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北の街にて

 

「止まれ!それ以上近付くな!!!」


 壁の上にいる見えているだけで弓兵は六人。

 魔物を警戒して常に警備兵を配置している中央と比べると随分少ない。


 魔物を操る術を持っているという安心感から警備に人員を割いていないのだとしたら、その考えは危険だ。


 魔物は魔物。

 奴等の行動は全て本能に優先される。

 ましてや人間は餌だ。自分よりも弱い人間に従っている方がおかしいのだ。


(餌……集めた人間は魔物の餌にする為?)


 レイヴンは頭に浮かんだ最悪の状況を否定する様に首を振った。


 確かに魔物は人間を襲う事がある。だが、人間が主食という訳では無い。魔物は瘴気を好む。ダンジョンに生息している魔物も、森の中に生息している魔物でも、それは例外ではない。


「止まれと言っているだろうが!!!」


 弓兵の撃つ矢は出鱈目な方向へ飛んでいくばかりでレイヴンには掠りもしない。


(こんな腕で街を守れるのか?)


 魔物が跋扈するこの世界で、魔物に襲われた経験が殆ど無い事は、ある意味では不運だ。人間にとって最大の脅威である魔物に襲われる心配が無い生活は、理想的な環境ではあったとしても、これ以上危うい環境も無いと言えるくらいに危険な環境でもあるのだ。


 レイヴンは近くを飛んで来た矢を掴み取って観察してみる。


 小さな鏃に手入れの行き届いていない矢羽。

 こんな玩具の様な矢では話にならない。


(脆い矢だ。獣は倒せても、こんな矢では魔物の硬い体を貫くことは出来ないぞ)


「う、受け止めた……」


「構うな!もっと矢を放つんだ!!!」


「う、うわあああ!来るな!来るな来るな来るな来るな!!!」


「……」


 レイヴンは閉じられた門には目もくれずに壁の上に駆け上がり弓兵を全員気絶させた。



 街を囲む壁は冒険者の街パラダイムにあるものより強固な物。しかし、今倒した弓兵以外には姿が見当たらない。


(まさか警備兵が本当にこれで全員だとはな……)


 街へ入ったレイヴンは食料の備蓄庫を探して歩き出した。



 最初は警戒して誰も出て来ないだけだと思っていたレイヴンであったが、どの家にも明かりが灯っているのに人の気配が全くしない事に気付いた。


(誰も居ない?)


 家の煙突からは煙が上がり、人が確かに生活していた様子がある。


 窓から家の中を覗いてみても誰も居ない。

 暖炉の炎が揺れているのが見えただけだ。


 地面に残された足跡は無数にある。

 どれも違う方向を向いていて目的地の特定には時間がかかりそうだった。


(慌てて何処かへ逃げたか?それならそれで動き易いが……)


 サラ達がしていた様に地下に穴を掘って隠れている可能性は充分にある。

 後は食料をいくらか拝借すればレイヴンの仕事は終わり。

 しかし、いくら探し回っても一向に食料の備蓄庫が見つからない。商店らしき建物にも食料は無く、棚は空っぽだった。


 幾ら何でもこれは不自然だ。


(どういう事だ?人が生活していた気配はあるのに、食料が何も無い)


 もう一度入り口の方から念入りに探してみようかと振り返った時、レイヴンの背後に強大な力を持った何者かが現れた。


「……ッ!?」


 背筋が凍るかと感じてしまう程の冷たい気配の出現に、レイヴンは思わず距離を取った。


(女?それにしても何だこの気配は⁈ )


 吹雪の中だというのに女は裸足で立っていた。

 地面に着きそうな程長く伸びた黒い髪と、黒いワンピース姿。雪の様に白い肌が嫌に目立つ。

 目には生気が無く、黒い瞳は焦点が合っていないのか、どこか捉えどころが無い。


 レイヴンは魔物とも魔物混じりとも違う異様な力を感じさせる異様な雰囲気に警戒を強めていた。


「……何者だ?」


「……」


「この街の住人か?」


「……」


 女は何も応え無い。

 虚な目をしたまま、ただじっと立っているだけ。


 一段と冷たくなった風がレイヴンから体温を奪い始めた頃、女が白い手をゆっくりと上げ、西に見える建物を指差した。


「そこに何がある?」


「……」


 やはり女は何も応えなかった。


 何か伝えたい事があるのかと思って視線を動かした僅かの隙に、女は姿を消してしまった。

 先程まで場を支配していた冷たい気配は消え失せ、女が立っていた場所には足跡すら残ってはいなかった。


(魔法?それにしては魔力を感じなかった)


 どうにも不可解な現象。

 魔術による現象であればもう何度か経験しているので違和感には気付く筈。


(何だったんだ?)


 今はそれよりも女が指差した建物が気になる。

 何の目的か確かめる為にも家の中を調査してみる事にした。



 レイヴンは普通の民家にしか見えない建物へ近付くとドアに手を掛けた。

 鍵はかかっておらず、他の家と同様に人の気配は感じられ無い。


 中に入って物理的な罠と魔法による罠が無い事を一通り確認する。


「何も無い。住人がいた形跡はあるのに姿が見当たらない。だが、あの女はこの家を指差した。何かある筈だ。となると……」


 キッチンを通り抜けようとしたレイヴンは、一箇所だけ床を歩いた時の音が違う事に気付いた。


(ここか……ほんの微かにだが、風の流れがある)


 レイヴンは持っていた剣を床の隙間に突き立てて床板を持ち上げてみた。

 そこには地下へと続く梯がかけられ、下は暗くて見えなかった。


(人の気配……。それにしても随分奥深くまで繋がっているようだな)


 床下に発見した穴は深く、暖炉から持って来た薪の明かりくらいでは底が見えなかった。


 探索するのは簡単だ。

 けれども、レイヴンは下へ降りるのを躊躇していた。


 ただの民家でない事は明白。しかし、元々奪うつもりで来たといっても、備蓄庫から勝手に拝借する気でいたのだ。

 街の住民が全て避難している中に入って行って、面と向かって食料を渡せとは言い難い。


 だが、サラ達にはもう時間が無い。

 こうしている間にも飢えによる死は近付いている。


(どの道食料は必要だ。十日分は無理だとしても三日分くらいは調達したいところだな)


 レイヴンは覚悟を決めて梯を降りて行った。



 穴の底から入り口まではかなりの深さだ。

 入り口から差し込む部屋の明かりは豆粒の様に小さい。


 真っ暗な横穴を進んで行くと、頑丈そうな鉄の扉が現れた。

 扉の奥には人の気配がする。


(ここで正解か。あの女はこの事を知っていた?)


 意を決してドアを叩く。


 サラ達にも言ったが、別に盗賊になるつもりは無い。

 最低限生き延びる為に必要な食料を分けて貰えれば良いのだ。


(交渉ごとは苦手だ。まあ、黙って持って行くよりはマシか……)


 中で騒めく声が聞こえる。


(避難場所に来るはずの無い人間が来れば警戒して当然だな)


 暫く待っていると、鉄の扉に備え付けられた小さな窓が開いた。


「誰だお前⁈ 街の人間じゃあ無いな?」


「そうだ。俺の名はレイヴン。南にある集落にいる者達から食料調達の依頼を受けてこの街へ来た」


「南からだと?嘘を吐くな!魔物を操る警備兵がいた筈だ!どうやって入った!」


(どう答えたものか……)


 馬鹿正直に警備兵を倒したと言っても信じてはくれないだろう。

 かと言って、他に良い案が思い付かない。

 ランスロットなら適当な事を言って切り抜けてしまうだろうなと思った所で、思い切って馬鹿正直に話してみる事にした。この場で信じて貰えなくとも、外へ出れば証拠はあるのだ。


「警備兵なら魔物ごと全員倒した。弓兵は壁の上に。巡回兵と増援に来た連中は門の外で気絶している。嘘だと思うのなら確かめて来ると良い」


「……」


 小窓を閉めた男は扉の向こう側で誰かと話しているようだった。


(正直に言い過ぎたか?)


 やがて話し声が聞こえなくなると再び小窓が開いた。


「確認する。指揮官らしい男が居た筈だ。その男は何と言っていた?」


「……何の関係がある?」


「いいから答えろ!」


「確か、敬愛する女王陛下から賜った魔物だと言っていたな」


「他には⁈ 」


「その魔物を俺が倒したのを知って、万死に値するとかなんとか。とにかく訳の分からない連中だった」


「この場所を奴等に聞いたのか?」


(奴等?)


「いいや。街を探索している時に奇妙な女が現れた。地面に着きそうなくらい長い髪をした女だ。その女が指差した建物を探索して此処に辿り着いた。以上だ」


「……女だと?」


 男は小窓を勢いよく閉めて再び誰かと話し始めた。

 先程よりも口調の激しいやりとりだが、鉄の扉に阻まれて会話の内容が分からない。


 ガチャリと音がして扉が開くのかと思いきや、扉の下にあった平たい窓が開かれた。


(やれやれ。仕掛けの多い扉だな)


「あんた、レイヴンとか言ったな。どうやら嘘を言ってはいないな。だが、扉を開ける前に武器を此方に渡してもらおう」


「分かった」


 どうやって嘘では無いと分かったのかは不明だが、馬鹿正直に話したのは正解だったらしい。


 レイヴンは敵意が無い事を示す為に両手を前で上げた状態で中へと入って行った。


(……?)


 扉を潜った先に待っていたのはレイヴンが渡した武器を構えた青年だった。

 背後には不安そうな目をした子供達が一か所に固まって様子を伺っていた。


「敵意は無い。俺は食料が欲しいだけだ」


「動くな!まだあんたを完全に信用した訳じゃ無い。念の為に拘束させて貰う」


「いいだろう」


 レイヴンが両手を差し出すと背後にいた少年がぎこちない手付きで縄をかけた。

 結び方は出鱈目。これでは直ぐに解けてしまう。


「俺はカイト。あんたの話が嘘かどうかは仲間が教えてくれた」


「仲間?他にもいるのか?」


「まあな。あんたがその女を見たのなら、俺達の同志になる資格があるって事だ」


(同志?何を言って……)


「俺達は明けない夜を終わらせる為に集まった同志。この国の変革を目指す者だ!」


 カイトと名乗った青年は誇らし気な表情を浮かべてニヤリと笑った。


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