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大臣と使者からの手紙

 分厚い氷で閉ざされた城の一室。

 ニブルヘイムに仕える家臣達が集まって終わらない議論に明け暮れていた。

 理由は一つ。

 ニブルヘイムを滅亡へと導く“明けない夜” を解く為だ。


 ニブルヘイム王都が氷の世界となったのは先代の王が即位した時だ。それでもまだ暮らせない程では無かった。日中に降り注ぐ太陽の暖かな光は氷を一定の厚さに保ち、改良された僅かな品種の食物は氷の大地でも育てる事が出来ていた。

 しかし、長く明けない夜によって太陽の光を失い、ニブルヘイムは作物はおろか草木も生えない不毛の地と成り果てたのだ。


「まだお目覚めにならないか……」


「何の反応も無い。各地から呼び集めた魔法使いも魔術師も皆、取り込まれてしまった。誰も部屋から出て来ぬ」


「一体いつまで続くのだ……せめて太陽の陽が差しさえすれば良いんだが」


 室内に満ちる重苦しい空気に苛立つ大臣達であったが、それが自分達が招いた事態である事も重々理解していた。


 姫が夜をもたらした理由が、母親である女王の圧政を止める為であったと分かっているからだ。

 しかし、それでも女王の支配は先代国王に比べればマシだと思えるくらいには国民の心を掌握していた。

 終わる事の無い冬にさえ目を瞑れば、飢える事無く生活出来ていたし、それが本来あるべき人の生活では無かったとしても、その怠惰な生活はあまりにも心地良すぎた。


「食料はあとどのくらい保つ?」


「何とか食い詰めても半年。城下の民の不満は増すばかりだ。飢えの前に凍え死ぬ者も出始めておる」


「ああ……我等が役目を果たしていれば……」


「何と不甲斐ないことか……」


 姫により女王が倒され、洗脳にも近い快楽から解き放たれた時。緑豊かな自然に囲まれて暮らしていた頃の記憶が蘇った。

 それと同時に大臣達を襲ったのは罪悪感だ。

 女王を諌め、かつての豊かな自然を取り戻す為に尽力すべき立場の自分達が、働かなくても食料を得られるという誘惑に惑わされた挙句に受け入れてしまった。


「姫はたったお一人でこのニブルヘイムを元に戻そうとなさった。じゃが、女王の力は大き過ぎた……」


「今更それを言ってどうなる。我等に出来る事は姫をお救いし、ニブルヘイムをもう一度かつての姿に戻す事だ」


「だが、考えつく限りの手は尽くした。女王が死の間際に姫にかけた呪いを解く方法は無いのだぞ」


「いや、もしかしたらまだ手は残されているやもしれん。間者の報告によれば南の街へ逃れたカイトとその一味が何者かの手によって壊滅的な被害を受けたらしいのだ」


「まさか⁈ あの者は魔を操る。それを街から追い払うなど容易な事では無いぞ!」


「よもや西の帝国が動いたのでは……」


「ありえん!奴等では西の山脈は越えられまい!」


「なら、東か?それもあり得ぬ事だ。帝国以上にな」


「カイトか。あの者に潜む魔は危険だ」


 カイトは元々は姫の従者だった男だ。

 平民の産まれながら王都で一番の秀才であったカイトは、無謀にも王城へ上がる事を志願した。

 王城での仕事は貴族に連なる者を筆頭に、家柄と身元の確かな者しか許されてはいなかった。

 勿論、周囲の人間は夢物語だと言ってカイトを嘲笑った。だが、カイトは自身の才覚と運によって王城へ仕える事となる。


 その頃の王城と言えば、新しい女王による改革の真っ最中。猫の手も借りたい有様であった。

 そこへ名乗り出たカイトに目を付けたのが姫の教育係であった大臣の一人。

 後に姫の手によって女王と共に葬られた男である。


 カイトは家柄こそ平民の出ではあったものの、その知識は家柄だけで仕えていた他の貴族の次男や三男に比べて突出しており、そして何より天性の人望があった。

 順調に王城内での地位を築いていくカイトを快く思わない者が現れ始めたのは、家柄を重んじる貴族達の多い王城では自然な流れだった。

 しかし、その事を知った大臣はしめたとばかりに、カイトを姫の教育係へ無理矢理押し上げた。

 この事によりカイトに不満を漏らす者を表面上抑え込む事に成功し、他の大臣によるカイトの評価が高まるにつれて召し上げた大臣の地位も盤石なものとなっていった。

 全ては大臣の思惑通りに進み、自らは女王の側近としての地位を独占する事に邁進したのである。

 そう、その大臣こそが女王の圧制を加速させた張本人だ。

 そしてあの日、カイトは裏切った。魔物を従えて多くの同胞を殺害し、子供達と食料を奪って逃げたのだ。


「優秀な男だった。魔にさえ取り憑かれておらねばニブルヘイムを支える力となっていたであろうに」


「ええい!あんな裏切り者の話などどうでもよいわ!それよりも、魔物を倒した者を探し出す方が先であろう!」


「しかし、我等が迂闊に手を出せば人質となっている子供達の命が危うい」


「誰か都合の良い人材はいないものか……」


 疲弊しきったニブルヘイムでは王都の守備だけで手一杯。

 兵士達に魔物を倒す力は無く、高い城壁と分厚い氷を利用した天然の守りだけが防衛の要だ。いざ本格的に魔物の群れに襲撃されでもしたら、いつまで保つか分からないのが実状である。


 コンコン。


 静まり返った部屋にドアをノックする音が響く。


「何用か?今は取り込み中だ」


「そ、それが中央大陸から来たと話す者が責任者に手紙を持って来たと……」


 兵士の言葉に大臣達は耳を疑う。

 外界において中央大陸は失われた地。地図にすら描かれていない未踏の地だ。

 その中央大陸から使者が来たなど信じられない。


「馬鹿馬鹿しい!我等は今、そのような妄言に付き合っている暇は無い!追い返せ!」


「何という事だ……民の疲弊はここまで深刻なのか」


「まあ待て。因みにどんな奴だ?」


「何故聞く必要がある?時間の無駄だ」


「いや、責任者宛の手紙だと言った。使者を名のる者が我が国の国民であれば、そのような言い方はせんだろう。こちらの事情を知っている。そう言われているとは思わないか?」


「……内情に詳しい城内の者である可能性は?」


「それは無い。城に残っているのは真にこの国の行く末を案じる者だけ。二心ある輩はとおに逃げ出している」


「……良いだろう。使者をこの部屋へ通せ」


「ハッ!」


 兵士が部屋を出た後、室内はため息で埋め尽くされた。

 中央大陸からの使者などという根も葉もない情報に縋らざるを得ない状況など、強国と言われた頃のニブルヘイムではあり得なかった。


「本当に中央大陸からの使者であったとして、一体何の用だ?この国の状況を理解しているのなら関わっても何の利益にもならない事くらい承知の筈だろう?」


「そもそも中央大陸に国があるのか?過去の文献によれば超常の力を持った竜王とやらが国を治めているとあった。他にも同じく超常の力を持った賢者と魔人がいるともな。しかし、それから数百年の間、中央大陸に関する情報は何も得られておらん」


「いやいや、それすら眉唾物であろう。その文献とやらが妄想、空想の類いである可能性もある。いくら国庫に保管されている資料でも信憑性に欠けるのではないか?」


「口を慎め。国庫の資料及び文献は先先代国王陛下が遺された物だ。その内容は十二分に精査された物である事は間違いない」


 コンコン。


「使者殿をお連れしました」


 大臣達は身なりを整え使者を迎える準備をする。

 例え妄言であったとしても一国の大臣として迎えるべきとの結論に至ったのだ。


「失礼します」


 入って来たのは黒髪の美しい女。護衛だろうか?背後には少年の様な男とガタイのよい大男が立っていた。


「突然の訪問にも関わらず面会の機会を頂けました事、非礼をお詫びしますと同時に、先ずは御礼申し上げます」


「ほう……」


 大臣の中から思わず感嘆の声が漏れる。

 女の振舞いは完璧な使者の礼とは言い難い。しかし、少なくとも飢えた民のものでは無い。

 大臣達の中にあった妄言だという考えは最早消え失せていた。


「早速で申し訳ないが、其方らは中央大陸からの使者だと聞いた。それは真か?」


「はい。我らは主の命を受け、北の大国ニブルヘイムとの同盟を結ぶ為の使者として参りました」


「同盟じゃと?」


 大臣達は僅かに動揺した顔を見せはしたが、すぐに元の厳しい表情に戻っていた。

 交渉において何が重要であるかは心得ている。けれども、内心では同盟を持ち掛けて来た使者に対して最大級の警戒心を抱いていた。


「はい。ですが……いきなり同盟と言われても此方の話を信じられないと思います。ですので、失礼ながら同盟をお願いするにあたって、手紙と共に提案書を持参させて頂きました」


 提案書という言葉に流石の大臣達も怒りの表情を浮かべた。

 一国の王が相手では無いにしても、その大臣を預かる者に対して一介の使者が提案書を持ち出すなど礼を失しているどころの話ではない。

 だが、代表して交渉をしていた大臣は他の大臣を手を上げて制した。


「提案書?失礼だが、どなたからかな?」


「はい。我等が主、竜王陛下からで御座います」


「なんと……⁉︎ 」


「竜王⁈ 実在していたのか⁉︎ 」


 ゴホンッ!


「……失礼した。それで、その手紙の中身だがーーーー」


「手紙の内容に関しまして、私共は一切聞かされておりません。ただ、お互いに利益になる物とだけ。それと、我が主より返事は全てが解決した後で構わないと言付かっております」


「「「……ッ!!!」」」


 大臣達の表情がまた変化したのを見た女は薄い笑みを浮かべていた。

 手紙の中身を知らないのは本当だ。けれど、大臣達の反応を見れば交渉が上手くいくと確信が持てた。


「……分かりました。では、手紙の内容をあらためさせて頂きたい。その間、使者殿には別の部屋でお待ち願うとしよう」


「それには及びません。直ぐに戻って来る様に言われておりますので、私共はこれにて失礼させて頂きます」


 使者の言いようは礼節を脇まえない物だ。しかし、今のニブルヘイムにはこれ以上他国との厄介事を抱える余裕は無い。

 どうにか怒りを堪えた大臣は言葉を続けた。


「……それは残念。何ももてなしが出来ませんでしたな」


「お気になさらずに……では、失礼致します」


 使者は深くお辞儀をして部屋を出た。



 残された大臣達はというと、怒るどころか全員顔面蒼白となっていた。

 使者は多くを語らなかった。しかし、確実にニブルヘイムの現状を知っている。そう思わせる雰囲気が言葉の節々にあった。

 それにあの使者を名乗る三人は相当な手練れだ。纏う雰囲気が普通の人間の領域に無い事を否応無しに分からせた。


「中央大陸に竜王……あの文献は本当だったのだな」


「結論を出すのはまだ早い。その手紙に書かれた提案とやらを見てみぬ事には始まるまい」


「左様。中央大陸と竜王の名を語った帝国の策略やもしれん」


「どうだろうか。帝国はまだ我等の現状には気付いておるまいよ」


「とにかく見てみよう。話はそれからだ」


 最初に手紙を開封した大臣は手紙を読み進める内に目を見開き手を震わせた。

 額からは大量の汗が流れ、口は言葉を発する事も出来ずに乱れた呼吸によって渇いていった。


「何だ?何が書かれていたのだ⁈ 」


「し、知っている。竜王は何もかも……知っている」


「どういう事だ!それでは分からんではないか!手紙を寄越せ!」


 手紙を見た他の大臣達は言葉を失った。


 手紙にはニブルヘイムの状況と次期国王選定への言及が記されていた。

 それは明らかな内政干渉。

 他国の王とは言え許されない事だ。

 しかし、竜王が寄越した手紙からはニブルヘイムを救おうとする意志が随所に読み取れる。


 そして最後の一文にこうあった。



『長い夜はじきに明ける。再び太陽が昇る日は近いだろう』



「まさか、既に手を打ってあるというのか⁈ 」


「もしや、南の街の魔物を一掃したのも……」


「分からぬ。だが、此処で議論をしている暇は無くなった」


「竜王……信用に足る人物かはまだ分からぬ。しかし、このまま手をこまねいておっても食料はあと半年しか保たない。ここは竜王の提案に乗るしかあるまいよ」


 大臣達に否は無い。

 この機を逃せば本当に国が滅びてしまう。


「直ぐに防衛策を練り直すのだ!食料備蓄の再分配と兵の再編成を急がせろ!」


 大臣達は息の詰まる部屋を飛び出して自分の担当する各省へと向かって行った。

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