レイヴンを探して
「寒ッ!!!何だよこの寒さはよお⁈ 」
「何言ってるのさ。出発する前にちゃんと、『冷えるから防寒対策はしておく様に』って言っておいたでしょう?」
「防寒対策って、この寒さはおかしいだろうが!お前らもそんな格好で寒く無いのかよ⁈ よく平気な顔してられるな!」
マクスヴェルトの転移魔法でランスロット達が連れて来られたのはレイヴンが通ったと思われる北の山脈だ。
見渡す限りの氷の大地と肌を刺す様な凍てつく風が体力を奪って行く。
「うるさいなぁ。僕達はほら、ちょっと特殊だからさ」
「寒いけど我慢出来ない程じゃ無いかも」
「私もこの程度なら問題無い。それにしてもこの体は便利だ。こうなって良かったなどとは微塵も思わないがな」
ランスロット以外の三人はレイヴンの力によって強靭な肉体を得ていた。
魔物堕ちから生還した者は皆、身体能力と共にあらゆる耐性能力が飛躍的に向上する傾向にある様だ。
特にクレアとルナに関しては元が人工的に生み出された人間なので実質的にレイヴンが生み出したと言っても過言では無い。
だがしかし、マクスヴェルトとリヴェリアはその力が示す真実だけは誰にも話してはいなかった。
「ちくしょう!リヴェリアの奴、こうなるって分かってやがったな!」
ランスロットは、リヴェリアがどうしてこの面子でレイヴンを探しに行けと言ったのかようやく理解していた。
しかし、こうも考えていた。
リヴェリアの事だ。約束の一年を待たず、クレアとルナを同行させたのには、きっと他にも意味があるのだろうと。
「じゃあ僕はこれで失礼するよ。帰りはそうだなぁ、のんびり観光でもしてきなよ」
「かんこう?ルナちゃん、かんこうって何?」
「ぼ、僕に聞かないでよ!ゲイルはどうなの?」
「私も初めて聞く言葉だ。マクスヴェルト、かんこうとは何だ?」
碌な街道も無い森と山ばかりの景色。そして命を脅かす魔物。
街から街への移動も命懸けの世界では観光だなんて発想が浮かばないのも当然である。
「ああ、そうだったね。この世界じゃあ観光なんて考えもしないか。景色とかいろいろ見て楽しんでって意味だよ」
「それが、かんこう?楽しむ?うん、やってみる……」
「あ、いや。無理してやらくて良いから……。じゃあ僕は中央へ戻るよ。やる事が山積みだからね」
「ちょと待てコラ!何か暖かくなる様な魔法とか魔具とか無いのかよ!俺だけ凍死しちまうだろ!」
ランスロットはいつもの鎧姿では無い。
マクスヴェルトお手製の皮鎧の上に防寒仕様のロングコートを羽織っているだけであった。
「ちゃんと対策はしてあるって。皮鎧に魔力を流してみなよ」
「もしかして魔具なのか⁈ 」
ランスロットは半信半疑ながらも魔力を流してみた。すると体の芯から温かな熱が発生し始めた。どうやら流す魔力の量によって発生する熱量が変わる仕組みの様だ。
冷え切っていた体に体温が戻り、ぼやけていた手足の感覚もはっきりと分かる。
「うおおっ!こいつはすげぇ!……って、待てコラ。とんでもねぇ量の魔力が持って行かれるぞ……」
「そりゃあそうだよ。熱を発生させるにはそれなりの力が必要だからね。一度使えば暫くは温かいと思うし、凍死するよりはマシでしょう?」
「くっそぉ……まあ良いや。少しはマシになったしな」
「そうだ。言うのを忘れていたけどさ。レイヴンには僕達が話した事は秘密だからね。レイヴンはレイヴンのまま。いつもと同じでいて欲しいから」
そう言い残したマクスヴェルトは指を鳴らして転移魔法を発動させ姿を消した。
レイヴンはレイヴンのまま。
ランスロット達もそれは理解している。ただ、それをレイヴンに話したところで何も変わらないだろうとも思っていた。
リヴェリアもマクスヴェルトも心配し過ぎなのだ。
「さてと、何処から探す?一応、リヴェリアが持っていた地図を書き写して簡易的な地図は用意して来たけど、山と氷以外に何もねぇ場所だからな」
「とにかく北へ進んでみるしかないだろう。北の街が今でも最終目的地とは限らない以上、人を探してレイヴンの事を聞いて周るしか無い」
「だな。んじゃ、レイヴン探しに行くとするか。クレアとルナは俺達から離れない様にな」
「はい!」
元気よく返事をしたクレアに対して、ルナはどこか上の空といった感じで氷の大地を見つめていた。
「どうかしたのか?」
「呼んでる……」
「呼ぶ? 風の音しか聞こえないけど」
「聞こえるんだよ。僕の心臓の鼓動が」
三人は顔を見合わせて互いに首を横に振った。
ルナは冗談を言うタイプの性格である事は既に承知している。
「こっち!」
ルナが指差したのは北西。
ランスロット達が目指そうとしていた地点からやや外れた場所だ。
「ルナちゃん、そこに何があるか分かるの?」
「魔剣だよ。レイヴンが持ってる魔剣には僕の心臓が埋め込まれているから間違い無いよ」
レイヴンの魔剣に心臓の様な物があるのは知っていた三人であったが、まさかその心臓の持ち主がルナであるという話は初耳だった。
「心臓⁈ だってお前は生きてるじゃねぇか」
「ルナちゃんちょっとごめんね」
クレアがルナの胸に手を当て鼓動の確認をする。
「くすぐったいって!心臓といっても生まれ変わる前の心臓だよ。僕は長い間、心臓と意識をあの魔剣に埋め込まれてたから分かるんだ。今もあの心臓は動いてる。レイヴンの魔力を餌にしてね。細かい説明はその内するよ。今はレイヴンを探すのが先でしょ?」
「魔剣の存在を感知出来るのなら、その音を辿った先にレイヴンがいるということだな。何とも呆気ないものだ」
「そういう事。早く行こっ」
「何だかなぁ。それで終わると良いけど……」
一行はそれぞれに苦笑いを浮かべて北西に向かって進み始めた。
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北の街まであと少しという地点。
サラ達は街の様子を探る為に仲間の一人を斥候に行かせていた。
レイヴンが街へ入るには魔物を操る兵士と戦う必要がある。見張りをあっという間に倒してしまったレイヴンの力量を考えれば不可能では無いかもしれない。
けれど、相手は魔物。それに訓練された兵士が相手とあっては無事で済む筈が無いのだ。
荷車の陰で身を寄せあうようにして吹雪を凌ぐ。
ボロボロの布を体に巻き付け、厚手の麻布に火で炙った石の熱で凍える手を温めていた。
「サラ!大変だ!とんでもない事が起こってる!」
斥候に出ていた仲間は血の気の引いた顔で戻って来た。
悪い予感がする。
サラは震える唇を噛み締めて仲間の報告を待つ。
「北の街の手前で魔物が死んでるのを見つけたんだ!それも一体や二体じゃない!雪をかぶってたからちゃんとした数は分からなかったけど、少なくとも二十体以上の魔物の死体が転がってたんだ!しかも、兵士達は全員気絶していて鎖で繋がれてたんだよ!!!」
「嘘……」
強いだろうとは思っていた。
魔物混じりがいくら普通の人間より強いと言っても数が違い過ぎる。とてもレイヴン一人でどうにかなる状況では無い。
けれども、二十体を超える魔物を倒した上に兵士は全員生きていると言うではないか。
それが事実であるなら、あまりにも常識離れした力だ。
「嘘なもんか!俺だって自分の目を疑ったさ!でも、本当なんだよ!」
話を聞いたサラ達は走り出していた。
恐れていた魔物と兵士達が倒された事が嬉しかったのでは無い。
たった一人、食事を条件に命をかけて戦ったレイヴンの身を案じたのだ。
魔物を相手にしながら兵士を気絶させたレイヴンの心配など必要無いのかもしれない。けれど、怪我をしていないとは限らない。
そして何より言わねばならない事がある。
(私達はレイヴンに謝らないと!)
サラ達は必死に走った。
荷車の事などもう頭に無い。
街が見えて来た。
「この辺りなんでしょう⁈ 」
「ああ。だが油断するなよ!」
「ええ!」
斥候が見たという場所へ辿り着いた一行は辺りを警戒する。
門は閉ざされたまま。壁の上には兵士の姿は無い様だった。
慎重に近づいて行った先にそれはあった。
「うっ……!」
「サラ!見ない方が良い!」
斥候の言った通り門の外には魔物の死体が大量に転がっていた。
頭を無くした二十を超える魔物の死体。
どれも一撃で命を絶たれているのが一目で分かった。
「凄え……頭だけを適確に切り落としてやがる」
「何者なんだ……」
「レイヴンは⁈ レイヴンは何処⁈ 無事なの⁈ 」
「落ち着けサラ!あいつならきっと大丈夫だ!これだけの事をやってのけたんだ」
それは分かっている。
だとしても、レイヴンの無事な姿を確認するまでは安心など出来ないのだ。
「お願い皆んな。力を貸して頂戴。レイヴンが無事である証拠が欲しいの!」
サラたっての希望で念の為に周囲の捜索が行われた。
無事だと頭で分かっていてもじっとしていられなかった。
その時だった。
不気味な音を立てて街の門が開かれた。
「レイヴン⁉︎ きっとレイヴンが食料を手に入れたのよ!食料を手に入れたら門を開く約束だったもの!そうでしょう⁈ 」
きっとレイヴンが無事な姿を見せてくれる筈。
そう願っていた矢先。
門から飛び出して来た何者かが希望を断ち切る咆哮を上げた。
それは魔物。
夥しい数の魔物の群れだ。
その数は門の前で死んでいる魔物の比では無い。
「ちくしょう!レイヴンじゃないぞ!!!」
「武器を構えろ!」
「その辺に転がっている武器をかき集めろ!」
「サラ!おい!サラ!!!ダストンさん達の所まで走れ!俺達が食い止めている間に早く!!!」
だが、サラには聞こえていない。
空虚な目は、門から出て来る筈のレイヴンの姿を求めて離れない。
「嘘……嘘でしょう?レイヴンは何処⁈ レイヴン!レイヴン!レイヴン!!!無事なら返事をして!!!」
渇いた音が響く。
仲間の一人が取り乱すサラの頬を張ったのだ。
「馬鹿野郎!早く行け!!!戻って皆んなにこの事を伝えるんだ!」
「走れサラ!お前だけでも生き残ってくれ!」
仲間達がサラの背を無理矢理に押して走らせようとしているのに足が竦んで動かない。
その間にも、魔物の群れは真っ直ぐにサラ達の方へ近付いていた。