しく奇跡と呼べる次元の高度な魔法であった。
それでもダストンの命が尽きようとしていたのは、体力の低下による衰弱が原因だった。けれども、今のダストンに衰弱した様子は無く。目は生気に満ち、肌の張りも戻っている。
(これがあの魔剣本来の力か……)
奇跡などという言葉も生温い。これは世界の理を書き換える力。
伝承に残された通りの力だ。
(危険だな……)
ゲイルはレイヴンを追いかけると言って駄々をこねる二人をどうにかなだめた後、ダストンを連れて家を出た。