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危機を超えて

 牙を剥き出しにして舌舐めずり。

 獲物を見据えた目で悠然と迫って来る姿からはサラ達を確実に仕留めようとする殺意がひしひしと感じられた。


「ひいいいい!」


 おちょくる様に飛びかかる仕草を繰り返す。

 いつでも殺せるのだと言われている様だ。


「くそ!くそ!くそ!」


「不用意に動くな!一斉に飛び掛かられたらそれこそどうにもならない!」


「時間を稼ぐことだけ考えろ!」


 勝てる訳が無い。

 兵士達を圧倒したレイヴンですらどうにもならなかった相手だ。


 魔物達は鎖で繋がれた兵士達には目もくれずに近付いて来ていた。

 意識を失った獲物に興味が無いのか、後でゆっくりと食べるつもりなのかは分からない。


「うええぇっ……」


「コイツら共喰いしてやがる……」


 死んだ魔物の肉を貪り、更に強大な個体へと変化していく様をただ黙って見ているしかない。


「レイヴン!レイヴン!レイヴン!!!」


「もう諦めろ!頼むから逃げてくれサラ!!!」


 仲間の制止も聞かずにレイヴンの名前を呼び続ける。


 喉が裂けても良い。

 どうせ助からないのなら、最後に一言『ごめんなさい』と伝えたかった。


「レイヴン!お願い返事をして!!!レイヴン!レイヴン!!!」


 魔物はもう目の前まで迫っている。

 サラ達目掛けていつ襲って来てもおかしくない。


「も、もう駄目だ……!」


 先頭にいた魔物が口を大きく開いた次の瞬間。強烈な風が吹き荒れた。

 巻き上げられた雪がサラ達の視界を奪う。


「ぐああっ!何だこの風⁈」


「サラを守れ!!!」


 この隙に後退しようにも、吹き荒れる雪で何も見えない。

 サラ達は身を寄せ合う様にして固まっていた。


「レイヴン!レイヴーーーーーン!!!」


「そんなに叫ばなくても、ちゃんとお前の声は聞こえている」


 抑揚の無い淡々とした声。

 驚いたサラ達が顔を上げると、無愛想な顔をしたレイヴンがいた。


「すまない。遅くなった……」


 サラの目から大粒の涙が零れ落ちる。


 もう諦めかけていた。

 もう駄目だと思っていた。


 何度も何度も涙で滲む視界をボロボロの服で拭う。


 見間違いじゃない。


「レイ……ヴン……」


 言葉にならない。目の前のレイヴンは飛び出して行った時のまま。傷一つ負ってはいない。

 ただただ生きていてくれて良かったと、サラは心に暖かい物が宿るのを感じていた。


「おい、あんた!生きてたのか……!」


「だ、だけど俺達今……魔物に囲まれて…もう……」


 レイヴンが生きていたところでこの状況がひっくり返る訳では無い。

 生きていた事には驚いたが、まだ魔物の群れがいる。


「問題無い。全て片付いている」


「「「え……?」」」


 やがて吹雪が晴れ、視界が戻って来た。


 レイヴンの背後にはまだ、口を大きく開けたままの魔物の群れがあった。


 何も片付いてなどいない。

 けれど、レイヴンは何食わぬ顔をしたまま、剣を抜く事も振り返る事もしなかった。


「レイヴン逃げて!!!後ろよ!」


「問題無いと言った」


 レイヴンの声を待っていたかの様に魔物の体から血飛沫が上がる。

 霧の様な真っ赤な雨が降り注ぎ、グチャリと音を立てて魔物の頭が地面に落下した。


「な、何⁈ 」


 全ての魔物が氷の大地に横たわった時、ようやくサラ達の意識が現実に追い付いた。


「「「……は?はああああ???」」」


 氷の大地に横たわる数百にも及ぶ魔物の群れを目の当たりにしたサラ達は、顎が外れてしまいそうな程大きな口を開けたまま微動だに出来ずにいた。

 あれだけいた大量の魔物は物言わぬ肉塊と成り果てて、新しく降り注いだ雪によって次第に白く染められていく。

 真っ白な雪が魔物の血に染まる様子は氷の大地に薔薇の花が咲き乱れたかの様に美しく、この世の物とは思えないくらい異様であった。


「レイヴン、貴方は一体?」


 魔物を操る兵士を倒し、絶望的な数の魔物の群れを難なく倒してしまえる存在などサラ達は知らない。それはもう強いだのという次元では無い。


 もしかしたらレイヴンは何処かの強国からやって来た有名な戦士なのでは?


 そう思っていたサラ達に反して、レイヴンはあっけらかんと言った。


「冒険者だ。ただの冒険者レイヴンだ」


「冒険者だって⁈ 」


「そうだ。魔物の相手は俺の専門だと言っただろう?」


「た、確かにそう言ってたが、こりゃあ……」


「あ、ああ……これは何というか……」


 これだけの事をやっておいてただの冒険者だと言われても信じられない。

 自分達が中央にいた頃には既に何名かの桁外れの力を持った強者SSランク冒険者と呼ばれる者達がいた。けれど、彼等の大半はとある女冒険者の元で依頼をこなしていた。

 であれば、レイヴンは中央にいなかった他の冒険者。しかもSSランク冒険者であると推察される。


「も、もしてあんたSSランク冒険者なのか?」


()()。それより事情が変わった。僅かだが食料を持ち出す事は出来た。この街に長居は無用だ。ダストンの所へ戻るぞ」


「事情?」


「今は話している時間が無い。追っ手が来る前にここから離れるぞ」


 レイヴンは男の質問をキッパリと否定した。

 SSランクへ昇格したのはあくまでもセス達の様な将来冒険者を目指す子供達への道標となる為だ。決してSSランク冒険者の威光や与えられた特権を振りかざす為であってはならない。そうでなくてはわざわざ昇格した意味が無い。


「サラ、立てるか?」


 腰を抜かしていたサラは真っ赤に腫らした目でレイヴンを見つめていた。


「レイヴン良かった……貴方が生きていて本当に良かった。私……ううん、私達はレイヴンに謝らないといけない。私達はいつの間にか心まで貧しくなっていたみたい。奪う事、復讐する事ばかりに囚われていたわ……」


 食料が無い状況にはどうにか皆んなで励まし合って耐えて来た。

 けれども、食料が手に入る可能性が目の前にぶら下げられた途端に、抑えていた欲求が溢れて止められなくなってしまった。

 いくら食事がお金よりも貴重な状況とは言え、満足のいく報酬とはとても言えない依頼を引き受けてくれたレイヴンの気持ちを裏切ってしまった。

 生きる事に一生懸命だった事に偽りは無い。それでも、仕返しをしてアイツらも同じ様に苦しめば良いなどと愚かな言葉を口にした。

 今ではそれが恥ずかしくて堪らないのだ。


「私達は間違っていた。だからーーーーー」


「それの何処がおかしい?」


「え……?」


「お前達の行動も気持ちも言葉も、極自然な反応だ。理不尽な目に遭えばそう考えても仕方ない。人間とはそういう生き物だろう?」


「だけどーーーー」


「奪い奪われ。傷付け傷付けられ。自分が生きる事しか考えられなかった俺にはそれしか無かった。そうされたのだから同じ様にやり返すのが正しい事だと信じていた。それしか知らなかったからな」


「……」


 サラはレイヴンという人物が少しだけ分かった様な気がしていた。

 魔物を圧倒する力を持っていても一人の人間なのだ。


「ある人物に生き方を教えて貰うまでは、他の方法なんて思い付きもしなかった。奪っても何も得られない。だが、与えるだけでも駄目だ。生きようとする意思は何よりも強い。後は自分を律して……あっ……いや、今のは忘れてくれ。とにかくだ、あれだけの状況下で自我を保っていられただけでも大した物だ。……だから、気にするな」


「……レイヴン」


 それはレイヴンなりの励ましだったのだろう。

 謝るつもりが逆に励まされてしまった。とても不器用な言い方だけれど温かい。

 レイヴンの言葉はサラの仲間達にもきっと届いたに違いない。


「ほら、行くぞ」


 レイヴンは呆けた顔をしたサラを起こすと、そのままダストンのいる集落へ向かって歩き出した。


「え⁈ ちょ、ちょっとレイヴン!待ってよ!ねえったら!」



 男達はサラとレイヴンの後を追いながら一つの決め事を話していた。

 商人として様々な人間に会って来たが、あんなおかしな人間には出会った事が無い。


「結局あいつに助けられたな」


「ああ。だけど、俺はあいつが何者かなんてどうでも良くなってきた」


「レイヴンが自分でただの冒険者だって言うのなら、そういう事にしておこう。これ以上の詮索は野暮だ」


「そうだな」


「ちょっと待てよ?持ち出した食料ってのは何処だ?」


「「「あッ!!!」」」


 周囲を見渡してもそれらしい荷物を見つけられなかった男達はレイヴンを追って駆け出していた。



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