表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/313

変わり始めた街

 変な女が空から降って来た。

 彼女の名前はミーシャと言うらしい。


 やけに大きな帽子を被り、背中には体格に似合わない大きなリュックを背負っている。

 帽子から覗く赤茶色髪の毛はかなりの癖毛なのだろう。くるくると跳ねた髪の毛は活発そうな印象のミーシャによく似合っていると思う。

 

 そして、もう一つ。ミーシャの左目はレイヴンと同じ魔物混じりの目をしていた。

 片方だけなのは、魔物の血をあまり受け継がなかったからだろう。

 

 どうして空から? だとか、そういうのはどうでも良い。礼を言われたが、降って来たから受け止めたに過ぎない。


(ふむ、何処も怪我をしてはいないな)


 レイヴンはそれだけ確認するとケルベロスの魔核を回収するべく歩き出した。


 騒がしいのは好きでは無いし、何より目立ち過ぎた。さっさとこの場から立ち去りたい。


「あ、あの! ツバメちゃんを返して下さい! その子って言うか、その鳥。私の相棒なんです」


「くるっぽー!」


(鳥? そう言えばさっきいたな。確かに鳴き声がする。何処からだ?)


 鳴き声は随分近い場所から聞こえているのに姿が見え無い。


 離れた場所から様子を見ていた全員の頭に疑問符が浮かぶ。


『『ツバメちゃん?』』


 誰もが顔を見合わせて不思議そうな顔をしている。

 そして、次の瞬間には満場一致でツッコミが入った。


『『いや、どう見てもハトじゃん……あ、名前か…』』


 それは奇跡が起きた瞬間だった。

 荒くれ者の多い冒険者の街パラダイム始まって以来の快挙。冒険者と住民、初の意思統一がなされた。

 レイドランクの魔物にも出来なかった事を巨大な鳥が成し遂げたのだ。


 頭の上の辺りを見ているミーシャの視線を辿ると、自分の頭上で寛ぐ巨大な鳥がいた。


(気付かなかった…。何だこの鳥は……)


 レイヴンは頭の上で寛いでいるハト……もとい、ツバメちゃんを掴もうと手を伸ばす。

 

 丸々と太った体に手が沈んでしまって持ち難い。

 こんな体でどうやって飛んでいるのか甚だ疑問だ。

 

 触られても微動だにしないツバメちゃんをむんずと掴んでミーシャに渡した。


「うわっぷっ! お、お帰りツバメちゃん!」


「くるっぽー!」


 人間と鳥が抱き合う。

 絵本で見たらなら感動の一つもする場面なのかもしれないが、ツバメちゃんは巨大だ。

 

 ミーシャの頭がツバメちゃんの胸に埋もれている。


(あの大きさと重量で俺が気付かない訳が無い筈……分からない)


 周囲の視線が一段と多くなって来た。

 悪意や敵意の視線には慣れているが、好奇の視線はむず痒くなる。

 ケルベロスの心臓部へ剣を突き立てる為、手を当てて魔核の正確な位置を探る。

 わざわざ二度も倒したのだ。魔核を傷付け無い様に注意しなければ……。


「うわ〜! 大っきい魔物! もしかして貴方が倒したんですか? 凄い! 凄い! ツバメちゃんもそう思うでしょ?」


「くるっぽ!」


(なんなんだ……)


「あ! それって魔核を回収する所ですか? 私、魔核は何度か見た事あるんですけど、取り出す所って見た事無いんですよ。是非、見学させて下さい!」


「くるっぽー!」


(煩い奴だ。こういう奴はランスロットが相手をすれば良い)


 だが、頼みのランスロットは、困惑するレイヴンを指差して腹を抱えて笑い転げていた。

 一体何がそんなにおかしいのか、レイヴンにはよく分からない。


(駄目だ。奴はあてにならない)


 冒険者組合の二階にいるモーガンは部下数名を引き連れてドルガを何処かへ連行して行く最中だった。


(奴は奴で()()()()()を始めたか……)


 味方は居ない。完全に孤立してしまった。

 一人で戦う事には慣れているのに、あまり感じた事の無い不安感が募る。

 

 もしかしたら、ダンジョンで魔物に囲まれた冒険者がよく言っていた"絶望"とはこういう気持ちの事を言うのかも知れない。


(ミーシャは俺の事が怖く無いのか?)


 魔物相手ならいざ知らず、親しげに話掛けて来る人間の対処法など知らないし、分からない。

 同じ魔物混じりの同族意識というやつだろうか?


「あの、早く取り出さないんですか?」


「くるっぽ?」


「……」


 どうして良いのか分からないレイヴンは考えるのを放棄した。

 目の前の魔核に集中して作業を始めるしか無い。


 そうこうしている内、次第に周囲が騒付き始めた。


 レイドランクの魔物を一人で倒したレイヴンは、今や街を救った英雄だ。

 皆、そんなレイヴンに親しげに話しかける女の子の話題で盛り上がっている。


「何かすげぇ親しげに話してるけど、もしかして知り合いなのかな?」


「いや、でも自己紹介してただろ? 違うんじゃないか?」


「話してるっつうか、一方的に話しかけているだけじゃ……」


「うーん、ていうかあの子、魔物混じりが怖く無いのか?」


「何言ってんのさ。あんなに強い男だよ? 私があの子くらい若かったら間違いなく惚れてるね。魔物混じりだって関係無いさ」


「お、おい…せめて俺の居ない時に言ってくれよ」


「何だらし無い事を言ってんだい! あんた、私を置いてさっさと逃げちまっただろ。ちょっとはあの男を見習いな!」


「そ、そんな、勘弁してくれよ……」


「あはははは! こいつ、嫁さんに怒られてやがる」


「「「ハハハハハ!」」」


 殺伐としていた空気が一転して冒険者と住民達に笑顔が戻って来た。

 レイドランクの魔物が街中に出現するという大事件は、結果として街に住む全ての人々を繋ぐきっかけとなった様だ。


 既に街の至る所で復旧に向けた話し合いが始まっている。

 冒険者組合の人間も冒険者も住民も、皆が互いの立場を越えて動き出したのだ。

 手のひら返しにしても清々し過ぎる。ドルガの影響が無くなるだけでこうも変わるとは不思議なものだ。

 

 レイヴンの活躍を見た事で今後、魔物混じりへの対応を改めようとする者が現れるかもしれない。だが、魔物混じり、禁忌の子に対する偏見が無くなる訳では無いだろう。

 人々の中にあるのは、魔物混じりへの恐怖。人間と同じ姿をしていながら、人間とは隔絶した力を持つ存在への恐怖。

 人は無意識に、そんな彼等を虐げることで自分達の身を守ろうとしている。理屈だけでは無いのだ。

 しかし、少なくともこの日。冒険者の街パラダイムは確実に新しい一歩を歩み始めた。

 互いを理解するのは難しい。それでも、歩み寄る事は出来る。



「うわぁ! それが魔核⁈ 私が知ってるのよりずっと大きい!」


「ランスロット。魔核は回収した。モーガンに渡したら、依頼を受けに酒場に行く」


「あの、ちょっとだけ。ちょっとだけ触らせてくれませんか?」


「モーガン? 何で奴に?」


(そうか、ランスロットは気付いていなかったか)


「モーガンは中央の人間だ。初めから俺達の事を知っていたらしい」


「ねぇってば! 聞こえてまーすーかー⁈」


「中央の……なるほど。んじゃ、行くか」


 中央の人間だと聞いただけでランスロットは俺が言わんとしている事を察した様だ。

 話が早くて助かる。


 察するにモーガンの目的はパラダイム冒険者組合の内偵と監査だろう。

 ドルガは腐ってもパラダイム冒険者組合の長にまで上り詰めた人物だ。しかし、賄賂にまみれたドルガを失脚させるだけでは温いと判断した中央の連中は、モーガンに命じてドルガが犯した罪状を集めていた。という事だと思われる。

 泣き喚く姿に同情の余地はない。が、曲がりなりにもケルベロスの咆哮に耐えたのだ。ドルガも嘗ては名の知れた冒険者だったのかもしれない。

 しかし、身の丈に余る権力と金が奴を変えてしまった。


(今更言っても遅いがな)


 ランスロットは起き上がると、体を動かしてほぐし始めた。

 どうやら魔剣に吸われた魔力も戻りつつある様だ。


「流石だな。もう動けるのか」


 ランスロットであれば普通の依頼をこなす分には支障は無いだろう。


「ま、念の為に回復薬飲んでおいたからな。うっし! どんな依頼にする? 採取系は面倒だし、報酬もあまり良く無いから除外だな」


「もしもーーし!!! あ、ちょっと触れた」


「討伐の依頼をいくつか受けるつもりだ。街からは遠いが、北にあるダンジョンへ向かう。あそこの依頼は報酬が良いんだが、一人では受けられ無い」


「私の話を聞いてったら!!!」


「パーティー専用のダンジョンって事か。よし、そうと決まれば俺と組んでる内に稼ぎまくろうぜ! 今夜は街のお姉ちゃんを酒場に呼んでパアッと騒ごう!」


「俺はいい」


「んだよ…ノリ悪いな」


「わ・た・し・のっ!!! 話を……聞けえーーー!!!」


 背中に向かって飛んで来る物体の気配を察知したレイヴンは反射的に払い除けようとした。しかし、拳は柔らかな感触に包まれて、完全に威力を殺されてしまった。

 振り解こうにも力が逃げていく。

 

 レイヴンはそのまま鳥に押し潰されて地面に倒れた。


(くっ、なんなんだこの鳥は……!)


 仰向けに倒れた俺の上で鳥が勝利の雄叫びを上げた。


「くるっぽーーー!!!」


「だ、大丈夫かレイヴン?」


「も、問題無い」


 油断は無かった。けれど、鳥の体が柔らか過ぎた。


(そもそもコイツは本当に只の鳥なのか? 俺の出会った魔物にも、ここまで柔らかい魔物は居なかった)


 スライム種でさえ、レイヴンの拳の威力をいなせずに飛び散る。だが、この鳥は拳の衝撃を全て吸収してしまって手応えが無い。おまけに触れているだけで力が抜けていくような感覚がある。


「どうです? 私の話を聞いてくれる気になりましたか?」


「……何故付き纏う? もう俺に用は無いだろう」


「そうはいきません! 貴方は命の恩人なんです! お爺ちゃんが言ってました。恩には恩を! 仇には仇で返せと! それに、名前もまだ聞いていません」


「……俺はレイヴンだ。礼などいらない。これでお前の用は済んだだろう」


「レイヴンさんですね。助けてくれてありがとうございました! ……って、あれ? レイヴン? 何処かで聞いた様な………」


 レイヴンは腕を組んで考え込むミーシャをランスロットに任せると、魔核を渡す為にモーガンの元へ向かう事にした。ランスロットとは酒場で落ち合えば良い。


「あ! ちょっと、まだお礼してませんよ! 待って! 待ってった……ら! ぐえええええ!!!」


「お嬢ちゃんは此処までだ。レイヴンの邪魔をするなよ」


「離して下さい! いきなり女の子の服を掴むなんて何考えてるんですか⁉︎ 首が絞まって危うく意識が飛んじゃうところでした!」


「はいはい。分かった分かった、悪かったって……」


「あー! 今のは本気で謝っていませんね⁈ お母さんが言ってました! 男の人が二度同じ事を言ったら、それは信じちゃいけないって!」


「くるっぽ!!!」


 レイヴンはミーシャに詰め寄られるランスロットを哀れに思いつつも、足を止める事は無かった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ