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レイヴン宛の手紙

 冒険者組合の建物の前半分は完全に倒壊してしまっていた。

 普段なら魔物混じりは冒険者組合へ入ることは出来ないのだが、最早入り口もへったくれも無い状況だ。これなら誰も文句は言わないだろう。

 

 冒険者組合の中では職員や冒険者が慌ただしく走り回っていた。

 その中心で指示を出しているのはモーガンだ。

 部下からの報告を素早く処理している。


「モーガン。ちょっと良いか?」


「これは、レイヴン殿! 先程は実に見事な戦いでした。レイドランクの魔物が子供扱いとは恐れ入ります。このモーガン。王家直轄冒険者の戦いをこの目で見られました事、生涯忘れはしません」


 突然跪いたモーガンの只ならない様子に、走り回っていた職員や冒険者が足を止めて驚いている。


 無理も無い。ドルガが居なくなった事で、実質的にモーガンがパラダイム冒険者組合の長なのだ。その長が魔物混じりに跪く事の意味が分からない奴は居ない。


「止めろ。俺は魔核を渡しに来ただけだ。俺の前で二度とそんなふざけた真似はするな」


「いや、しかし……私と貴方では立場が…」


「お前はドルガの様になりたいのか?」


「……!」


 権力や肩書きに媚びる人間の末路はドルガを見れば火を見るよりも明らかだ。

 立場とは役割に過ぎない。それを粛々とこなしさえすれば良い。

 卑屈になる必要すら無い。上も下もあるものか。


「失礼しました。私とした事が……肝に命じます。お前達何をしている! さっさと持ち場に戻れ! 」


 モーガンは再び指示を出して俺に向き直る。

 その顔は冒険者組合の長に相応しい表情になっていた。


「約束通り魔核を換金して欲しい」


「分かりました。ですが、冒険者組合はこの有様。二週間…いや、十日程準備に時間がかかります。受け取りは如何なさいますか?」


 レイヴンは懐から一枚の紙を取り出してモーガンに渡した。


「報酬はその紙に書いてある場所へ分けて送って欲しい。俺が受け取るのは依頼料だけで構わない」


 レイヴンから受け取った紙には、とある場所の名前と、その代表者の氏名が十ヶ所分記されていた。


 モーガンにはレイヴンの行動が全く理解出来ない。

 レイドランクの魔物の魔核ともなれば、その価値は金額にして小国の年間予算にも匹敵する。魔核一つで街に必要な動力を全て賄えるだけの魔力を生み出す。

 その需要は計り知れない。

 それを全て投げ打って、この様な場所に投じるなど正気では無い。

 人として正しい行為。善行であることには違い無い。だからといって、これ程大胆な行動は政治家や王族にも出来ないし、決断出来ないだろう。第一、民意が許さない。


 モーガンはレイヴンという存在を見誤っていたと気付かされ、頭が下がる思いだった。

 王家直轄冒険者という肩書きと、それに見合う絶大な力にばかり目を奪われていた自分が恥ずかしい。

 レイヴンという存在は皆が思っているよりもずっと大きくて強い。この国のみならず、この世界が変わるには、レイヴンの様な存在が必要だ。


「……分かりました。私が責任を持って届けましょう」


「頼んだ。依頼料は酒場に言付けてくれれば、俺が組合の裏口へ取りに行く」


 モーガンは何も聞かなかった。

 自分に出来るのは、この冒険者の街パラダイムを少しでもレイヴンの意に沿う街へと導く事だけだ。




 レイヴンがモーガンの元へ行っている間。

 ランスロットとミーシャは酒場へ向かって歩いていた。

 ミーシャがどうしてもレイヴンにお礼をすると言って聞かなかったのだ。


「なあ、気になったんだけどよ。ミーシャはレイヴンが怖くないのか?」


「怖い? どうしてそんな事を聞くんですか?」


「いや、ほら俺は長い付き合いだし、初めから何とも思っちゃいないけどさ。レイヴンは魔物混じりってやつだから怖くないのかな? って」


 ミーシャはランスロットの前に出ると自分の左目を指差して答えた。


「私もその魔物混じりってやつです。私のお母さんが魔物混じりなんですよ」


「あ、いや…その、すまん。気付かなかった」


「別に良いです。慣れてますから。さっきの質問…レイヴンさんの事が怖くないのかって。私はちっとも怖いだなんて思いません。それは私が魔物混じりだからだとか、お母さんが魔物混じりだからって理由じゃありません。何となくです」


「何となく?」


「ええ、何となくです」


 再びランスロットの横に並んだミーシャはゆっくりと歩きながら話を続けた。


「レイヴンさんの目。私は好きです。会ったばかりですけど、分かるんです。私、レイヴンさんはとても優しい人だと思います」


「……」


「でも、とても悲しい目だとも思いました」


「悲しい?」


「上手く言えないけど、なんだか本当は戦いたくなんか無いような……何かを押し殺している? とでも言うのかな。とにかく、そんな気がします」


 ランスロットはミーシャの話に目を丸くして驚いていた。


 会ったばかりだというのに、ミーシャはレイヴンの本質を見抜いている。

 レイヴンが強いのは只の魔物混じりだからでは無い事もあるが、何より幼い頃から戦い続けて来たからだと思っている。


 魔物混じりのレイヴンが一人で生き抜く為には戦うしか無かった。

 戦って戦って戦って。ようやく一日生き延びる事が出来る。

 傷付いても、苦しくても、飢えても、誰も手を差し伸べてはくれはしない。かと言って、人前に出れば疎まれ、騙される。


 レイヴンには強くなるしか生き延びる方法が無かった。

 誰にも文句を言わせないくらい強く。誰の手も借りなくても生きていけるくらい強く。

 戦い続ける事でしか、自分の存在意義を周りに認めさせる方法が無かった。

 王家直轄冒険者だなんて大層な肩書きも、その結果の一部にしか過ぎない。

 

 冒険者の頂点に上り詰めても、レイヴンへの中傷が止む事は無かった。

 勿論、きちんとレイヴンの事を認めてくれる奴もいたが、それはごく一部だ。

 だけど、それでもレイヴンは人間を嫌いにはならなかった。

 それはきっと、レイヴンが幼い頃に出会ったオルドという老人のおかげだと思う。

 レイヴンはその時の事を話さないけれど、きっとオルドと出会っていなかったら、今のレイヴンは居なかった筈だ。


「あはははは! 気に入ったぜミーシャ!」


「な、何ですか急に……」


「俺がレイヴンと話が出来る様に協力してやるよ!」


「え⁈ 良いんですか! チャラチャラした人だと思っていたけど、ランスロットさんって実は良い人なんですね!」


「ちゃ、チャラチャラ………」


 それから暫くは何も話さず酒場へ向かって歩いた。

 がっくりと肩を落としたランスロットと、浮かれて跳ねる様に歩くミーシャ。そして巨大な鳥…ツバメちゃんの一行は大層目立っていた。


「な、なんだ、ありゃあ?」


「さあ? どういう組み合わせだ?」


「んー、分からん。分からんが、放っておいた方が良さそうだな」


「ああ」


 酒場の看板が見えて来た頃、突然ミーシャが大声を上げた。


「あー! 思い出した! 思い出しましたよ、ランスロットさん!」


「な、何だぁ?」


「手紙ですぅ! 私、レイヴンって人に手紙を届ける為に来たんですよ!」


「レイヴンって、あのレイヴンか?」


「そうですよ! ああ、もう! 私ったら何でこんな大事な事忘れてたんだろう」


「……」


 ミーシャは大きなリュックをツバメちゃんの嘴に引っ掛け、頭を突っ込んで手紙を探し始めた。


「あ、ありましたぁ!」


「誰からだ?」


「ちょっと! 駄目ですよ! そういうのは見せちゃいけないんです!」


「何だよ。別に良いじゃねぇか。あのレイヴンに手紙を出す奴が居るなんて気になるだろ。ていうか、何でレイヴンの居場所が分かったんだ?」


「ツバメちゃんの能力ですよ。依頼主さんがレイヴンさんの匂いのする物を中央郵便局宛てに届けて嗅がせてくれたので、その匂いを追って来たんです」


「犬かよ……」


 ミーシャの説明にツバメちゃんが誇らし気に胸を張っている。


「まあ、良いや。それで、誰からだ?」


「それはですねぇ……ハッ! 何誘導してるんですか!」


「チッ! でも、気になるだろ? あのレイヴンだぜ?」


「そ、それは私も気になりますけど…」


 無表情でぶっきらぼう。朴念仁を絵に描いたようなレイヴンにわざわざ手紙を出す人物。これは興味を持つなという方が無理がある。

 二人は悪いと思いつつ、手紙の差出人の名前を確認した。


「ラ、ランスロットさん、これって……」


「……女の字だな。まさかレイヴンの? いや、それは……」


 手紙を太陽の光に透かして中身を確認しようと試行錯誤を繰り返す。

 もう少し! そう思った時、二人は背後から声を掛けられて固まった。


「何をしている」


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