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くだらねえ

 リヴェリアとマクスヴェルトの衝撃的な告白は、皆から声を奪うには十分だった。


 既に七度同じ時を繰り返し、その全てで魔物堕ちしたレイヴンが世界を滅ぼしたという。

 そしてまた、何事も無かったかのように再び世界は同じ時を刻んで来た。


 ならば今回もレイヴンは……。


「ま、待って下さい、お嬢。冗談にしても限度がありますよ!」


「同じ時を繰り返していただなんてとても……とても信じられません」


「魔法?魔術?どっちも違う。そんなのあり得ない……」


「どういう事?じゃあ、私達は知らない間に死んだり生き返ったりを繰り返していたの?」


「そんな馬鹿な。冗談なんだろお嬢?な?悪ふざけは無しだぜ?そ、そうだ。菓子でも食うか?腹が減って訳の分からん事言っちまっただけなんだよな?」


 幾ら何でも突拍子も無い話だ。


 嘘であって欲しい。

 冗談だと言って欲しい。


 けれど、その期待を裏切るかの様に、リヴェリアの金色の目が揺らぐ事なくユキノ達を見つめていた。


「本気か……」


「ああ。本気だ。冗談でこんな事を言ったりはせぬ」


 ガハルドは力が抜けた様にストンと椅子に座ったまま動かなくなってしまった。

 他の皆も同じだ。


 平静を保っているのはルナとゲイルだけ。


 リヴェリアは静かに拳を握る。


「先程の質問に答えよう。五度目と六度目にユキノ達と出会う事が出来た。私はその出会いによって、最初の可能性が生まれた手ごたえを感じていた。しかし、いくら同じ時を繰り返していると言っても、運命とはどう転ぶか分からないものだ。それでもレイヴンの魔物堕ちだけはどうにもならなかったがな。お前達が存在する為には、なるべく外的な要因を同じにする必要があった。そこで私とマクスヴェルトはお前達が存在した五度目と六度目の世界の状況を出来得る限り再現する事にしたのだ。世界を隔てる壁はレイヴンから世界を守ると同時に、人の移動を制限する為でもあったのだ。全てはお前達と再び出会う為に行った事だ……」


 偽りの王政を布いたのも、王家直轄冒険者という肩書きを用意したのも、強大過ぎる三人の力に違和感を抱かせ無い為。


 冒険者組合という制度を導入したのは、情報の収集を円滑に進めると同時に魔物の数を減らす為であった。

 レイヴンを救う前に世界が滅びては意味が無いからだ。


「それはつまり、君達は世界の流れを調律したって事? 何それ。神様にでもなったつもりなの?」


「ルナちゃん……」


 世界の流れを意図的に操り、同じ人間が生まれる様に環境を整える。

 その行いは神にも等しい。


 けれども、そんな事は許されない。

 どんな大義名分があったとしても、自然の摂理を人の手で歪める行為は傲慢に過ぎる。

 あってはならない事だ。


「正直に言う。私は世界が救いたい訳では無い。ただ……レイヴンに普通の人間として生きて欲しい。それだけだ。それが結果的に世界を救う事にもなる。だからこの中央大陸に願いをかけた」


 ーーーーーー願い?


(どうして私は今……)


「僕もリヴェリアと同じだ。レイヴンには恩がある。それを返したい。時を止めた魔法は僕が作った訳じゃ無いよ。ある種の呪い。願望という名のね……」


「全ては私の我儘だ。皆を巻き込んでしまった事は済まないと思っている。先程も言ったが、今回はお前達がいる。私とマクスヴェルトだけではどうにもならなかった。……だから!」


 ーーーー皆の力を貸して欲しい。



「くっだらねぇ」


 リヴェリアの言葉を遮ってランスロットが口を開いた。


「今、何と言った……?」


 リヴェリアは拳が真っ白になる程強く握りしめてランスロットを睨む。


 何がくだらないものか。

 この数百年、ずっとレイヴンを救う事を考えて生きて来た。

 何度も何度も同じ過ちを繰り返しながら、ようやく見えた道筋をくだらないの一言で終わらせるのは我慢ならない。


「くだらねぇって言ったんだ」


「貴様……ッ!!!」


「リヴェリア! よせ!」


 マクスヴェルトがしがみ付いてリヴェリアを止める。


 リヴェリアの手はいつの間にかレーヴァテインの柄を握っていた。


「レイヴンが魔物堕ちして世界を滅ぼした? だから、今度はそうならないように俺達の力を貸せってか? 世界の流れとやらを操ってまで? 」


「そうだ! お前達が居ればレイヴンは人間でいられる!!! 今度は魔物堕ちしないかもしれないのだ! それを……!」


 鬼の形相で今にも斬りかかろうとするリヴェリアに対して、ランスロットは気怠げな視線を返した。


「やっぱくだらねぇわ。レイヴンが魔物堕ちしないように皆んなで優しくしましょうってか? 要は、腫れ物みてぇにレイヴンを扱えって事じゃねえか。お前ら二人が何だってそこまでレイヴンに拘るのか抜きにしても、俺は御免だね」


「何だと⁉︎ 」


「リヴェリア!よすんだ!ランスロットもそれ以上喋るな!」


「お嬢!抑えて下さい!」


「止まれお嬢! くそっ…!なんて力だ!」


 ユキノ達が必死にリヴェリアを押さえているのに、剣を握った手はゆっくりと動いて止まる気配が無い。

 ガハルドの怪力でもびくともしない。


 ランスロットは立ち上がると、鼻息を荒くするリヴェリアの前に立った。


「俺はあいつのダチだ。少なくとも俺はそう思ってる。リヴェリア、ダチってのは腫れ物を触るように接する関係の事なのか? 俺はあいつが困ってたら助けてやりてぇ。でもな、見返りなんざ考えた事もねぇよ。あいつだってきっとそうさ。俺達は何も特別な事をする必要は無いんだよ。いつもと同じ様に構えてりゃ良いんだ。過去だの未来だの、そんなもん知るか。俺達はただ、あいつが帰って来た時に馬鹿騒ぎして、笑って迎えてやりゃ良いんだよ」


 リヴェリアはランスロットらしい言葉だとは思っても、それで解決出来るなら、そもそもこんな事になっていないと考えていた。


「あの……私もランスロットさんに賛成です。リヴェリアちゃん、私は今のレイヴンさんなら大丈夫だと思います。知ってますか? レイヴンさん、最近よく喋る様になったんですよ。それに、時々ですけど笑う様にもなりました」


「……」


「確かに私達魔物混じりには、いつも魔物堕ちの恐怖が付き纏います。怖くて眠れない日もあります。でも、レイヴンさんならきっと大丈夫。根拠なんかありませんけど、私達が思っているよりもずっとレイヴンさんは強くて優しいです。ただ、最近は感情のコントロールが出来なくて戸惑っているようにも感じました。私達に出来る事があるとすれば、ランスロットさんの言う様に、一緒に笑ったり出来る関係である事だけだと思います」


「……だが」


「リヴェリア、皆の話も正しい。僕達はこういう可能性を示してくれる仲間を待っていた。違うかい?」


 感情の発露。

 その事にはリヴェリアもマクスヴェルトも気付いていた。

 けれど、ランスロットの言葉を聞いて、レイヴンを仲間だとは思っても友人だとは思っていなかった事に気付かされた。


 救う事ばかり考えて、大事な事を見落としていた。


(私は馬鹿だ。あの人に言われたばかりじゃないか……)


「レイヴンはきっと大丈夫……です。でも、その……」


 クレアが言い難そうにしているのを見たルナが代わりに喋る。


「もし、レイヴンが魔物堕ちしたとしたら、私達じゃどうにもならない。だったらせめて、後悔しないように精一杯笑って生きるしか無いよ。それに、レイヴンには魔物堕ちしない為のコツを教えてあるから大丈夫じゃないかな? 今まではクレアや僕達とは出会っていないんでしょう? 」


「そ、そう!それ!私達に何が出来るのかよく分からないけど、私はレイヴンと一緒にいると楽しい!」


「くうぅ…!!!クレアちゃん可愛いですぅ!」


「お前、緊張感続かねえな」


「「「あはははは!」」」


 その通りだ。

 今までのレイヴンは誰とも関わらないまま、ずっと孤独なまま魔物堕ちして世界を滅ぼした。


 感情の揺らぎも無い。

 ただ生きる為だけの剣を振るっていた。


「私からも一言言わせて欲しい。本来、私は部外者だが、世界が滅ぶとあっては無関係ではいられない。レイヴンの力はあまりに強大な上、未だに成長を続けている。仮に魔物堕ちしたなら、力は何倍にも膨れ上がるだろう。そうなったら終わりだ。しかし、この間剣を交えてみて分かった事がある。この者達が言うように、以前よりも感情が豊かになったと感じた。剣に魂を感じたのだ。魔物堕ちが避けられないとしても、強い意志があれば人間の側に留まる事が出来る。私自身がそうだった様にな。レイヴンを救う手立てがあるとすれば、感情の制御を促す他あるまい。レイヴンには魔物堕ちから私を救ってくれた不思議な力がある。意識が残っていれば自分にその力を使う事も出来る筈だ」


「ははっ、何だよゲイル。随分長い一言だな」


「ふん、私の目的は帝国の再建だ。レイヴンに滅ぼされては敵わんからな。それに、あんなに真っ直ぐな男をむざむざ死なせたくは無い」


 ゲイルの長い一言は皆の表情を明るくさせた。

 

 レイヴンがどういう人間なのか、ここにいる者が一番よく分かっている。


「その通りだぜ!リヴェリアもマクスヴェルトも難しく考え過ぎなんだよ。同じ時を繰り返すとか意味不明過ぎて俺には良く分からねえよ。けど、ここにいる連中は皆、レイヴンの事が好きで集まった変わり者だぜ?それにな、お前達二人はレイヴンを救うだの何だのって言うけど、レイヴンはいつだって自分で切り開いて来たんだ。あいつはとんでもなく不器用な奴だけど、自分に嘘はつかない。お前ら何百年も見て来たんだろ?たかだか十年にも満たない付き合いしか無い俺達でも分かるぜ。なあ、皆んな?」


「ふふふ、確かにそうね」


「馬鹿の癖に良い事言うじゃない」


「馬鹿は余計だろうが!こんな時に冗談言うなよな」


「あら?こんな時だから言ったのだけれど、伝わらなかったかしら?」


「だから馬鹿なのよ」


「お前らな……」


(どうしてお前達はそんなにも……)


「リヴェリアちゃん、一緒に生きましょう。もしも……もしも、その時が来たとしても、きっと誰も後悔なんてしませんよ。レイヴンさんはレイヴンさんです」


(ああ……何て事だ。私がずっと心に抱えていたモヤモヤした気持ちが嘘みたいに晴れていく……)


「お嬢。私達も同じ気持ちですよ」


「ま、俺達はお嬢の事がが気に入ったから此処に居るんだしな」


「ランスロットじゃないけれど、私達も正直言って世界がどうとかよく分かりません。でも、貴女がもし悩んでいるのなら力になりたいと思います。レイヴンが皆を引き寄せた様に、私達はお嬢に惹かれて此処に居るのですから」



 リヴェリアは体の力を抜き、目を閉じて深く息を吸い込んだ。



 共に生きる。


 たったそれだけの事だったのだ。

 見守るのでも手を伸ばすだけでも無い。

 歩み寄り、そして隣を歩いてやれば良いのだ。


 歩幅が違っても良い。

 同じ景色を見よう。


 誰かが立ち止まったなら一緒に悩めば良い。


 そして共に笑うのだ。

 明日という日を迎える為に。



「参ったな…可能性を潰していたのは僕達自身だったみたいだ……。どうして気付かなかったんだろう……。僕達の後悔なんてレイヴンには何も関係無いのにね」



 手を伸ばせば可能性などいくらでもある。


 本当にその通りだ。



 同じ時を繰り返し、その度に後悔した。


 ああすれば良かった。

 こうしておけば良かった。

 次こそはこうしよう。


 けれども、答えに辿り着く事は無かった。


 そして八度目。

 可能性は揃っていた。



「ああ……本当に、本当にありがとう皆んな」


 リヴェリアの金色の目から大粒の涙が零れ落ちた。

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