カレン
団長カレンは世界中を旅するうちに世界を隔てる壁を越えていたそうだ。
何者の接近をも許さない魔法の壁が解かれた僅かな間に境界を越えていたらしい。
最初はどうしたものかと戻る方法を探したりもしたそうだが、目の前に広がる未開の地を見てしまったカレンの『冒険しなければ損だ!』という一言で早々に中央に帰るのを止めた一行は、森や山岳地帯にある村や街を拠点にしながらダンジョン探索に明け暮れていたと言う。
「それでさぁ、私はもっといろいろ見て周りたかったんだけど資金が尽きちゃってね。食料は自分達で狩りをしたから、一先ずはどうにかなったんだけど、冒険者組合が無いんじゃ魔物の素材もダンジョンで見つけた宝も換金出来ないし、商人見つけて売ろうにも私達が提示した額をまとめて払える器量や腕の良い商人がいなくてもうお手上げ。お金じゃなくても食料でも良いって言ってんのに、『いくらになるかも分からない物に大切な食料を渡すなんて無理だ』なんて肝の小さい事言うわけよ!中央で売ったならそれこそひと財産だっていうのに価値の分からない奴ばかりで困ってたのよ。それで、中央にいよいよ戻ろうかって時にミーシャが現れたのよ。魔物混じりなのに精霊を使役してるじゃない?最初はどうも胡散臭いなあって思ってたんだけど、話してみたら凄く良い子でさあ!おまけにリヴェリアのお使いで来たって言うし、詳しく話を聞いてみたら意気投合しちゃったわけよ!しかも、レイヴンと馬鹿ランスロットの事もよく知ってて、ついつい盛り上がったのよ。それで話していくうちに二人が全然連絡を寄越さない理由も何となく分かったんだけどさ、更に詳しく聞いてみたら北の国にいるって言うじゃない。最初は国って何?って思ったけど、細かい事気にするのは性に合わないし、私達が居た場所からも近いしで、だったら会いに行こう!ってなったわけよ!だけど、到着早々に大っきな地揺れに巻き込まれて、気が付いたら目の前にダンジョンの入り口があったのよ!もうビックリ!二人にも会いたかったけど、ダンジョン見つけたら探索したくなるでしょう?しかも、出来立てほやほやのダンジョンだなんて見逃す手は無いって!まあ、そんなこんなで探索してら、やたらと大きな魔力の反応が地下から移動して来てたから、新種のフロアボスかもしれないと思って駆けつけたわけ。そしたら見た事も無い鎧を来たのがあちこち壊して回ってるじゃない?せっかく見つけたダンジョンになんて事するんだこの野郎ってなって、気付いたら皆んなで襲っちゃった」
「「……」」
「でもでも!早速探索した甲斐はあったわ!私の一撃を弾き返す魔物だなんてフルレイドランク以外では無かったもの!まあ……まさかそれがレイヴンだとは思わなかったけど、そうだと分かったら妙に納得しちゃったのよねー。レイヴンって昔から訳分かんないとこあるでしょ?私と知り合ってからも全然本気で戦って無かったし。そうそう!あの鎧って何?ミーシャが言ってた魔剣と何か関係あるの?」
「あれは……」
「あれには流石の私も不味いと思ったわね。久しぶりに本気になったもの。ほら、私ってば仲間の命を預かってる訳じゃない?こんな所でダンジョン探索もしないままに死ねるかあああああ!ってなったのよ!いやあ、それにしてもあの感覚は久しぶりだったなぁ。死を覚悟する的な?リヴェリアやマクスヴェルトに喧嘩吹っ掛けた時も焦ったけど、今回のはあれ以上ね。レイヴン強くなり過ぎだってば。もう私じゃ勝てないじゃん」
「お、おい……」
「でも、それじゃあ私の気が収まらないのよね。負けたままじゃ悔しいし、今度はちゃんと準備して戦ってみたいわね。あー、でもその前にクレアとルナって子とも戦ってみたいかも!いるんでしょ?小ちゃくて可愛くて、すっごい強いって聞いてるわ!ユキノとフィオナの二人掛かりでも負けないくらい強いって聞いた時には鳥肌立っちゃった!あの二人は戦闘タイプじゃ無いけどSSランク冒険者を相手にそれだけ戦えるだなんて逸材よね。あー!早く会いたい!私もギュッてしたーーーい!!!」
「話を聞けッ!」
このままではカレンはいつまでも話し続ける。
意を決して強い口調で言い放ったレイヴンはいつもより少し不機嫌そうな顔をしていた。
無論、それはランスロットにしか分からない僅かな変化だ。
「お、お前……勇気あるなぁ」
ランスロットは驚いた顔でレイヴンをまじまじと見てたじろいでいた。
話し続けるカレンに横槍を入れた所で余計に話が長引くに決まっている。これまで何人もカレンの長話を止めさせようと試みたがいずれも失敗に終わっているのだ。なまじ腕力に訴えようにも相手は王家直轄冒険者の候補にまでなった猛者。到底敵う相手では無い。
「関係無い。カレンの話が長過ぎるだけだ」
勇気も何もこのままでは話が進まない。ただでさえ時間が惜しい時にまともに付き合っていられないのだ。
「レイヴンが怒った……うわああああん!サラちゃん!レイヴンが怒ったああああああ!!!」
「うええぇっ⁈ わ、私?ど、どうしたら良いの⁇」
わざとらしい泣き真似をしたカレンはサラにしがみ付いたままレイヴンの様子をチラチラと伺っていた。
「カレン、ふざけるのも大概にしろ。こっちは今、お前に構っている暇は無い」
「ちぇっ!」
口を尖らせたカレンはわざとらしく舌打ちしてみせる。
カレンのこの手の行動はよくある事だ。しかし、今回のはかなり酷い部類と言えるだろう。
何を考えているのか知らないが、これ以上は看過出来ない。
「久しぶりに会って浮かれちゃうカレンお姉さんの気持ちが分っかんないかなぁ〜」
「知らん。俺達は依頼の途中だ」
「依頼?依頼って?この国に冒険者組合あるの?」
「そうではない。サラ達から受けた依頼だ」
「サラちゃんから?それって個人的に引き受けたって事?レイヴンが?」
「待て待て!また話が長くなってんぞ!ったく、しょうがねえ。俺が説明しとくからレイヴンはダストンを連れて来いよ」
「ああ。そうさせて貰う」
「え⁉︎ ちょっと待ちなさいよレイヴン!」
出口に向かうレイヴンの肩を掴もうとしたカレンを遮る様にしてランスロットが割り込む。
「いい加減にしろよ。レイヴンが戻って来るまで大人しくしてろ」
睨み合う事数瞬。
振り返って歩き出したカレンは気怠そうに手を振りながら、いつの間にか用意された椅子に腰を下ろした。
「はいはい。じゃあ、本題に入りましょうか」
「へ?」
驚く程あっさりと引いたカレンに呆気にとられたランスロットは間抜けな顔を晒していた。
気が付けばカレンの部下達も勢揃いで整列しているではないか。
彼等はリヴェリアの所から集められた冒険者では無い。カレンが世界を旅し始めた頃から付き従っている私兵とでも呼ぶべき存在。
レイドランクのみならずフルレイドランクの魔物とも戦えるだけの力を持った精鋭達。その力は一説にSSランク冒険者をも凌ぐとも言われている。
「何呆けた顔してんのよ馬鹿ランスロット。早く話しなさい。これまでの経緯とレイヴンに何があったのかを全部よ」
団長カレンの顔がそこにあった。
先程までふざけていた空気は完全に消え失せ、真剣な目の輝きは真っ直ぐにランスロットを見据えていた。
足を組み頬杖をつくその姿には何とも言えない強烈な威圧感が漂う。
「サラにも話を聞かせてもらうからこっちへ来て頂戴」
「あ……は、はい!」
一気に張り詰めた空気にランスロットはゴクリと唾を飲んだ。
(これだから……堪んねえな、おい……)