頼る事。信頼する事。
レイヴンは急に誰かと話し始めたと思ったら、立ったまま遠くを見つめたきり動かなくなってしまった。
いくら呼び掛けても反応しない。レイヴンがこんな風に無防備になってしまうだなんて信じられない事だ。
「レイヴン!おい!聞こえてたら返事しやがれ!」
「レイヴン!レイヴンったら返事してよ!」
「駄目。全然反応しない……」
レイヴンの肩を揺するランスロットをゲイルが止める。
「もう少し様子を見てはどうだ?もしかしたらさっきのレイナとかいう女と何か関係があるやもしれん」
「何を呑気な事言ってやがる。レイヴンがこれだけ無防備な状態になってるだけで充分異常事態なんだ」
「でも、私達が傍にいるからだとしたら……ちょっと嬉しい」
「クレアまで勘弁しろよ……」
「僕も僕も!」
「お前もかよ……分かったよ。少し様子を見よう。それで駄目ならぶん殴って正気に戻すからな」
ランスロット達がレイヴンを呼んでいた最中、レイヴンは頭の中に響く声の主の姿を幻視していた。
人の形をした紫色の光は何度も繰り返し北へは行くなと言う。そしてもう一つ、同じく人の形をした黒い光はレイヴンの好きにしろと言う。
初めて見る不思議な現象。けれど悪意は感じない。
(誰だか知らないが指図される覚えは無い。それに北へ行くのはサラ達の為だ)
『なら、その人達を連れてこの国から去って。この国はもう滅ぶ運命にある。貴方達が関わる事は無い。それに魔物混じりではーーー』
(余計なお世話だ。予想は付いている。……いや、待てよ?紫色……そうか、そういう事か)
レイナが紫色の魔力を纏っていたと聞かされていたのを思い出した。
であれば、話の内容からしてもこの光の人物はレイナで間違い無い。しかし、黒色の光には全く心当たりが無い。
黒い人影はレイナが喋っている間、腕を組むような素振りを見せたり退屈そうに座ったりと随分自由に振る舞っていた。
(助けて貰った事には感謝する。だが、やはり余計なお世話だ)
『だけど今度は……!』
黒い人影はレイヴンとレイナの間に入ると両手を広げて言った。
『レイヴンの好きにしなさい。全ては心のままに。そうでしょう?』
『何を言ってるの⁈ この世界に招き入れてくれた事には感謝するけれど、これは命に関わる事なのよ⁈ 』
『レイヴンの好きにさせなさい。悪い事にはならないわ』
『だけど!』
『私とレイヴンに任せておきなさいって』
(俺一人で問題無い。……話は終わりだ。二人共出て行け)
『連れないわね』
(……)
心臓の鼓動と共にレイヴンの意識が浮上する。
魔剣に纏うのは紫色の魔力。
「レ、 レイヴン⁈ 」
レイヴンの瞳に光が戻ると同時に魔剣から強烈な魔力の波動が噴き上がった。
「皆、離れろ!」
レイヴンから噴き上がる異質な魔力の反応にランスロット達は一斉に飛び退く。
先程現れたレイナとかいう女が纏っていた物と同じ力。もしもレイヴンがあの力に飲み込まれていたらと思うと気が気では無い。
「なんだか凄く嫌な予感がするんだけど……」
「あんまそういう事言うなよ!」
そんなランスロット達の心配を他所にレイヴンはいつもの口調で告げた。
「少し離れていろ。魔力を入れ直す」
「は?入れ直す?」
心臓の鼓動が一際大きく響いた後、 レイヴンは北へ向かって剣を振り抜き紫色の魔力を放出した。
紫色の閃光が白く染まった大地を塗り替える様にして迸り、またも群がって来ていた魔物の群れを蹂躙していく。
「なっ……!!!」
魔物の悲鳴が聞こえる間も無い圧倒的な力がもたらす蹂躙劇に一同は声を失っていた。
めくれ上がり吹き飛ばされた氷の下から
「ふう……これですっきりしたな」
レイヴンは何食わない顔で魔剣に自分の魔力を注ぎ込んで鞘に納めた。
魔物を倒した事よりも煩わしさから解放されたといった様子にも見える。
「……すっきりってお前なぁ」
「相変わらず出鱈目な力だ……」
「レイヴン、さっきのは?」
心配そうな顔をするクレアの頭を撫でて落ち着かせてやったレイヴンは、何が起こっていたのか説明する事にした。
ただし、レイナと一緒に現れた黒い光については、余計な心配をさせるだけだと思い何も喋らない事に決めた。『私とレイヴンに任せておきなさい』という言葉が引っかかる。
「レイナが魔力と共に自分の意識を魔剣に込めていたらしい。北に行くなと言って来たので魔力を全て使って追い出した」
「追い出したって……」
「何かあると思ってはいたけど、レイヴンに伝えたい事があったからなんだね」
「無茶な事を考え付くものだ。だが、今のでかなりの魔物を駆逐出来た。当面は魔物の心配が必要無くなったな」
普通であればこれだけの魔物がもう一度瘴気から湧いて来るのに時間がかかる。
けれど、この地は魔物を呼び寄せている。普通と同じに考える訳にはいかないだろう。
「魔物はまだいる。増え続けていると言った方が良いか」
「それって、各地の魔物が北に向かって集まっているってやつ?」
「そうだ。今倒した魔物はこの地に元からいる奴等だ。まだ俺達がよく知る魔物とは一度も遭遇していない」
「何の為に集まって来てるのかな?」
「さあな。碌でもない事なのは確かだ。王都まで行って原因を探ってみる必要がある」
カイトは言った。王都へ行き、国を変えると。
あれは嘘では無いというだけで、国を変える方法や手段については何も触れていない。
であれば、魔物を操って王都を襲う可能性すらある。
レイヴンの予想では王都は既に機能していない。この国は変えるまでもなく滅んでいる。自分達が関わる様な事で無いのは百も承知。それでもまだ生き残っている人々がいるのなら見捨てる事など出来ないのだ。
「お前達は先に中央へ戻れ。この件が片付いたら約束通りクレアとルナを迎えに行く」
「待てよレイヴン。お前、ひょっとして俺達の事舐めてやしねえか?」
「そんな事は無い。皆の力はよく分かっている。だが、関係の無いお前達を巻き込む訳には……」
これはレイヴンがサラから受けた依頼だ。
迎えに来てくれた事を嬉しく思う反面、皆を巻き込むのは駄目だと考えていた。
「違うよレイヴン。私達は巻き込まれたんじゃない。レイヴンの力になりたいの。いっぱい勉強もしたよ?リヴェリアお姉ちゃん達と訓練して少しは強くなったもん!」
「僕だって頑張ったもん!クレアに負けないくらい頑張ったもん!」
「いや、しかし……」
「ったく、分かんねえかなあ。良いか?一人で出来ちまうからって、全部一人でやろうとするなよな。もっと仲間を頼れ。お前の背中くらい俺達が守ってやっからよ」
(仲間……)
「どんなに桁違いの力があろうとも、一人で出来る事には限界がある。クレアとルナはお前の背中を追いかけてここまで来たのだ。そのくらいの事は今のお前であれば分かっているのだろう?なら、その気持ちを汲んでやるべきではないか?」
「ゲイルの言う通りだぜ?ここまで言わせておいて、迷惑だとかくだらねえ事ぬかしやがったら承知しねぇからな」
ランスロット達を仲間だと認識してからもレイヴンの生き方は変わらなかった。
確かに一般的な常識や考え方には疎い。けれど、冒険者として生きて行くなら大抵の事は一人でもどうにかなった。衣食住に必要な物も稼ぎがあれば困る事も無い。
それに正直頼れと言われても、何をどうすれば良いのか分からない。
「分かった。だが……その、なんだ……頼る。とはどうすれば良い?」
「へ……?」
「こういう場合、どうやって頼れば良いんだと聞いている。対価には何を払えば良い?」
レイヴンは本気だった。
無愛想な顔がいっそう固くなっているのだから間違い無い。
一方のランスロット達は信じられないといった風に口をポカンと開けていた。
レイヴンが周りとあまり関わらずに生きて来たのは知っているが、まさかここまでとは思いも寄らなかった。
「いやいやいや!そこからかよ⁈ 」
「これは聞いていたよりも重傷だな」
「リヴェリアとかマクスヴェルトにはよく頼み事してるじゃねえか。クレアとルナの事とか、前にお前が暴走した時だって俺達が協力した事もあったし、他にもいろいろあるだろ?」
「いや、あれは……」
レイヴンにとってリヴェリアとマクスヴェルトの二人は特別だ。どちらもレイヴンと同等か、それ以上の強大な力を有している為、守らなくて良い存在として認識している。
故に頼みごとというよりは、対等な取り引き相手として話をすることが多い。
サラに譲ってやった袋もそうだ。北の調査を行う代わりに提供してもらった物に過ぎない。
「えっと、料理の注文……とか?」
「クレアは黙ってなさい」
「あぃ……」
「とにかく、あん時みたいな感じで良いんだって!もっと気楽に考えろよ」
「気楽に……」
「レイヴン。何か勘違いしている様なので言わせてもらうが、仕事仲間と本当の意味での仲間は似ているようで少し違う。私もそれほど人付き合いが得意ではなかったが、信頼のおける仲間に対しては立場や実力に関わらず常に対等に接していた。軍人も平民も貴族も魔物混じりも関係ない。信頼関係とは互いに手を伸ばし、取り合わねば決して得られる物では無い。そしてそれは金や物といった物では無い。謂わば心と心のやり取り。報酬や対価など考えるまでも無い事だ」
「何だよゲイル。レイヴンの事となると本当によく喋るな」
「私はレイヴンに返し切れないほどの恩があるからな。レイヴンには必要無いと言われもしたが、それではやはり私の気が治らない。私は私なりに考えての事をしているまでだ」
感情や心を理解しつつあるレイヴンにはゲイルの言葉がとても新鮮に聞こえていた。
仲間とは互いに一つの目的に対して利害が一致している事だと本気で思っていたからだ。だが、言われてみれば確かにゲイルの言う通りだと思えた。
対等な取り引きが出来る相手を、その者が持つ力でしか測っていなかった。
自分より弱い者は皆守らねばならないなどという事は正義感でも善意でも無い。
単なる傲慢に過ぎないのだ。自分勝手な考えを押し付けているのと何ら変わらない。
これではランスロットに舐めているのかと問われても仕方ない。
(守るではなく、対等の存在としてか……なるほど、俺はいつの間にか思い上がっていたのか)
「一言、一緒に行こうって言うだけだろ?」
レイヴンは皆を見渡して息を吸い込む。
(本当の意味での仲間……)
「分かった。一緒に来てくれ。終わったら皆で飯でも食べよう」
「「ミートボールパスタが良い!!!」」
「そうだな。そうしよう」
「好物まで一緒かよ……」
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「良い餌になると思ったのに逃げられてしまったね……」
カイトは深い深い穴の中、地底の底で巨大な物体に向かって話しかけていた。
「分かってるよ。あの女の呪いは生半可な力じゃ解けない。もっともっと魔力を集めないと……。俺の力じゃ君を元に戻せないんだ。大丈夫……君を必ず救ってみせるよ」
物言わぬ巨大な物体を優しく撫でたカイトは頬を寄せて眠りについた。
Twitterと活動報告でもお伝えしました通り、27日の投稿はお休みとさせて頂きます。
また29日、30日は第一部第二章からの改稿作業の続きを行います。投稿の方もお休みさせて頂く事になります。(もしかしたら一話くらい投稿出来るかも?)
宜しくお願い致します。