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レイヴンの魔剣

 

 どのくらいの時間歩き続けただろうか。

 ラスロット達はルナを先導役にしてレイヴンの魔剣『魔神喰い』の反応を追って氷の大地を進んでいた。

 凍てつく冷たい空気は否応無しに体力を奪って行き、指先から爪先までの感覚をも麻痺させていた。

 防寒用の装備があったところでこの寒さはやはり尋常では無い。せめて風を凌げる場所でもあれば良いのだが、辺りを見回してもそんな物は見当たらない。

 レイヴンが一体どうしてこんな場所へ来たのか全く理解出来ないでいた。


「なあルナ。レイヴンまであとどれくらいだ?」


「もう直ぐだよ。何?バテたの?」


 ランスロットがいくら強くても普通の人間である事は変わらない。

 正直言って、草木どころか魔物の姿すら無い過酷な環境はかなり厳しい。


「いや、まだ大丈夫だけどな。と言うか、そろそろ街の一つくらいあっても良さそうなもんだと思ってな。このままじゃあ肝心な時に動けなくなっちまう」


「確かにね。う〜ん、僕達もまだ平気だけど、ずっとこのままだと流石に不味いかも」


「レイヴン見つけたらさっさと街でも村でもどっちでも良いから見つけて宿探ししようぜ」


 地図に書かれているのは大きな街だけ。大抵の場合であれば小さな集落がその付近にある筈なのだ。

 念の為にいくらかの食料を持って来ていると言っても、吹雪の中では体を休める事も調理も難しい。


「ゲイルさん、レイヴンは何でこんな所に来たのかな?」


「レイヴンは過去の記憶を失っていると聞いた。それを思い出すきっかけを探してではないのか?リヴェリアの説明で確かそんな事を言っていた」


「どうかな。レイヴンは中央大陸から出た事が無い筈だもん。と言っても、僕もレイヴンと初めて会った時の記憶ってぼやけててよく覚えて無いから、もしかしたら産まれは外界なのかもしれないね。記憶は無くてもその事を薄々感じているのかも……」


「過去の記憶ねえ……」


 レイヴンが外界に出てまで旅を続ける理由としては分からなくも無い。しかし、レイヴンが今更そんな事を気にするだろうか?

 ランスロットから見た最近のレイヴンは皆が言う様に変わったとは思う。けれども、本質的には何も変わっていないと思っていた。過去がどうのと言う奴では無い。他の理由がある様な気がするのだ。


「あそこ!今何か光った!」


 吹雪で視界が悪いものの、よく見てみると確かに光る物が見える。

 微かに感じる魔力もレイヴンの物で間違い無い。

 しかし、レイヴンの纏う赤い魔力とは違う色だ。不定期に変化して点滅を繰り返している。


 走り出したクレアを追ってランスロット達も走り出した。

 氷の大地のど真ん中で一体何をしているのだろう。そんな問いの答えももう直ぐ分かる。


「誰⁈ 」


 先に到着したクレアが間髪入れずに剣を抜いた。

 それは直感。普通では無い何かを敏感に感じ取っての事だ。


「こいつは……」


 目の前には異様な空気を纏った黒髪の女が立っていた。

 地面に着きそうに長く伸びた髪、白い肌、吹雪の中だというのに薄手のワンピース。しかも裸足だ。


「下がれクレア!私の後ろにいろ!」


「う、うん……」


 戦闘能力では既にゲイルをも上回るクレアではあるが、レイヴンとの約束を果たすまでは傷一つ付けさせる訳にはいかないのだ。


 女の足元には弱々しい魔力を放ち続けるレイヴンの魔剣が氷の大地に横たわっていた。


「君は誰?レイヴンの知り合い……って感じじゃないよね」


「……」


 光を放っていたのは間違いなくレイヴンの魔剣。なのに肝心の持ち主の姿が見当たらない。



 女は虚ろな目をしたまま魔剣を見下ろしていた。


 漂う気配は魔物でも人間でもない何か。

 ランスロット達の理解の範疇を超えた存在。


「その剣の持ち主はレイヴン!私達はレイヴンを探しているの!知っていたら教えてください!」


 クレアの必死の問いかけに僅かに顔を上げた女はゆっくりと白い手を北に向かって伸ばした。異様に白い肌は吹雪の中でも何故かはっきりと見ることが出来た。


「もしかして北にいるって言ってるのか?」


「かもね。けど、この女の人はどこかおかしいよ」


「つっても、どうするよ?会話にならないんじゃあな」


「僕に考えがあるよ」


 ルナは目の前の女を拘束すべく魔法を発動させた。


「なっ……⁈ 」


 魔法は間違いなく発動し、動きを拘束する為の魔法陣は確かに女の足元に展開された。けれど、魔法は効果を発揮する事無く途中で打ち消されてしまったのだ。


「僕の魔法が消された⁈ 」


 ルナの魔法が失敗したのを見たランスロットとゲイルは素早く剣を構えて迎撃態勢を整える。


 ルナは賢者マクスヴェルトも認めるほどの魔法の実力を持つまでに急成長している。そんなルナが使う魔法を容易に打ち消すとなると只事では無い。

 理由も原理も不明な力を持っているのなら、警戒しない訳にはいかない。


 武器も持たない相手に最大限の警戒をみせるランスロット達を他所に、女は魔剣に視線を戻していた。


「ダメ!それはレイヴンの剣だから取っちゃダメ!」


「……レイヴン」


「喋った⁈ 」


「そうだよ!それはレイヴンの剣だ!君には渡さない!」


「レイヴン……レイヴン……レイヴン!!!」


 女は髪を掻き毟る様にして苦しみだすと同時に紫色に光る魔力を周囲に放ち始めた。

 その圧力は凄まじくフルレイドランクにも届くかという圧倒的な力を纏っており近づく事も出来ない。


 ランスロット達は素早く距離を取って飛び退いた。


「ぬぅっ!まさかこんな力を……!」


「ふざけんな!いきなりこれかよ!」


「ううっ……!」


「ランスロット!もっと踏ん張って!僕まで飛ばされちゃうよ!」


 ランスロット、ゲイル、クレアの三人が魔力の暴風を必死に堪えている最中、ルナはランスロットの足にしがみ付いていた。


「アホか!結界張るなりやる事あるだろ!」


「だって!魔法使っても消されちゃうんだもん!う、うわっ!今ちょっと体浮いた⁉︎ 」


「ったく、しょうがねぇなあ!背中だ!背中にしがみ付け!足は邪魔になる!」


 いそいそと背中をよじ登ったルナは、ランスロットの体をあちこち探った挙句、手足を固定する形でようやく落ち着いた。所謂、おんぶである。


「安定感は良いんだけどさぁ、何だかこれ格好悪いね」


「お前なあ!状況考えろよな!」


「二人共そのくらいにしておけ。奴の様子がおかしい」


 女は不気味な魔力を放ち続けたかと思うと、徐にレイヴンの魔剣を拾い上げた。


「しめた!これで奴は魔力を吸われて……」


 レイヴンの持つ魔剣は主と認めない者の魔力を吸い尽くす。

 だが、ランスロットの思惑とは裏腹に女は平然と立っていた。


「おいおいおいおい……!どうなってる⁈ 平気な顔して立ってるぞ!」


「分からないよ!ただ……」


「ただ、何だ⁈ 」


 魔神喰いはステラがレイヴンの為に、願いを叶える力を持つとされる聖剣を作り直した魔剣だ。本来であれば決してレイヴン以外には触れる事も難しい代物。

 そんな魔剣を平然と持つことが出来る存在がいるとすればただ一人。

 聖剣の本来の持ち主だけだ。


(あり得ない。願いを叶える剣の持ち主は伝承で語られる通り、神と悪魔との戦いで死んだ筈だ)


「これは憶測だが、魔剣があの女を新しい主だと認めたという事ではないか?」


 ゲイルの考えにランスロット達は戦慄の表情を浮かべる。


 全く悪い冗談だ。

 ただでさえ厄介な力を持っているというのにレイヴンの魔剣まで使われたのでは、ここにいる全員が挑んだところで全く勝ち目はない。


 幸い女は下を向いたまま動きを止めている。

 逃げるのなら今しか無い。

 しかし、それではレイヴンへの手掛かりが無くなってしまう。


「おい!どうすんだよ⁉︎ 」


「お前がリーダーだろう。撤退の判断は委ねる」


「くあああああ!こんな時だけリーダー言いやがって!チッ!撤退はしない!レイヴンへの手掛かりはあの魔剣だけだからな!」


「承知した」


「うん、分かった!」


 撤退しないと決めただけで何の解決にもなってはいない。

 全員の意思確認をしたに過ぎない。だが、それで良い。

 いざと言う時の行動指針は示しておくべきなのだから。


「で?ルナはどう思うよ?」


「ゲイルの言った事だけど、それは無いと思う。説明している暇は無さそうだから詳しくは言わないけれど……あるとすれば、あの女の人が魔剣本来の持ち主である可能性だよ。それくらいにあの魔剣はレイヴン専用として最適化されているんだ」


「はあ?本来の持ち主だあ?」


「あくまで可能性だよ。でも、実際に魔剣を持ってるって事は……」


「ルナちゃん!何か取り返す方法は無いの⁈ 」


 ルナはクレアの問いに答えず、冷や汗を流して魔剣を見つめていた。


 魔剣はレイヴンの持つ膨大な魔力で満たされた時にその真価を発揮する。

 魔と神を喰らう力と願いを叶える力。それらの力を制御出来るのは魔剣の主であるレイヴンだけだ。

 ところが今は得体の知れない紫色の魔力によって覆われている。

 かつての自分の心臓は動きを止め、魔剣としてのーーーーー


(そうか……分かった!僕とした事が何を勘違いしていたんだ!)


「ランスロット、ゲイル!あの女の人の手から魔剣を弾き飛ばして!僕の心臓が動いていない!魔力で覆われているのは剣を持ったからじゃない。持つ為だったんだ!だから魔剣は目覚めてはいないんだよ!」


 心臓の役割は魔剣にレイヴンの魔力を行き渡らせる事。血液と同じ様に魔力の流れを作る事にある。それ以外の方法では魔力の循環を行うのは不可能だ。

 魔剣として作り直された剣はもう元の聖剣とは別物。であれば、目の前の女が仮に元の持ち主であっても今の魔剣を操る事は出来ない。

 あまりに自然に剣を持ち上げた姿を見て勘違いしてしまった。


「はああ⁈ 正気か⁉︎ 」


「無茶を言ってくれる……」


「平気な顔して立ってる様に見えるけど多分、今でも魔力は吸われていると思う。魔剣を持ってから急に動かなくなったからね」


「成る程な……」


「今が攻撃の絶好の機会という訳か」


 動かないと言っても相手はフルレイドクラスの力を持っている。

 迂闊に飛び込んで返り討ちに遭ってもつまらない。ここはじっくりと攻撃を組み立てるべき場面だ。


「私が行く!」


「クレア⁉︎ よせ!」


 クレアを止めようにもランスロットでは追い付けない。

 ゲイルはそれがよく理解出来ているのだろう。クレアに追従する様にして補助に回っている。万が一の時には自分を盾にするつもりなのだろう。


「くそ!そんなとこまでレイヴンに似なくていいってのに!振り落とされるなよルナ!!!」


「え⁈ ちょ、ちょちょちょちょっと!!!ばか!ばか!ばか!降りる!僕降りるからあああああああ!!!うわああああああああ!!!」


 決死の突撃に似つかわしく無いルナの可愛らしい絶叫を合図にレイヴンの魔剣を取り返す戦いの火蓋が切って落とされた。

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