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カイト

 賑やかな街の中心部で再会したレイヴンとカイトは互いに見つめあったまま動かなかった。

 見た目は普通の青年。しかも魔力の欠片も感じない。正真正銘の普通の人間だった。

 しかし、 レイヴンの纏う緊張感はいつになく鋭い。傍で見ていたランスロット達も思わず息を飲んで様子を見守っていた。


「せっかく仲間になってくれると思っていたのに残念だよ」


「何が仲間だ。お前がこの国を滅ぼそうとしている元凶の一つだろ」


「国を滅ぼそうとしている?あははは!言っただろう?俺はこの国を変革させようとしているんだ。女王の布いた政を廃し、レイナを新たな女王とする。それが明けない夜を解く唯一の方法だからね」


「レイナが女王?どういう事だ?」


 カイトは目を丸くして驚いた表情を浮かべ笑い出した。


「あっはっはっはっは!もしかして知らずに首を突っ込んでいたのかい?これは驚いた!てっきりダストンが喋ったのかと思ったのに予想が外れたな。レイヴンには驚かされてばかりだ。レイナは女王の実の娘。彼女が王位を継ぐのは自然な事だよ」


 カイトは歪な笑顔を浮かべながら大袈裟な身振り手振りで話を続けていく。


 ダストンが喋ったと言う事は、やはりダストンは裏でカイトと通じていた様だ。


 レイヴンはいつ戦闘になっても良いように周囲の状況を探りつつ時間を稼ぐことにした。

 背後には治療を受けているダストンがいる。サラに連れて帰ると約束した以上、どんな事情があったにせよ死なせる訳にはいかない。

 ゲイルとクレアも周囲を警戒してはいるが普通の人間がこれだけいたのでは動き難いだろう。


「レイヴン。考え直す気はないか?今なら君がした事は水に流そうじゃないか。仲間が嫌ならそれでも構わない。けど、どうか力を貸して欲しい。魔物の群れを殲滅した力は見事だった。その力があれば、レイナを救い国を建て直すのも容易い。どうだ?」


「……ふざけた奴だ。あの場でお前が話した事は嘘ではないというだけで、お前を信用する理由にはならない」


(レイナは俺にこれ以上北へ行くなと言った。北には何がある?)


「嘘では無いと分かっているのに信用出来ない?おかしな事を言うんだな」


「魔物や人間を操る理由は何だ?本当に国を建て直すつもりがあるのなら、そんなことをする必要は無い筈だ」


 目の前の肉塊がレイナであるなら、カイトは本当に嘘を吐いていない事になる。それでもレイヴンにはカイトの言葉が信じられないでいた。

 レイナは魔力の塊の様な存在となってレイヴンの前に現れた。

 カイトとレイナ。二人の言葉には大きな食い違いがある。


「……言葉ってのは面白いよな。大人はいない。けれど俺はこの街にはいないと言っただけ。地下にはちゃんと大人もいたさ。俺は嘘が大嫌いだからな」


「……」


「それと、念の為に言っておくが、俺がこんな面倒な事をわざわざやっているのはレイナを救う為だ。北にはこの状況を招いた張本人である女王が眠りについている」


(女王?確かこの元凶を招いた張本人だったな)


「あの女はなかなかしぶとくてね。自分を殺そうとしたレイナにとある魔法をかけた。呪いとは違う特殊な何か……その魔法を解くには力が要る。そうだな、見てもらった方が話が早いか」


 カイトは薄ら笑いを浮かべて指を鳴らした。


 すると、街の住人達は糸の切れた人形の様にその場に倒れて動かなくなってしまった。


「何をした⁈ 」


「直ぐに分かるさ」


 その直後、立っていられないほどの地響きが街全体を揺らし始めた。

 建物や街を囲っていた壁がけたたましい音を立てて崩れていく。


(何か来る……⁉︎ )


 地面の下を巨大な何かが這っている様な音に気付いたレイヴンは咄嗟に声を上げた。

 音は真っ直ぐ此方を目指して近付いて来る。


「ルナ!今すぐ結界を貼れ!ダストンを死なせるな!!!」


「うえええぇ⁈ 回復魔法使ってる最中に結界も⁉︎ ちょ、ちょっと!そ、そんな無茶な!」


「無茶でもやれ!ランスロット、ゲイル、クレアは二人を守れ!!!」


 レイヴンがここまで取り乱すのは珍しい。

 言われた三人は互いに目線で合図を送って後退した。


「……ッ!!!」


 カイトの背後の地面を割って出て来た肉塊を見たレイヴンは言葉を失った。


(まさか、あの穴の底にいたのは……)


 醜く膨れ上がった体。

 腐って瘴気を放つ肉の塊の中心に彼女はいた。


 それはかつてエリスやクレアが魔物堕ちした時と同じ。目から赤い涙を流し、意識が朦朧として視線が定まっていない。

 レイナの体から感じる魔力は魔剣に込められていた物と同質であった。

 薄っすらと人間の姿をしたレイナの幻影が見え隠れしている事から、レイヴンの前に現れたレイナの意識が今は体内にある状態であるらしい事が確認出来た。


(レイナ……だが、これは……くそ!)


 異常なまでに膨れ上がった体はまるで芋虫の様に大半が地中に埋まったままの様で、依然として全体を見る事は出来なかった。穴の大きさから考えても想像を絶する大きさにまで膨れ上がっていると考えられる。

 地下で見た巨大な穴が肥大化したレイナの通り道だったのだとしたら、その本体は街の規模と同程度。つまりレイヴン達の足元にはレイナの体が丸ごと埋まっている事になる。


「くそっ!やべぇぞ……洒落になってねえ」


「レイヴン、どうする?ここで仕留めるのか⁈ 」


 倒してしまうだけなら簡単だ。

 何も考えず全力で魔剣を振り抜けばそれで終わり。


(……どうすれば良い?)


 腹を空かせているのだろう。肉塊から伸びた複数の触手が意識を失ったままの住人達を貪り始めた。


 レイナを殺す訳にもいかないレイヴンは拳を握り締めて耐えていた。

 止めに入りたいが、迂闊に動いてアレが暴れ出しでもしたら、それこそ多くの街の住人達は助からない。


「うぅっ……!!!ゲホッゲホッ!」


「クレア!無理をするな。ルナの所まで下がって休んでいろ!」


「だ、大丈夫……私はレイヴンの力になるって決めたから!」


 クレアは口元を拭って剣を構え直した。

 レイヴンと一緒にいたい一心で厳しい訓練に耐えて来た。まだ始まってもいないのに情け無い姿は見せられ無いのだ。


 一方でレイヴンはかつてない程焦っていた。

 ランスロットとゲイルは自分でどうにかするだろう。しかし、クレアとルナは無理だ。仲間として信じる事にした。けれど、これは二人にまだどうしようも無い。


「……分かった。無理だけはするな。生き残る事を最優先に考えろ」


「……はい!」


 カイトは振り返る事もせずに両手を広げて言った。

 自分が触手の餌食になるとは微塵も思っていない様だ。


「紹介するよ。彼女が……レイナだ」


 魔物堕ちした人間をレイナだと言うカイトの顔は興奮した様に高揚し赤く、恍惚としていた。

 近付いて来た触手に頬ずりする様は見ていて気味が悪い。


「ぅげぇっ!何だよアイツ……」


「魔物堕ちした者まで操れるのか。これはかなり面倒だぞ」


「レイヴン、あの女の人何だか変だよ」


「ああ、分かっている」


 体のあちこちに埋め込まれた光る物体は、レイナの体の中心にある魔核に合わせて鼓動していた。

 通常の魔物堕ちとは違う。これは風鳴の迷宮にいた盗賊グラッドと同じだ。


(後天的に普通の人間に魔核を埋め込んだ末に魔物堕ちした。か……外道が)


 ただし、魔核の数が異常に多い。魔剣の力で元の人間に戻そうにも、どれが本物の心臓の役割を果たしているのかすら検討もつかない。


「気付いたようだな。彼女は普通の人間。魔物混じりじゃない。膨らみ続ける体を維持する為に本能的に魔物や人間を餌にして魔力の補充をしているんだ」


「貴様ッ!」


「おっと。勘違いしてもらっては困るな。俺はレイナが生き続ける為に餌を与えているだけで、この姿にしたのは俺じゃない。力を貸して欲しいって言っただろ?レイナを元の姿に戻す為には大量の餌が必要だ。元の姿に戻ってレイナが女王になれば国は変わる。レイヴンが餌の選別を手伝ってくれれば、それだけ餌は少なくて済む。ああ、そうだ。それから、安心してくれ。子供には手を出していない。彼等は将来国を復興させるのに必要な存在だ。それに大人達が少しくらい減ったってどうってこと無いじゃないか?君達人間は放っておけばいくらでも増えるだろ?」


(そうか、そういう事か)


 レイヴンはカイトの言葉と魔物を操る能力の秘密にようやく気付いた。


「カイト……いや、貴様はカイトでは無いな?いつ入れ替わった?」


「どういう事だよレイヴン⁈ 」


 レイヴンは足元に転がっていた石を足で弾いてカイトの顔を狙い撃った。


「……これが、答えだ」


 カイトは石が当たった衝撃に仰け反ると、口を歪めて不気味な笑みを浮かべた。


「クックックック……本当によく気付いたな。擬態は完璧だったのに。魔力の欠片も零さない様にしていたんだぞ?」


 体を起こしたカイトの顔はひび割れた仮面の様に亀裂が走り、笑う度に皮膚がボロボロと剥がれ落ちて行った。


「マジかよ……どうなってんだ」


「人間では無かったというのか。だが、そんな事が?」


 カイトの皮を被った何者かは真っ赤な目と口から覗いたやけに発達した犬歯を覗かせて笑みを深くしていった。


「お前は悪魔だな。人間の精神を掌握し魔物を意のままに操る。俺ももっと早く気付くべきだった」


「クックックック……」


「……カイトを喰ったな?」


 レイヴンの衝撃的な発言に後ろにいた四人は顔を強張らせた。

 悪魔、そして神という存在は実在すると言われてはいても、あくまでも神話や伝承の中での話だと思っていた。

 過去にレイヴンが錯乱してダンジョンを吹き飛ばした時ですら、幻でも見たのだと思っていたくらいなのだ。


「御名答。……いやはや、レイヴンには恐れ入るよ」


 悪魔は残っていた部分を剥がして本来の姿を晒した。

 雪の白さすら霞む白い肌。人形の様に整った顔には生気が感じられ無い。

 銀色に輝く髪を束ねて黒服に身を包んだ姿は異様な雰囲気と威圧感を放っていた。

 冷たく氷の様な魔力が周囲に満ちていく。


「レイヴン、何だか体が寒い……」


(これは……)


「クレアとゲイルは下がっていろ。悪魔は魔物の血を揺さぶる。お前達は大丈夫だと思うが、最悪の場合は魔物堕ちを強制的に誘発する事も可能な筈だ」


「だったらレイヴンも……!」


 既に一度魔物堕ちした三人なら多少の影響を受けたとしても再び魔物堕ちする心配は無い。

 クレアの言う“寒い” とは魔物の血が体の中で騒ぎ出しているからだと思われる。


「俺は平気だ。奴は恐らく低級の悪魔。この程度なら問題無い」


「問題無いってまさか、あん時の話って……」


「信じられないのも無理のない事だが、俺はその手の嘘は吐かない。以前に俺が遭遇した奴は中級以上の悪魔だった」


「レイヴンは本当に面白いね。見事だ。正解だよ」


 悪魔は手を叩いて戯けた様にしてみせた。


「レイナの支配を解いて立ち去れ。そして、この国から手を引け。今なら見逃してやる」


 支配さえ解ければレイナの意識が確認出来次第、魔剣の力で人間に戻す事が出来る。


「随分と冷たい事を言うじゃないか。名乗らせてもくれないのかい?」


「悪魔の名前など知ってどうする?そんなものに興味は無い」


 悪魔は首を振ってやれやれといった風に溜め息を吐いて言った。


「俺の名前はカイトだ。カイトを喰った時に名前も貰ったんだよ。それと、俺は悪魔だが嘘は嫌いでね。嘘を吐く奴を見るのも不快だ。同胞の中にはそれを好む奴もいる。しかし、俺に言わせれば、そんな奴の魂には美しさの欠片も無い。その点、レイヴンは完璧だ。魔物混じりでありながら、君ほど美しい魂を持った人間には出会った事が無い。恨みの感情を持ちながらも気高い。これはとても不可思議であり、稀有な事だ。一種の美徳とでも言おうか。だからこそ俺はレイヴンの力を借りたいと思った。レイナを救いたいのも、結果として国を立て直したいのも本当の事だ」


「くだらない。それを信じろと?だいたい何故、悪魔である貴様がレイナに拘る?狙いは何だ?」


 魔物堕ちしてしまった人間を悪魔が欲しがる理由が分からない。

 レイヴンの魔剣に宿っていたレイナの意識が今でも体に宿っているのであればどうにか救う事は出来るかもしれない。今は少しでも話を長引かせて、その間に悪魔を退かせる方法を探るしか無い。


 しかしーーーー。


 カイトを名乗る悪魔から笑みが消えた。


「それを教えても君達には到底理解出来ないだろうな。レイヴン、君が俺達悪魔に良い感情を抱いていないのも抱けない理由も分かっているつもりだ。けれど、俺は彼女を……レイナを救ってみせるとも。どんな手段を使ってもな。……また会おう。今度は王都で」


「待て!まだ話は終わって……くぅっ!」


 肥大化したレイナの体が畝り、大地を崩壊させながら地中に潜っていく。

 意識を失った街の住人も子供達以外は穴の奥へと落ちていった。


「くそ!貴様ああああああああ!!!」


 まだダストンとの事を何も聞いていない。けれども、カイトへの接近を拒む様に子供達が盾になっているせいで近付く事すら出来ないでいた。


「そうだ。一つ言い忘れていたよ。レイヴンが助けた南の連中だけどーーーーーー」


「……!!!」


 カイトの声は崩壊していく大地の轟音に掻き消された。

 だが、レイヴンにはカイトが最後に何を言ったのか分かってしまった。


 レイヴンは魔剣に魔力を込めカイト目掛けて斬りかかろうとした所で、またも子供達を盾にされてギリギリで踏み止まった。


(ぐぅっ!!!)


「あははははは!君は本当に優しいな。また会おう!」


 街の大半を飲み込んだ巨大な穴は深く、降り続ける雪を飲み込んでいた。



29日、30日は予定通り改稿作業の続きを行います。

次回投稿は31日夜を予定しおります。

宜しくお願いします。


急用で更新出来なかったりしたので、29か30のどちらかで一話だけでも更新出来たらと思っています。

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