表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
108/313

生き残る方法と綺麗事

 サラから提案された食料調達の方法は二つ。


 一つ、北の街へ侵入して魔物を排除し、その隙に食料を奪う。


 これはレイヴンとまだ戦えそうな者が数名で囮役となって魔物を引き付けている内に、サラ達が食料を運び出すというものだ。


 二つ、ダンジョンの奥部へと侵入し、食べられそうな爬虫類や昆虫を探す。


 はっきり言ってこれは無駄足に終わる可能性が非常に高い。

 確かにダンジョン内にも食べられる生物が生息している事はある。しかし、地下に閉ざされたままのダンジョンの瘴気は濃い。そうなると、爬虫類や昆虫といった生物がいたとしても魔物化している可能性すらあるのだ。

 そんな物を口にしたらたちまち命を落とすだろう。


「ダンジョンに望みを託すのは止めておいた方が良い。それよりも、街へ行った方が遥かに安全な上、手堅い」


「じゃあ、ちょっと待ってて。今から戦力になりそうな人を集めてくるから」


「その必要は無い。俺一人でいい」


 囮役は体力勝負。そんな事が今のサラ達に出来る筈もない。

 それよりも倒してしまった方が後々の為にもなる。


 痩せて体力の衰えた者を何人連れて行ったところで足手纏いにしかならない。そもそも、それで上手く行くのならダストンが実行しているだろう。


 あの男は狡猾だ。

 それに、人を扱う事には長けている。そんな男が逼迫した状況になるまで動かないのなら、勝ち目が無いと判断したという事だ。

 利益よりもリスクを最小限に抑える事を選んだと見れなくも無いが、単にリスクを恐れたとも言える。

 いずれにしろ、そういう男だ。


「一人なんて無茶よ。レイヴンがどれくらい強いのか知らないけれど、魔物混じりだからってあまり過信しない方が良いと思うわ」


「任せろ。魔物の相手は俺の専門だ。それから、サラ達は街の外で隠れて待機だ。準備が整ったら門を開ける。ただし、持ち出す食料は十日分だけだ」


「十日? それじゃあとても足りないわ。私達にはもっと沢山の食料が必要だもの!」


「駄目だ。街に影響が出てしまっては、今度はあちらが飢える事にもなり兼ねない。一先ずは最低限必要な量だけをいただく」


 サラも一緒に聞いていた住人達も顔を顰める。


 食料の確保は急務。

 奪える時に奪っておかなければ、また飢えてしまう。

 そもそも、食料を奪っていった相手に遠慮する必要など無い。


「向こうも飢えれば良いのよ。そうすれば私達の気持ちも少しは分かるでしょ!」


「サラの言う通りだ! あんな奴等が飢えたって知るもんか!」


「何もかも奪ってやればいいんだ!」


 サラ達の怒りはもっともだろう。けれど、そんなやり方では誰も救われない。

 限られた食料を奪い合うだけではいずれ共倒れしてしまう。


「ならばこうしよう。俺に十日の時間をくれ。その間に俺がどうにかしてみよう。それで駄目なら、また奪うなり好きにしろ。だが、覚えておけ。お前達の考え方では誰も救われない。自らを貶めるだけだ」


 例えどんな理不尽に晒されようとも、高潔さを失えばただの獣と同じだ。

 安易に奪えば良いなどと、醜く歪んだ心は魔物にも劣る。


 状況を変える為には足掻くしかない。

 出来る出来ないなどと考えるよりも、一歩を踏み出す勇気が必要不可欠だ。


 それが今のサラ達にとって苦しい選択であることも理解しているつもりだ。だとしても、それ位の事をしなければ、この状況は打破出来ない。


「そんなの……ただの綺麗事だわ。生き延びなきゃどうしようも無いじゃない!私達には食料が必要なの!」


 確かに綺麗事かもしれない。

 それでも、そうあらねばと自分を奮い立たせるのだ。

 そうでなくては、とても生きているとは言えない。


「なら、お前達はここで待っていろ。そんな考えしか持てない奴を連れて行っても、余計な犠牲が出るだけだ。俺は、お前達が必死に生きようとしていると感じたから力を貸そうと思ったんだ。どうやらそれは俺の思い違いだった様だな。約束通り食料は調達してやる。だが、それが終わったら俺は此処を去る。ただ奪うだけの盗賊に力を貸すつもりは無いからな。これっきりだ」


「……」


 力が無いから諦めるだなんて、そんなものはただの逃げだ。

 状況に甘んじて、自分には何も出来ないと思い込んでいる奴を見ていると反吐が出る。

 それでは何の為に依頼をしたのか分からない。


 他者を不幸にしてまで自分が幸福を得ようとは思わない。

 それが綺麗事だと言うのなら、勝手にそう言っていればいい。


(俺は化け物になるつもりは無い)


 レイヴンはサラ達の元を去り、一人で北の街を目指して歩き出した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 残されたサラ達は誰も言葉を発しようとはしなかった。


 レイヴンに言われた事は正論なのかもしれない。けれども、それは力があるから言えるのだ。

 何も無い自分達に一体何が出来るというのか……。


「サラ、どうするんだ?」


「放っておけよ。一人で何が出来るって言うんだ。もしも食料を持って来たら、その後のことはまた考えれば良いじゃないか」


「……」


 サラは皆の意見に頷く事は無かった。


 レイヴンに助けを求めたのは生き残る為だ。

 危険を犯してまで皆を救う力になってくれる人を探して外に出たからこそ、レイヴンという可能性を得ることが出来た。


 このままでは食事を食べさせてくれるだけで良いと言ったレイヴンの気持ちを裏切ってしまう。

 それに、こんな機会は二度と無いかもしれない。


(このままじゃ駄目!)


 サラは顔を手の平で叩いて皆を見据えた。


「私はとんでもない過ちを犯すところだったわ。いつの間にか心まで痩せ細ってたみたい」


「何言ってんだ?俺達は奪われた食料を取り返して、あいつらに仕返ししてやれればそれで良いじゃないか」


「そうだ!あいつが言ってたのは綺麗事だ!やらなきゃこっちがやられるだけなんだぞ!」


「違う!そんなのはその場凌ぎの苦し紛れよ!根本的な問題を先送りしているだけだわ!」


 初めからサラとレイヴンとでは、見ていた景色が違ったのだ。


 レイヴンが食料が無い状態を解決する方法を聞いたのは、皆が生き続ける為。

 サラが答えたのは、その場凌ぎの安易な解決方法。

 それでは同じ事の繰り返しだ。

 

 これではレイヴンに見限られても仕方ない。


「レイヴンが一人で何処まで出来るのか分からない。分からないけど……助けを求めたのは私達の方よ!皆んな考えてみて。一体何処の誰が、こんな状態の私達を助ける為に協力してくれるっていうの⁈ 私達はこの状況から少しでも早く脱したい。でも、盗賊扱いされて黙っていられないわ!」


 サラの必死の説得は続く。

 それでも、皆は動こうとはしなかった。


 無理も無い。

 威勢の良い事を吐くことは出来ても、それを実行する力も余裕も無いのだ。


「やれやれ、こいつぁどういう状況だ?大の男が揃いも揃ってサラ一人になんて様だ」


「お頭……」


「ダストンさん、聞いてたんですか」


 ダストンは頭を掻きながら皆の前に立った。


 僅かな食料を切り詰めてやり繰りしていたのももう限界だ。

 皆、痩せ細りかつての面影が無い程に変わり果ててしまった。


(正直、もう諦めてたんだがな……)


 ダストン自身、まともな生き方はして来なかった。おおっぴらには言えない事も数え切れない程やって来た。

 そんな自分に出来たのは、どうにか今日まで食料を保たせる事だけ。


 だが、サラはダストンには出来ない事をした。

 皆が絶望と飢えに縮こまっている中、危険を顧みず自分の足で商売相手を引っ張って来たのだ。


 こんな自分だが、娘の後押しくらいしてもバチは当たらないだろう。

 しかも、一発大逆転の大チャンスだ。


 これは元奴隷商人としての勘だ。

 あのレイヴンとかいう魔物混じりからは底知れない力を感じた。

 それが分かっていながら助けを断ったのには理由がある。

 中途半端に希望を抱かせてしまったら、失敗した時にもう二度と立ち直る事が出来ないと思ったからだ。

 ここの住人達にそれを強いるのはあまりにも酷だと考えた結果だった。


「いいかお前ら。商売には目に見える取引とそうで無い取引がある。信用は金で買えるなんてのは商人の思い込みだ。だがな、金で買えない物を買うのも商人だ。信用を失っちまったら商売は成り立たない。ましてやこの状況……金がいくらあったところで、何の役にも立たねぇ。ならどうするよ?俺達は商人だぜ?だったら買うしかねぇだろ!ぐだぐだ言ってねぇで、さっさと準備しやがれ!!!」


「「「は、はい!」」」


 ダストンの部下と動ける住人数名が一斉に動き始めた。


「お父さん、ありがとう!」


「けっ!これはお前が始めた取引だ。なら、最後までやってみろ。ったく、こんなやり方教えた覚えはねえってのに……」


 ダストンはそれだけ言うと、また頭を掻きながら家の中に入って行った。



 サラ達に用意出来たのは今にも壊れそうな荷車が三台と、魔物を撃退する為の錆びた剣が数本だけ。勿論、非常用の食料なんて物は無い。


「私達には魔物を倒す力は無い。遭遇したらまず間違い無く死人がでるわ。だから、行きたくない人は残っても良い。私一人でも行く」


「行くよ。正直、お頭があんな事言うなんて思わなかった。俺達は成り行き上こんな事になっちまったけど、元は商人だ。損得勘定は得意だけど、臆病者じゃ無い。盗賊でも無い。あそこまで言われたら行かないわけにいかないだろ」


「俺は……」


「迷っているのなら残っても良い。誰も責めたりしないわ」


「……すまない」


 結局、サラと共にレイヴンの後を追いかける事に同意したのは、たったの五名。

 それでも、この状況でよく決断してくれたと思う。


(レイヴンに会ったら謝らないと……)


「準備は良いわね?」


「「「おお!!!」」」


「その意気よ!帰りは荷車をいっぱいにして戻ってくるわよ!私達は生き残る!」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ