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取引と商人

 

 単刀直入に聞く。

 そう言ったカレンの言葉は正しくその通りで、サラ達の現状とランスロット達が北にやって来た経緯まで全てを話してしまいたくなる様な巧みな話術を用いる事なく、歯に物着せぬ物言いで根掘り葉掘り聞いて来た。だというのに嫌な気分にならないのだから不思議だ。


 サラには答え難いだろう問いもカレンの不思議な圧力の前では喋らざるを得なかったのだから、周りで見ていたサラの仲間達も特殊な空気に呑まれてただ見守っているだけ。誰も口を挟んだりはしなかった。


「なるほど。状況は理解したわ。おい」


「ハッ!」


「サラ達に協力しなさい。この場所の防衛と周辺警戒。怪我人の治療も忘れずに行いなさい。行動開始」


「ハッ!」


 カレンの背後に控えていた屈強な男達が一斉に動き始めた。

 罠の再設置に住居の補強、周辺の警戒とテキパキとこなしていく。


「あ、ありがとうございます!何とお礼を言ったら良いか……」


「別に気にしなくて良いわよ?その代わりに私達と取引をしましょう」


「取引ですか?あの、私達にお渡し出来る物は……」


 ニンマリと笑みを浮かべたカレンは部下に手で合図を送ると、大きな荷物を持って来させた。


「何だそれ?」


「これは私が旅の間に集めた貴重な宝石、それから武器や魔具よ。これを売りたい。そうねぇ……中央の貨幣価値に換算すれば少なく見積もってもざっと五千万ゴールドと言ったところかな。馬鹿な金持ちに上手く売れば八千万でも売れるでしょ。これを買い取って貰いたい」


 袋から無造作に取り出した宝石はカレンの手よりも大きく、その輝きは見る者を魅了した。

 サラの仲間達は早くも宝石の価値について各々話し合っている様だ。どんな環境におかれていようが、なんだかんだで根っからの商人という事らしい。


「お話は分かりました。けど……今の私達にはそんな大金とても……」


「二十日。私達は二十日程ここに世話になりたい。そこでなんだけど、サラにはその間に必要な寝床と食料の提供をお願いしたいの。それが、これらの宝を引き渡す条件よ。商人なんでしょう?」


「え⁈ そんな、だってそれじゃあ……」


 仮に街の高級宿にカレン達が宿泊したとしてもだ、二十日の間にかかる費用は三千〜五千ゴールドもあれば十分に足りる。

 清潔な部屋に真っ白なシーツ。それから、ふかふかのベッドに贅を凝らした温かい食事。至れり尽くせりだ。

 しかし、サラ達が提供出来るのは今にも崩れそうなボロ小屋に埃まみれの汚い布。食事だってレイヴンが調達してくれた保存食しか無い。

 二十日程度ならカレン達に食事を提供したとしても充分に余裕がある。けれど、そんな粗末な物が五千万ゴールドもの宝と釣り合う筈が無い。


「サラ、悪くない話だぜ?」


「ああ!こんな美味しい話他に無いぞ⁈ 」


 仲間達はカレンの提示した条件を呑むべきだと言う。

 当然だ。誰が聞いたってこんな美味しい話は他に無い。


 それでもサラは頷く事をしなかった。


「カレンさん。その話をお受けする事は出来ません」


「そんな!こんな良い話もう二度と無いかもしれないんだぞ⁉︎ 」


「考え直せ!ダストンさんだってきっと……」


「皆んなは黙ってて!」


「……」


 サラは取引に応じるべきだと息巻く仲間達を一喝して姿勢を正した。


「カレンさんの仰る通り、私達は商人です。当然、利益を得る為ならば苦労は惜しみません。多少の無茶もするかもしれない。けれど、これは違う。対等で無い取引には応じられない。それが例え千載一遇の機会であったとしても、その宝に見合うだけの価値ある物を私達は用意出来ません。商人たる者貪欲であれ。商人たる物先見の明を持て。しかし、父は私にこうも教えてくれました。金よりも縁。そして何より誠実であれ、と。もしも、この取引を受けてしまったら、私達は商人では無くなってしまう。それだけは出来ないのです」


「サラ……」


 レイヴンが食事で良いと言った時とは訳が違う。

 全員で力を合わせて何が何でもレイヴンに恩を返すと決めた。けれど、まだそれすらも返せていないというのに、カレンの提示した条件に見合う取引など出来る筈も無い。

 貰い過ぎても与え過ぎても駄目。

 目先の利益に囚われている様では商人足り得ない。大きな取引で無くても良い。そんな強欲な商人にはなりたくないのだ。


 真っ直ぐにカレンを見つめるサラの目は商人としてだけで無い、皆を率いる頭としての覚悟に満ちていた。


「気に入ったぞ。……レイヴンが手を貸すだけの事はあるな」


「え……?」


 レイヴンは暫く会わない内に随分と丸くなった。それでも変わらない物がある。

 それはレイヴンの人の本質を見抜く目だ。


 レイヴンは理屈抜きに相手の本質を感じ取る。それはこれまでの生い立ちがそうさせた部分も大きいが、レイヴンは冒険者の仕事以外では絶対に金では動かない。

 そんなレイヴンを動かしたのはサラだ。


「なら、こうしようかしら。この宝はタダであげるわ。売るなりサラ達の好きにすれば良い。その代わりと言っては何だけれど、さっきお願いした二十日間の滞在と食料を頼みたい。それと私達はこの国の混迷した状況をレイヴンと共に打開する為の一助となると約束するわ」


「ええっ⁇! 」


 サラは一瞬、カレンに言われた事が理解出来なかった。

 今の今まで五千万ゴールドはくだらない宝であると言っていた物をタダでくれる。しかも二十日間泊めてもらう代わりにこの国を救う助力を申し出て来た。


「か、からかって……ッ⁈ 」


 からかっているのではないか?そう言おうとしたサラは言葉を飲み込んだ。


 カレンの目は強い意志をもってサラを見つめている。

 その輝きは決して冗談で言っているのでは無いのだと、サラのみならずその場にいた全員に分からせた。


 椅子に体を預けたカレンがゆっくりと口を開く。


「私は本気よ。私達が得た宝は今後、全てサラに売る事に決めた」


「決めたって……。そんな、無理です!私はまだ一度だってまもともに商売をした事なんてないし、それにこんな状況じゃあ何も……」


「あら、そんな事無いと思うけど?」


「カレンさん。やっぱり私では貴女の期待には応えられません。この話を続けるおつもりなら、せめて父が帰って来てから……」


「父親なんて関係無い。それに、サラはもう商売してるじゃない。ねえ?馬鹿ランスロット」


「馬鹿は余計だこの野郎。だけど、そうだな。確かに商売してるな」


「え?」


「あの堅物レイヴンを食事だけで動かした。これは普通の商人には出来ない事よ。自信を持ちなさい。貴女は既に商人として一番大事な物を持っている」


「大事な物……」


 カレンがどうしてそこまで自分の事買ってくれるのか理解出来ない。

 商人として大成する為に必要な事は機を読む力と実績だ。それらの積み重ねが客の信頼を生む。自分にはそのどちらも無い。


「サラ。私は貴女の商人としての心構えを買うと言っているの。大船に乗ったつもりで任せなさい。これは好機よ?商人なら掴みなさい。普段の私はこんなに安く無いわよ?」


「……少し、少しだけ考えさせて下さい」


「あああああああ!焦ったい!即断即決!これも商人には大切な事よ!」


「サラ、受けとけよ。レイヴンとカレン。中央でこの二人にまともに依頼を出したら五千万ぽっちじゃ済まないぜ?」


「え⁈ そ、そうなの?二人は一体……」


 中央冒険者組合が定めた依頼料の最高額は王家直轄冒険者への依頼。

 最低でも一億ゴールド。依頼の内容によっては天井知らずな額になる。

 無論、これはリヴェリアが設けた額だ。これであれば誰も依頼しようとは思わないだろうという考えからだ。


「余計な事を言うな馬鹿ランスロット!それで、サラ。返答は如何に?」


「わ、私はーーーーーーーー」




 カレンの部下達の世話をしているサラを眺めながらカレンとランスロットは暫し息をついていた。

 レイヴンが戻って来るまでまだ暫くかかるだろう。


「なあ、カレン。さっきは何でサラにあんな事言ったんだよ?こう言っちゃ何だけど、どの道力を貸すつもりだったんだろう?」


「それは買いかぶり過ぎ。サラの事が気に入ったのは本当。だけど私は知りたかっただけよ」


「何を?」


「レイヴンがどうして力を貸す気になったのか。何の為にあの力を振るおうとしているのか……」


「カレン……お前もしかして最初から……」


「さあて、どうかなぁ〜。疲れたから寝る。レイヴンが帰って来たら起こして〜」


「へいへい……」

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