北の街へ
真っ直ぐ北を目指して進んでいる途中、街の門が見えて来たところで不審な一団を発見した。
数は多くはない。けれど、それは魔物に乗って移動する兵士だった。警戒した様子で慎重に進んでいるようだが、レイヴンに気付いた様子は無い。
(周辺の巡回?既に俺が脱走したのがバレている可能性もあるか)
魔物を操るという話は本当だった。だが、実際に見ても手段など想像も出来ない。
見た所、やはり低位の魔物。
Bランク相当の魔物であると推測する。
(灰色狼に似ているが少し違う。これだけ環境が違うんだ。当然と言えば当然か)
この地域固有の魔物であるとしても驚異には感じない。
そもそも人間に操られる程度の魔物はレイヴンの敵では無いからだ。
(どうせ倒すのならこの場で倒してしまった方が早い)
兵士達が通り過ぎるのを待つまでも無く、レイヴンは兵士達に向かって駆け出した。
派手な攻撃ばかりが目立つレイヴンの戦闘だが、本来のレイヴンの戦闘は隠密、隠形に特化した物だ。それはレイヴンが幼い頃から魔物と戦っていた事に起因する。
力が弱かった頃のレイヴンは、生き残る為にとにかく戦い続けた。協力してくれる者もいない。なるべく多勢に無勢という状況を避けざるをえなかった。足音や気配を消す術はその時に覚えた物である。
(魔物は六体。人間の兵士は十人。ふむ……)
レイヴンの頭にあるのは魔物を倒す事では無い。
そんな物は考え無くても体が勝手に始末をつける。
問題は人間をどうするかだ。
殺さない様に加減をするのは当然としても、この吹雪の中に放置する訳にもいかない。
面倒になって来たレイヴンは、兵士達の間を縫う様に走り抜けて魔物だけを素早く倒す事にした。
(手加減をするなら、やはり武器を使うのが一番だ)
狙いは灰色狼の首だ。
すれ違い様に見張りっから奪った剣を振り抜く。
(脆い剣だな。もうガタつき始めたか)
たかだか六体の魔物を斬っただけで剣が使い物にならなくなってしまった。
ドワーフの作った剣であれば、どんなに安物でもダンジョンに一日潜っている間くらいは保つ。
この辺りには腕の良い職人がおらず、武器に適した鉱物が採れないのかもしれない。
ヒュンという風切り音が聞こえた瞬間、兵士達の目に映ったのは首を切り落とされ血飛沫を上げる魔物の姿だった。
力無く崩れ落ちる魔物から投げ出された兵士達が氷の大地を転がる。
「な、何が起こった⁈ 」
「敵襲!敵襲ーーー!」
「戦闘態勢!」
「ちくしょう!一体何だ⁉︎ 」
見えない何かに魔物を倒された兵士達に動揺が走る。
互いに背を預け円を描く様にして周囲を警戒するが、誰もレイヴンを発見出来ないでいた。
「どういう事だ?誰もいない。魔物の気配も無いぞ」
「警戒を緩めるな!何が起こるか分からないぞ!」
恐怖で引き攣った顔をした兵士達は視界の悪い吹雪の中を必死に目を凝らす。
その原因となった人物がすぐ後ろにいるとも知らずに。
(どういう事だ、だと?聞きたいのはこっちだ)
レイヴンは既に気配を消すのを止めている。
だと言うのに、兵士達は背を向けたまま周囲を警戒するばかりで一向にレイヴンに気付く様子が無い。
仲間を呼ばせて、操っている魔物を全て連れて来させようとしただけなのに気付かれないのでは困るのだ。
「何処を見ている?俺は此処だ」
背後から聞こえた知らない声に兵士達が一斉に振り返った。
武器を構える手は震え、顔はすっかり青ざめてしまっている。
(もしかして、正規の兵士では無いのか?それにしては……)
構えを見た限り素人と大差無い様に思える。
素早く陣形を整えたのは良いが、こんなに近くにいるレイヴンの気配に気付かないとは訓練された兵士にしてはあまりにもお粗末過ぎる。これでは見張りの男の方がまだ幾分か強かった。
「何処から現れやがった!」
「南からだが?それよりも早く増援を呼んでくれ。魔物をまとめて排除したいんだ」
「はあ?何だこいつ⁉︎ イカれてるのか?」
レイヴンは素早く踏み込み、あっという間に九人を気絶させてみせる。
面倒なやり取りは御免だ。
「もう一度だけ言うぞ?さっさと増援を呼んで来い。ここで待っていてやる」
「……ヒイッ!!!」
残された兵士は無様に悲鳴を上げながら街へ向かって走って行った。
(放って置いて凍死されても困る)
レイヴンは兵士達を一か所に纏める事にした。
魔物の死体に腰を下ろして遠目から街を観察してみる。
街は高い壁に囲まれ、入り口には普通の街にしては大袈裟過ぎる程、頑丈そうな門が備えられている。
(北の街に人間や魔物が集まっていると聞いていた割には大きな街ではない。別の場所にいるのか、既に殺されたか……いずれにしても、女王とやらがいるのなら城がある筈。そこを調べてみる必要があるな)
食料を拝借するにしても、街の中で騒ぎになれば住民にも被害が及ぶ可能性がある。
であれば、街の外で魔物と兵士達を全て片付けてしまえば良いだけだ。
強引な方法だが手っ取り早い。
しばらく後、街から敵襲を知らせる鐘の音が響き渡った。
街に明かりが灯り、周囲を照らし始める。
城壁の上には弓兵の姿が複数確認出来た。
やけに分厚い門が気味の悪い音を立てて開くと、先程よりも強力な魔物を従えた一団が出て来た。
(数は三十といったところだな。指揮官風の奴が一人……)
低位の魔物であればもしかしたら使役出来るのかと思っていたのは間違いだった。
指揮官風の男が騎乗している魔物は見た事の無い種類。それも、放たれている強力な気配からSランク程度の魔物であるらしい事が分かった。
一団を先導しているのは先程悲鳴をあげていた兵士だ。
指を指して真っ直ぐにレイヴンの元へ向かって来る。
「これをやったのは貴様か!」
「そうだ。それより、それで全部か?」
「何だと?自分の立場が理解出来ていない様だな。こんな事をしでかして置いて、生きて帰れると思うなよ!」
兵士達は唇をニヤリと吊り上げてレイヴンを哀れむ様に見ていた。
自分達の優位を信じて疑っていない。
そんな余裕に満ちた雰囲気がある。
しかし、レイヴンにはそんな事はどうでもいいのだ。
無力化して必要な分の食料を奪う。それだけだ。
「質問に答えろ。それで全部か?」
「まだ言うか。この魔物達は我らが敬愛する女王陛下より賜わされた物。それを害した貴様は万死に値する!!!」
(女王から?)
「その女王陛下とやらは魔物を操る術を持っているのか?」
「貴様が知る必要は無い。大人しく殺されろ!」
「「「女王陛下の敵に死を!!!」」」
(自分で言っただろうに)
一斉に剣を掲げて女王陛下への忠誠を示し始めた兵士達の顔は高揚し赤くなっていた。
今にも襲い掛かって来そうな兵士達に対してレイヴンは冷静そのもの。
いつも通りの無愛想な顔をして立っていた。
女王が魔物を操って兵力としているのは理解出来た。しかし、それでは人間や動物迄もが引き寄せられていた説明がつかない。
動物の方は食料にもなるが、まさか人間を食べたりはしないだろう。
「最後にもう一度聞くぞ。この街にいる魔物はそれで全部か?」
「貴様程度ならこれでも多いくらいだ。楽には殺さんぞ!」
「……」
どうにもこの指揮官はあまり頭の良い男では無い様だ。
だがレイヴンは先導して来た兵士の目が僅かに横へ動いたのを見逃さなかった。
それはこの街にこれ以上の戦力は無いと言っているのと同じだった。
「いや、もういい。理解した。始めようか」
「ふん!その余裕がいつまで続くか見ものだな」
「相手は一人だが油断はするな!怪しげな技を使うぞ!注意しろ!」
(怪しげな技?……何の事だ?)
レイヴンには技と呼べる物は何も無い。
敵がいれば素早く近付いて斬るか殴り飛ばすだけだ。
確かにクレア程では無いにしろ、一度見た動きを再現する事は出来る。
だが、自分の物では無い。
そもそも技という物はレイヴンの性に合わない。
試しに使ってみる事はあっても、力加減が難し過ぎるのだ。
相手が魔物だけならそれでも良かったかもしれない。けれども、人間が相手では確実に殺してしまう。それでは駄目だ。
リヴェリアやランスロット達の様に基本がしっかりしているのなら使う価値はあるだろう。しかし、レイヴンの戦闘は我流。人間が考えた技を使う為の技術的な土台は無いが、クレアのように真似る事は出来る。ただし、実力の拮抗した、例えばリヴェリアとの戦闘では大して使い物にはならない。
(指揮官を残して後は倒す。いや、面倒だな。情報は街の住人から聞くとしよう)
レイヴンは使い物にならなくなった剣を捨て、もう一本の剣を抜いた。
「かかれッ!!!」
襲い掛かる兵士達の動きは統制の取れた見事な動きだ。
使っている武器は剣、槍、そして捕縛用の鎖。獲物を追い詰める狩人の様に退路を塞ぐ様にしながら攻撃して来る。
槍で間合いを牽制しつつ剣で斬り込む。そして、体勢が崩れた隙に鎖で捕縛といった流れらしい。痛ぶる為にわざと分かり易く動いているのかと思って観察してみたけれども、どうやらこれが本気らしい。
(訓練されていると言っても所詮は人間相手の動きだな。兵士達だけならアレス達でも倒せそうだ)
「くっ!なかなか粘るじゃないか!だが、これならどうだ!!!」
指揮官の乗る魔物の口が開き火球を撃ち出して来た。
かつてケルベロスの放った火球と比べれば可愛い物だ。それでも、普通の冒険者には対処の難しい攻撃には違いない。
レイヴンは火球に向かって剣を振り抜く。
「馬鹿な!!!火球を斬っただと⁉︎ 」
斬られた火球はレイヴンの背後にいた兵士を薙ぎ倒して消えた。
(しまった……つい、いつもの癖が)
「ふ、フハハハハハ!!!驚かせてくれるじゃないか!だが、流石に折れた剣では戦えまい!」
魔剣を使っている時と同じ力で振り抜かれた剣は、レイヴンの力に耐え切れずに真ん中から綺麗に折れてしまった。
慎重に加減をしていたのに、肝心の武器が無くては手加減し難い。というよりも、面倒臭い。
(仕方ない、奴等の武器を使うか)
レイヴンは目の前の兵士に向かって軽く踏み込んで近付き剣を奪った。
「え⁉︎ あれ⁉︎ 俺の剣が……!!!」
「奴は何処だ⁈ 」
「気をつけろ!怪しげな技を使ったぞ!」
奪った剣を軽く振って感触を確かめたレイヴンは、そのまま兵士達の間を走り抜けてあっという間に二十九人と三十体の魔物を倒してしまった。
勿論、人間は生かしてある。
最後に捕縛用の鎖で指揮官を縛って終わりだ。
「さて、残ったのはお前だけだな」
「ば、馬鹿な……私の部下が……女王陛下より賜った魔物達が……こんな……こんなにもあっさり……あり得ない、あり得ない、あり得ない……」
「安心しろ。お前の部下は生かしてある。俺の用事が済んだらまた戻って来る。そうしたら鎖は解いてやる。それまでじっとしていろ。さもなくば……」
「ヒッ……!」
レイヴンの感情の無い赤い目を見た指揮官は、小さく悲鳴を上げると泡を吹いて気絶してしまった。
「困った。軽く脅しただけのつもりだったんだが……」
鎖を解いた後、部下を街へ運ばせようと思っていたのにとんだ誤算だ。
「やれやれ。こういうのにも慣れておかないと。リヴェリア……は駄目だな。ゲイルならこういう状況に慣れていそうだな。今度聞いてみるか」
レイヴンはまだ使えそうな武器を拾って街へ向かって歩き出した。