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内通者

 ダストンの待つ集落に着いたレイヴンは、食料は何処だとしきりに聞いて来た男達に廃墟となった村の中にも殺傷性の高い罠を設置するように提案した。

 これから先はレイヴンも調査に出かけるつもりなのだ。

 側にいられ無い以上、出来得る限りの自衛をサラ達だけでやらねばならない。


「ダストンの所へ連れて行ってくれ。食料について話がある」


「分かったわ。多分、今なら話を聞いてくれると思う」


 レイヴン達が戻って来た事を知った住人達が食料を求めて群がって来る。皆、目が血走りまるで人が変わったかの様な凶暴な言動を繰り返すばかり。

 老人を押し倒し、子供を跳ね除け、少しでも体力の残っている者は我先にと押し寄せて来る。


(無理もない。他人の事など構っている場合ではないからな……)


 他人を傷付けるくらいなら自分が犠牲になれだなんて微塵も思わない。

 そんな事をしても自己満足に過ぎないとレイヴンは思っている。

 それでもサラ達に発破をかけたのは、ここの住人達にとっての希望になって貰いたかったからだ。

 力は貸そう。魔物を倒し、食料も調達しよう。けれど 、レイヴンが一人でやったのでは意味が無い。

 実際にやったのがレイヴンであったとしても、希望を失った住人達を救うのは同じ苦しみを味わったサラ達であるべきだと思っている。


「皆落ち着いて!必ず良い状況になるから!もう少しの辛抱だから!」


「もう少しっていつだ!」


「私達はもずっと水しか口にしていないのよ⁉︎ 」


「早く!早く食料をくれ!北の連中から奪って来たんだろ⁉︎」


「食料は確かにある」


「「「おおおお!!!」」」


 食料があると分かった途端に張り詰めていた空気が僅かに緩んだ。

 けれど続いてレイヴンの口から出た言葉に皆は落胆する。


「欲しければ俺から奪ってみろ。北の連中に手も足も出なかったお前達に出来るとは思えないがな」


「な……」


「それが嫌ならサラの言った通りもう少し大人しくいしていろ。危険を犯してまで俺を追い掛けて来たのはサラだ。サラよりも勇気のある者は前へ出ろ」


「「「……」」」


 レイヴンは住人達をわざと挑発して怒りの感情を無理矢理に抑え込ませた。

 結局のところ人間は自分よりも強い者に対しての恐怖心には勝てない。こんなやり方は強引に過ぎる。しかし、極限状態において人を統制するには恐怖が最も分かり易く効果的だ。

 案の定、前に出て来る住人は誰一人いない。


「……だったら大人しくしておけ」


 服を掴んでいた手を引き剥がして歩き出したレイヴンをサラが追いかけて行く。

 住人達は下を向いたままその場にへたり込んでいた。


「ちょ、ちょっとレイヴン……あそこまで言わなくても……」


「説明した所で理解出来る状態では無かった。これが一番手っ取り早くて良い。それに、俺は余所者だからな。サラが彼等の怒りを引き受ける必要は無い」


「だからって……」


「そうでも無い。これから先はおそらく、サラが皆を纏めていかなければならなくなる。こんな感情の制御の出来ない状態で皆の不興を買う事は無い」


「何言ってるの?皆んなを纏めるのはお父さんの役目よ?」


 レイヴンはそれきり何も答えなかった。


 北の街でカイトが言った事。あれは嘘では無い。しかし、そうであるのなら確かめなければならない事がある。


「開けてくれ」


「うん……」


 家の中はもぬけの殻。

 何処にもダストンの姿は見当たらない。


「お父さん?何処にいるの?お父さんったら!返事くらいしてよ!」


(やはりそうか……)


「サラ、駄目だ。ダストンさんの姿が何処にも見当たらない」


「用心深い人だから集落から出るなんて事は無いと思うんだが」


「どういう事?じゃあ何処に行ったって言うのよ⁉︎ 」


 皆でダストンを探したけれど、結局集落の何処にもダストンの姿は無かった。


(悪い予感というのは当たるものだ)


 カイトはレイヴンに言った。『南に生き残りがいるのは知っていた』と。

 街に常駐している兵士達を倒す事が出来ずに地下で生き延びていた者がどうして南の情報を知っているのか引っ掛かったのだ。

 理由は簡単だ。

 集落の中に内通者がいたと言う事だ。


 あの場で嘘を吐く事が出来ない事の立証はしていない。けれども、その立証をしていない事がレイヴンに疑問を抱かせた。


 カイトは嘘を言っていないだけで、真実を語っている訳では無かったのだ。だからこそ話の文脈に違和感が出る。普通に話している分には何もおかしな所は無い様に聞こえても、事情を知っている者が聞けば矛盾がある事に気付く。

 カイトは知っている事をただ、それらしく喋っていただけ。それこそが嘘を吐けない状況である証明になったという訳だ。

 そして報酬を要求した時もだ。食料を提案して来たのは状況を考えれば自然な事にも思える。しかし『金を貰うより価値がある』そう言った。与える報酬を選べる側の人間がわざわざそんな言い方をするだろうか?もしかしたら偶然なのかもしれない。けれども、前者は疑いようが無い。


「内通者はダストンで間違い無い様だな」


「な、何言い出すの?そんな事ある訳ないじゃない!お父さんはずっと皆んなを纏めて来たのよ⁈ 手持ち少ない食料をやり繰りして、皆んなに分け与えたわ!一日でも長く生き延びられる様にって!いくらレイヴンでもあんまりだわ!」


「お前達がこの場所に避難してからどれ位の年月が経過している?」


「ちょっと!私の話はまだ終わってーーーー」


「二年と少しだ……」


 ダストンの部下はレイヴンが何を言おうとしているのか気付いた様だ。

 表情は暗く、拳が白くなる程強く握り締めていた。


「そうか」


 気付いていなかった者達も察した様だ。

 その場に座り込む者。目を逸らしたままの者。様々だ。


「ちょ、ちょっと!どうしちゃったのよ皆んなまで⁉︎ まさか皆んなもお父さんが内通者だって言うの⁇ そんな訳で無いって言ってるでしょう!」


「サラ……俺達はダストンさんに恩がある。どうしょうもねえゴロツキだった俺達を拾って商人の知識を教えてくれたのはダストンさんだ。それを忘れる程恩知らずじゃねえ。けど……」


「今だって信じられないんだ。でも、俺達は気付いちまった……」


「何なのよ……一体皆んなどうしたって言うのよ!!!」


 サラはダストンの娘だ。

 信じたい気持ちは分かるつもりだ。


 レイヴンは懐から小さな袋を取り出すと、中から二種類の豆を出してみせた。


「これと同じ物を見た事があるか?」


 それは何処にでもある豆粒。保存の効く食料としてはありふれた物だ。

 しかし、商人の知識を持つ者であれば気付く筈だとレイヴンは確信していた。


「こりゃあ……」


「何て事だ……やっぱりそうなのか……」


「わ、私にも見せて!」


 レイヴンから豆粒を受け取ったサラの顔から血の気が引いていく。


「こちらの豆は中央大陸に自生している物。俺もダストンも中央の人間だからな。持っていても不自然じゃあ無い。そして、こちらが北の街で俺が調達して来た豆だ」


「あ、あ……そ、そんな……だってお父さんは……」


 この事実はサラには酷だ。

 それでも言わなければならない。


「確認する。お前達が最後に口にした豆はどっちだ?」


 レイヴンの問いに誰も答えようとはしなかった。

 静まり返った部屋にサラの荒い息遣いの音だけが響く。


 受け入れ難い現実だ。

 だが、これはこの先ここの住人達が生きて行く為にもはっきりさせておいた方が良い。


「サラ、ダストンは……」


「違う!!!そんな筈無い!そ、そうよ!私達はここの上にある村に来てからも少しの間商売をしていたもの!お父さんが持っていたっておかしくなんかないじゃない!!!皆んなどうかしてるわ!ちょっと考えれば分かる事よ!」


「サラ!!!」


「聞きたくない!どうして……どうして皆んなそんな事言うのよ……どうして……」


「受け入れろ。事実だ」


「待ってくれレイヴン!何もそこまでサラを追い詰めなくても!」


「お前達は黙っていろ」


「うっく……」


 レイヴンは威圧を込めた目で男達を制すると、項垂れて泣き崩れたサラに向かって話しかけた。


「サラ。事実は事実だ。ここにお前達が来てから二年以上もの間、村で買った食料が保つ筈が無い。しかもこれだけの人数だ。どんなに切り詰めても相当量の食料が必要になる。だが、ここにそんな大量の食料を保存しておけるだけの備蓄庫は無い。持っていた、買い足した食料だけでは不可能だ」


「……そうよ。最初にお父さんとレイヴンが会った時、何か不自然だったわ。知ってたでしょう⁈ お父さんの事!……そ、そうよ!そうに違いない!レイヴンがお父さんを唆したのね⁉︎ 」


「お、おいサラ!何を言って……!魔物から俺達を助けてくれたのはレイヴンだぞ⁈ 」


「黙っていろ」


「けどよぉ……」


「俺は確かにダストンの事を知っていた。だが、それは中央にいた頃の話だ。話してやっても良いが今回の件とは何も関係無い」


 涙でぐちゃぐちゃになったサラを見つめるレイヴンの目は真っ直ぐで、とてもこの状況で嘘を吐いているとは思えなかった。


 それはサラにも分かっていた。

 レイヴンは嘘を吐く様な人間でない事くらいもう気付いている。


「俺の知っているダストンは狡猾な男だ。だが……あの時とは随分と変わった様だ。お前が産まれたからからなのか、そうでは無い別の何かなのか。俺には分からない。しかし、少なくとも悪人では無くなった様だ。お前を見ていれば分かる」


「……」


「ダストンが北の連中と内通していたのは事実。ここから居なくなった以上、これは覆らない。サラ、お前が皆を纏めるんだ。ダストンの姿を一番近くで見ていた筈のお前なら出来る筈だ」


「そんなの無理よ……私みたいな小娘の言う事なんか聞きっこないもの」


「それは違うぞサラ!俺達はサラの事を認めてたんだ!」


「ああ!ダストンさんだってサラの才能は認めてたんだ。いずれはサラに跡取りを譲るって酒を飲みながら話してた事があるんだよ」


「だけど、こんな事になっちまってよお。本当ならこの旅はサラに仕切らせる筈だったんだぜ?だけどそうもいかなくなったんだ。経験の浅いサラじゃあここの連中を抑えるのはまだ無理だったからな」


「だけど、今は違う!レイヴンを見つけたのも、俺達のケツ叩いて食料取りに行かせようとしたのもサラだ。ダストンさんは反対する連中を黙らせただけさ」


 本当は認められていた。

 サラはいつも本当の意味で誰の協力も得られていないと思っていたのだ。皆んなが自分の言う事に耳を傾けてくれるのも、手伝ってくれるのも、父ダストンの娘だからだと思っていた。それなのに……。


「……皆んな」


「だ、そうだ。どうする?これだけ仲間に信頼されているんだ。お前なら出来る筈だサラ」


「でも、肝心の食料が……」


 皆んなの信頼がある事が分かっても、住人達は違う。

 食料が無ければいずれ暴動が起きる。


「問題無い。僅かだが食料を持ち出したと言っただろう?」


「でも、そんな物何処にも……」


 レイヴンは先程の小さな袋を逆さまにした。

 するとどういう訳か、次から次へと食料が際限なく溢れ出て来た。

 豆、小麦、干し肉、砂糖、塩。

 部屋を半分埋め尽くしてもまだ終わらない。


「「「うおおおおお!!!何だこりゃあ⁈ 」」」」


 この袋はレイヴンが北に向かう前にマクスヴェルトに頼んで作って貰った物だ。

 仕組みはミーシャの持っている鞄と同じ。空間魔法を使用した貴重なアイテム。


「おっと。これ以上は食料に埋もれてしまうな。この袋をサラに譲る。半年は食べていけるだけの量はある筈だ。大事に使え」


「う、嘘……こんな……だって十日分だけだって……」


「それも言った。事情が変わったとな。俺はこれからダストンを探しに行って来る」


「え?」


「ダストンは確かに北の連中と内通していた。しかし、俺が出会った北の街を裏から仕切っているであろう人物は信用ならない奴だ。あのダストンがその事に気付かない訳が無い。何かやむを得ない事情があったんだろう。俺が戻って来た事をダストンが知らないのなら、ダストンが危ない。サラ、俺がダストンを連れて戻って来るまででも良い。ここの連中の事は任せたぞ」


「あ、あ、あ……うあああああああああん!!!」


 レイヴンは大声でわんわん泣くサラを抱きしめてやる。

 希望を失った人々を導いていくには、このくらいの事は乗り越えて欲しかったのだ。

 世界にはもっと理不尽な目に遭っている人々もいる。


 かなりキツイ事を言ってしまった。けれど、レイヴンには確信があった。

 たった一人、生きる延びる手段を模索し続けたサラであれば成し遂げられるだろうと。


「お前達も頼んだぞ。サラを助けてやってくれ」


「「「ああ!勿論だ!!!」」」


 サラが少し落ち着いたところでレイヴンは男達に最低限ではあるが、冒険者流の罠の作り方を教えてやった。

 内部は入り組んでいて外からの侵入は容易では無い。しかし、絶対では無い。

 場所が知られている以上、念には念を入れておく。



「俺が外へ出たら入り口は完全に塞いでおけ。罠はあくまでも保険だ。万が一侵入を許した場合は指示通りにしろ。大量の魔物に一度に襲われては罠も機能しないからな」


「分かった」


「ではな」


「レイヴン!」


 出発しようとしていたレイヴンをサラが呼び止めた。


「絶対!絶対帰って来てね!!!待ってるから!私がちゃんと皆んなを纏めてみせるから!」


「ああ、問題無い。必ず帰って来る」


 レイヴンはサラ達に別れを告げると再び北を目指して歩き出した。

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