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レイヴンを呼ぶ声

 

 相変わらずの無愛想な顔がそこにあった。


「どうしてお前達が此処にいる?それに俺の魔剣も……」


 レイヴンはいつもと変わらない様子でランスロット達の前に現れた。

 ランスロット達がつい今し方まで強敵と相対していた事など知らない様子だ。


 クレアとルナは理由を聞く前にいの一番でレイヴンに抱きつき、それぞれに思いの丈をぶつけていた。


「レイヴン!やっと会えた!良かった!無事だった……」


「何してたのさ!行方不明って聞いて心配したんだよ⁈ 」


(……行方不明?)


「北の大陸に向かうと言っておいた筈だが?」


「そうなんだけどよ」


「それは我々から説明しよう」


 状況の飲み込めないレイヴンにランスロットとゲイルの二人はこれ迄の経緯を説明した。

 勿論リヴェリアから聞かされた話は伏せてある。

 こんな場所に魔剣が放置されていた理由も気になるところであった。



「ーーーという訳なんだ」


「成る程。状況は理解した。それでわざわざ探しに来たのか」


 連絡がつかない程度で大袈裟な事だ。

 そう言いかけたレイヴンはグッと言葉を飲み込んだ。

 事情はどうあれわざわざ自分を探しに来てくれたクレアとルナに言うべきでは無いと思ったからだ。


「ルナのおかげで魔剣の反応を辿る事が出来たんだけどよ、見つけたと思ったら変な女に遭遇して大変だったんだぜ?」


「魔剣に用があった様だが特に何をするわけでも無く立ち去ったのだ。まさかとは思うが……あれはレイヴンの知り合いか?」


「女?黒髪で肌が異様に白い女か?」


「知ってるのか⁈ 」


「「むぅっ!」」


(……?)


 クレアとルナの冷たい視線を受け流しながら女の特徴を詳しく聞いた限り、レイヴンが遭遇したレイナという名の女と同一人物に間違い無い事が判明した。

 魔剣に魔力を充填したのではないかというルナの話は興味深い。


「彼女の名前はレイナ。詳しくは知らないがおそらく敵では無い」


「何でそんな事が分かるの?」


「この国は少々厄介な事になっていてな。その事に関与していると思われる男に会った時に助けられた。と言っても意図は全く分かっていないがな」


「助けられた?お前が?」


 カイトの言葉には不思議な力があった。それは魔法でも魔術でも無い。

 例えばトラヴィスの持つ魔眼がそれに近いだろう。

 相手の精神に潜り込み認識を歪める。

 カイトの場合は認識の誘導とでもいう代物だ。


 あの手の小細工は原理さえ分かってしまえば対策は取れる。しかし、あの場ではどうしようもなかったのだ。そんな時、違和感に気付かせてくれたのがレイナだった。

 理屈は皆目見当がつかないが、カイトの持つ力を中和し阻害する力を持っているのは間違い無い。

 レイナがいた部屋から漂ってくる魔力が自分の元へ届いてから、意識がはっきりとしていく確かな感覚があった。

 それともう一つ、カイトの言葉からは危機に瀕している、或いは何かを決意した者の焦りというか、独特な響きが何も感じられなかった。

 感情を剥き出しにして言葉を発していても、逆に違和感が強まるだけで演技をしているのだろうと直ぐに気付けたのだ。


(リヴェリア風に言うなら、“特別な煌きを感じなかった” といったところか)


「そうだ。それと、この地の魔物は姿こそ環境に適応した種が多いが、基本的には中央の魔物と強さは大差無い。ただ……」


「ん?やっぱ何かあるのか?」


(どうしたものか……)


 レイヴンは少し言うのを躊躇った後、クレアとルナを見て観察していた。

 まだ約束の一年は経っていない。けれど、このメンバーを選んだのはリヴェリアだと言う。

 リヴェリアはクレアを預けた意図を理解している。であれば、ここへ寄越したという事は問題無いと判断した故の事だろう。


「奴等は魔物を操る術を持っている。兵士とも一戦交えた。魔物に跨って馬の代わりをさせていた」


「はあ⁈ それ本気で言ってるのか⁈ 」


「ああ。通常の戦闘とは勝手が違う。クレアとルナには……」


 人間が相手の戦闘は気を使う。魔物を倒してお終いという訳にはいかない。

 自分達は人殺しでは無いし、ましてや兵士でも無い。あくまでも冒険者だ。

 国がどうなろうと本来は何の関係も無い。レイヴンが勝手にやっているだけなのだ。


「やだ!私もレイヴンと行く!まだ一年経ってないけど、私凄く頑張ったもん!もう置いて行かれるのは嫌!」


 クレアはレイヴンをキツく抱きしめて離れようとはしなかった。

 余程寂しかったのだろう。クレアの小さな体は震えていた。


(クレア……)


 クレアが頑張っていた事は、レイヴンがいない間よく面倒を見てくれたユキノとフィオナから聞いて知っている。

 今ではSランク以上の実力がある事もだ。

 連れて行きたいのは山々だが、今回はいつもと事情が違い過ぎる。


「僕も一緒に行く!クレアだけなんてズルい!そんなの許さないからね!」


「お前もか……」


 二人に泣きつかれては流石のレイヴンも駄目だとは言い辛い。

 そうは言っても人間相手の戦闘など好き好んでするようなものでは無いのだ。


「お前達が頑張っていたのは知ってる。しかし……」


「連れて行ってやれよ。人間相手ならレイヴンよりも俺達の方が打ってつけだと思うぜ?」


 ランスロットの言う事は正しいとレイヴンも思う。

 けれど、ランスロット達をこの件に関わらせて良いものか思案していた。


「だが……」


「私も賛成だ。本来であれば冒険者の領分を逸脱した行動だ。しかし、人間と魔物。どちらと戦うにせよ、良い経験になる。外界は広い。帝国には魔物を操る術は無いが、今後も無いとは限らない。私なら強大な力を持つ魔物を取り込む方法があるのなら真っ先に手に入れるだろう。それに、帝国にはトラヴィスがいる。奴は北と南の調査も行っていた。遅かれ早かれ気付く筈だ。そうなる前に私も経験しておきたい」


(トラヴィス……そうか、だから実験だと言っていたのか……)


 トラヴィスはあの時レイヴンに言った。


『少々実験に付き合って頂きます。私の玩具がどれだけ役に立つのか知りたいのです』


 それから奴は魔物を大群を差し向けて来た。この地にある魔物を操る術をトラヴィスが既に手にしているのは間違いない。

 実験だと言っていたのもどの程度操れるか試したといったところだろう。


「その事だが、トラヴィスは既に魔物を操る術を手にしているだろう。ゲイルが殺された後の話だが……俺は一度、奴が差し向けた魔物の大群と戦っている」


「何だと⁈ 」


 ゲイルは狼狽し、信じられないといった面持ちで目を見開いた。


 自分の知らない内にトラヴィスによる帝国の掌握は着々と進んでいたのだから無理もない。


「少しだけ見えて来たな。トラヴィスには魔眼がある。魔物を完全に操るのも遠くないだろう。安心しろ。今度は俺が手を貸す約束だ」


「あ、ああ……」


「ちょっと!僕達を連れて行ってくれるんでしょう⁈ どうなの!駄目って言ってもついて行くけどね!」


 痺れを切らしたルナがレイヴンの腕を引いて話の続きを催促して来た。


「……分かった。なにやら順番が逆になってしまったが、お前達と一緒に行こう。ただし、今回の件が終わってからだ」


「ええーーー!何で⁈ 一緒に解決すれば良いじゃん!」


「レイヴン……」


 不安そうな目を向ける二人に離れる様に促したレイヴンは、地面に突き立てられた魔剣を引き抜いた。


「どうにも俺は奴等に目を付けられているらしくてな。北を目指す前に魔剣を探しに来たんだ」


「どういう事だ?」


 魔剣は小気味良い心臓の音を立てて主の帰還を受け入れた。赤い魔力が激しく音を立て白い雪を赤く染め上げる。


「こういう事だ」


 魔剣の力を一気に解放したレイヴンは、何も無い氷の大地に向かって剣を振り抜いた。

 赤く迸る魔力の衝撃が見えない何かを切り裂いて彼方へと消えて行くまで、ランスロット達には何が起きたのか分からなかった。


「こいつは……⁈ マジかよ……」


「何も感じなかったのにどうして?」


 驚愕する一同の目の前には、夥しい数の魔物の死体が赤い鮮血を撒き散らして転がっていた。

 魔物の気配は何も感じ取れなかった。

 レイヴンがいなかったらと思うとゾッとする。


「まさか、この地の魔物は気配を完全に消せるのか?」


「この地に生息している魔物全てでは無い。あくまで一部の魔物だけだ。環境に適応した個体は通常の魔物と比べて見つけるのが難しい。精々がAランク。強さは大したことは無いんだが、これがなかなか厄介でな。俺もこの距離まで気付かなかった」


「おいおい……厄介どころの話じゃねぇぞ!気配が察知出来ないんじゃあ、どうしようもねぇ」


 ランスロット達と魔物との距離は驚くほどに近く、大人が二人両手を広げた程度でしかない。もしも飛び掛かられていたら、喉元を食い千切られるまで魔物の存在には気付かなかっただろう。


 レイヴンは鞘を拾って剣を納めながら皆の反応を伺っていた。

 クレアとルナはともかく、ランスロットとゲイルまで魔物の接近に気付けなかったのは痛い。これでは連れて行こうにも、北の果てにある王都へ辿り着く前に怪我人が出てしまう。



 ーーーードクン。


(何だ⁈ )


 魔剣に埋め込まれたルナの心臓がレイヴンの意思に反して鼓動を始めた。

 その音は体の中に響く様にして次第に大きくなっている。


 ーーーーレイヴン、聞こえますか?


「お前は誰だ?」


「どうしたレイヴン?」


 ランスロット達には聞こえていないらしい。


 ーーーーレイヴン、これ以上北へ行っては駄目。


「お前は誰だと聞いている!」


「な、何だ??」


 レイヴンにはクレア達の声が聞こえなくなっていた。


 体の中から響く様な声。

 聞き覚えの無い声だ。


「どうしたのレイヴン?レイヴン!レイヴンったら!」


 立ち尽くしたレイヴンを呼ぶ声が氷の大地に虚しく響いていた。

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