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サラの依頼

 どうしてこんな所に?だとか、世界を隔てる壁をどうやって?だなんてどうでも良かった。


 レイヴンの中に湧き上がる感情を言葉にするなら“恨み” 、“憎悪” 、そう言った類のものかもしれない。

 けれども、不思議と怒りは湧いて来なかった。


 『三十二号』


 男はレイヴンの事をそう呼んだ。

 懐かしくも忌々しい呼び名。


 思い出せるのは理不尽な暴力と激しい飢え。

 楽しかった思い出など何も無い。

 いつも時間が過ぎるのをじっと堪えて待っていた。


 あの時の男の顔はよく覚えてはいない。

 名前も知らない。


 男は随分と老いてた。

 痩せ細った体が年齢よりも老けた印象を与えているのかもしれない。


 白髪混じりの髪としわくちゃになった顔には当時の面影は無い。

 それでもあの時の男だと気付いたのは、顔に刻まれた深い傷跡を覚えていたからだ。


 まさかあの時の奴隷商人が父親になっているとは思わなかった。

 この男は普通の人間だ。

 サラが魔物混じりと言う事は母親もそうなのだろう。


(俺が認めるのは簡単だ。だが……)


「……人違いだ。俺の名はレイヴン。冒険者レイヴンだ」


 レイヴンは自分がかつての三十二号である事を伏せた。


「レイヴン……あ、ああ、そうだよな……あの時の子供が生きている筈が無い。生きてる筈が……」


「お父さん?どうかしたの?」


「い、いや。何でもない。俺の名前はダストン。この集落の世話人をしている」


「世話人? 村長では無いのか?」


 地上にあった村の住民が移住しているなら村長がいる筈。しかし、ダストンは自分の事を世話人だと言った。


 レイヴンの記憶に残っているダストンのイメージは最悪だ。

 けれど、サラからは悪意を感じなかったし、ダストンの雰囲気も幾分変わった様に思う。


 何があったのかは知らない。

 だからと言ってダストンがやって来た事が許される訳では無いのだ。


「村長はとっくに死んだよ。俺は元々この辺りの人間じゃないんだがな。何の因果か、偶然村に迷い込んで世話になってた縁でって……くそ! 何で俺はこんな事話してんだ?まあ、とにかくだ。この場所にいる連中はあちこちから自然と集まって来たんだ。まあ、半分はサラが拾って来たんだがな」


(拾った?)


「レイヴンだったな。せっかく来てもらって悪いんだが、此処にはもう新たに住人を迎える余裕は無い。サラが迷惑をかけた。食料が欲しいなら他の集落をあたってくれ」


 ダストンはそれだけ言うと家の中へ戻ってしまった。


「ちょっと、お父さん!せめて話だけでも!」


「黙れ!お前はもう外へ出るな!」


「そんな事言わずに……!ねえったら!」



 レイヴンは家の外で親子喧嘩を聞きながら情報の整理をしていた。

 ここまでで分かった状況と言えば、「人間同士の争いの果てに村は滅び、地下での生活を余儀無くされた」だ。

 どうにも最初の思惑とはズレてしまった。


(どうするかな。俺を連れて来た連中と何か関係がありそうではあるが……)


「あの……すまんが、何か食べる物を持っておらんかね? 」


「うちの子に何か食べさせてやりたいんです。何でも構いませんから……」


「もうずっと水しか口にしていないんです……お恵みを……」


 いつの間にか住人達に取り囲まれていた。

 皆、痩せ細った手を差し出して来る。


 けれど、レイヴン自身荷物を失っている為に食料が何も無い状態なのだ。


「すまない。俺も何も持っていないんだ」


「そ、そんな……」


「ああ、これからどうすれば良いの……」


(参った……どうにかしないと不味いな)


 この極寒の地にまともな食料が無いと考えるのはまだ早い。

 レイヴンを連れて来た連中は、ここの住人達の様に痩せ細ってはいない。必ず食料の備蓄、或いは輸送経路がある筈なのだ。

 だが、レイヴンには魔物を倒す方法なら答えられても、飢えで困っている人をどうやって助けてやれば良いのか、良い案が浮かんで来ない。

 周囲の探索を行って情報を集める他に手段が無いのが現状である。


(野草の一つでもあれば話は違ったんだが、この天候ではな……)


 食料があれば事態は好転するなどど安易に考えているつもりは無い。


 空腹は人間を変えてしまう。

 この場にいる者達に理性が残っているのは驚異的だ。


 先ずは、厳しい環境の中で今まで何を食べて生き延びていたのかを含めて、諸々サラから話を聞いてみる必要があるだろう。



 丁度、その時だ。サラが家から出て来た。


「サラ、教えて欲しい事があるんだがーーー」


「ごめんなさい!普段はあんな風に起こったりしないんですけど、今は駄目みたいで……」


 サラが必死に頭を下げて謝って来た。

 しかし、レイヴンはそんなサラに頭を上げさせる。


 ダストンがどう言ったところで、ここの惨状を見た後に知らない顔は出来ない。どの道食料は必要なのだ。ならば、可能な限り情報を集めて今後の対策を練るべきだ。


「それは別に構わない。それよりも、この辺りの事について教えてくれ。食料がありそうな場所もだ」


「え、でも……」


「乗りかかった船というやつだ。食料くらいはどうにかしてやる。力を貸せと言ったのはサラだろう?」


「だけど……」


「良いから言ってみろ。出来るかどうかは聞いてから判断する」


 今更渋るサラの様子に疑問を感じたレイヴンは詳しく事情を聞いてみる事にした。



 サラの話は驚くべきものだった。

 それはレイヴンがこの地へ来る前に聞いた話よりも奇怪なものだ。


「では、その女王とやらがこの地を氷の世界に変えたと言うのか?」


「ええ、私達が今まで聞いたり集めた話を纏めるとそういう事になるわ。それに貴方を連れて来たのが初めてじゃないの。他にも何人もあの牢屋に入れられたのを見たわ。でも、その人達は牢屋の中で……」


「そうか……」


(どおりで牢が空っぽな訳だ)



 女王は何か不思議な力を使って人間や魔物をこの地へ引き寄せているという。


 食料については北の街に行けばあるそうだ。

 周囲の村や集落から食料を根こそぎ奪っているのもそこの連中らしい。


 だったらこっそり侵入して奪い返しに行けば良いと言ったら、その街には入れないと言われてしまった。

 なんでも、女王を信仰する組織の本拠地になっているらしく、近付いただけでも襲って来るそうだ。

 食料の確保に必死なのだとしても、これは明らかにおかしい。

 それではただの狂信者だ。


「女王とやらについては俺が調べてみよう。今まで誰も歯向かったりはしなかったのか? 相手は兵士や冒険者では無いのだろう?」


「あの街にいる信者達の中に魔物を操る奴がいるの。私達ではとても……」


(魔物を操る?)


 魔物は本能に従って行動する。

 高ランクの魔物なら知能が高い個体も存在するが、人間に従う様な奴等では無い。

 仮に催眠系の魔法を使ったとしても、せいぜいが動きを一定時間止める程度。しかも、低ランクの魔物にしか通用しないのだ。


(となると、他の要因か。…待てよ? そもそも何で俺はこの地へ来たんだ?失われた過去の記憶に繋がる手掛かりを探して……いや、ステラの?トラヴィスの?何故だ……思い出せない)


 突然黙り込んだまま考え込むレイヴンを見たサラには、その理由に思い当たる節があった。


「もしかして、此処へ来た理由が思い出せないんじゃあ……」


「何故分かった?」


「やっぱり。貴方も多分、女王に引き寄せられたんだと思う。そうなってしまうと気付かないうちに北を目指してしまうのよ。効果が及ぶ範囲は分からないけど、魔物混じりや魔物は、もっと広い範囲で引き寄せられているみたいなの。私のお母さんも……」


「そうだったのか」


 ダストンがこんな場所にいる理由が少しだけ分かった。

 しかし、世界を隔てる壁を越えた方法は分からないままだ。


(魔物混じりに魔物。魔物の血が原因……?いや、違うな)


 そうであれば、普通の人間まで引き寄せられる理由が分からない。


(こういう時はマクスヴェルトみたいな奴でも助言が欲しくなるな。奴の知識は役に立つ。せめてユキノかフィオナと連絡が取れれば……)


「このまま考えていても腹が空くだけだな。サラ、他に食料のあては無いのか?」


「あるにはあるけど、それは本当に最後の手段だから……」


(面倒な)


「全部話せ。この状況をどうにかしたいのだろう?どんな情報でも良い。何が役に立つか分からないからな」


「どうして……?どうしてそんなに力を貸してくれようとするの?確かに私がお願いした事だけど、貴方には何の利益にもならないのに」


 レイヴンは何を言っているんだと言わんばかりに首を傾げた。


「力を貸せと言ったからだ」


「それだけ?」


「そうだ。充分だろう」


 サラは珍しい生き物でも見るような目でレイヴンを見つめていた。


 父親のダストンは元商人。

 サラはずっと父親から仕事のノウハウを教わって来た。

 仕事にはそれに見合う対価を。時には投資の意味と、信用・信頼を買う意味を込めて報酬を割り増ししたりもする。けれど、基本は何をするにも適正な対価で請け負うべきだと口酸っぱく言われたものだ。


 与え過ぎても貰い過ぎても駄目。

 互いの損得が折り合う事。その一点に重きを置く。


 それが一番リスクが低く堅実な方法だと。

 そう教わって来たのだ。


 しかし、レイヴンは口約束にしか過ぎない依頼を充分だと言い切った。

 こんな事を言う人間は初めてだ。


「貴方変わってるわ。私に払える物は少ないけれど、必ずお礼はする」


「必要無い。と、言いたい所だが、そうだな。食料が手に入ったら何か食べさせてくれ。それで手を打とう」


「そんな事で良いの?」


「こんな状況だ。温かい食事は金よりも価値があるだろう?」


「ふふ。本当に面白い人ね。貴方を助けて良かった。良いわ。改めて貴方に……冒険者レイヴンに依頼するわ」


「ああ」


「お願い、私達を助けて」


「問題無い」


 依頼として引き受けたレイヴンはサラと握手を交わした。

 契約書など無くとも、助けを求められたのなら応えるまでだ。

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