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北へ

第二部 第一章始まります。

宜しくお願いします。

 

 氷に覆われた北の大地に夜が明けない街があるという。


 そこは太陽の光の届かない場所。

 作物の育たない不毛の地。


 人間も魔物も精霊も、北の大地に生きる者は全て、その夜が明けない街に行ったきり帰っては来ない。

 それでも、街へ移住を希望する者が後を絶たないという話だ。


『あの街には必ず何か秘密がある』


 そう言って大まかな場所を教えてくれた村人の目は、既に見えない何かに取り憑かれている様だった。




 世界を隔てる壁の向こう側、北の山脈の頂上にレイヴンの姿があった。

 眼前に広がるのは一面氷に覆われた大地。


「想像以上だな」


 マクスヴェルトから北の大地についての情報を聞いてはいたが、これは予想以上に厳しい環境の様だ。

 レイヴンは、いつもの無愛想な顔を分厚いコートで覆い隠す様にして氷の大地に足を踏み入れた。



 遮る物が何も無い。

 冷たく凍てつく冷気が体力を奪っていく。


 何処までもかと思われた氷の地平線の先、建物から煙が上がっているのを見つけてホッとする。


(どうにか暖が取れそうだ)


 けれど、いくら歩いても街へ近づかない。

 吹き荒れる冷たい風は激しさを増すばかりで、視界も悪くなって来た。

 流石にこのままでは街へ着く前に凍死してしまう。


 レイヴンは仕方なく魔剣の力を使うことにした。

 

 翼があれば街まではそうかからないだろう。

 吹雪の中空へ上がるのは危険だが、このまま手をこまねいていても拉致があかない。


「起きろ」


 いつもの様に魔剣に魔力を流しても、何も反応が無い。

 力が抜けて行く様な感覚に違和感を感じたレイヴンは、直ぐさま魔剣の発動を中断した。


(どういう事だ? 反応が無い)


 暴走する事はあっても、力が使えないなどという事は今まで一度も無かった。


 魔剣に埋め込まれた心臓は沈黙を保っている。


 この土地特有の現象なのか、レイヴン自身の影響なのかは分からない。もう一度魔力を流してみても結果は変わらなかった。魔力が抜けて行く様な違和感がある。

 けれど不思議な事に魔力を失っている訳では無い様だ。


(じっとしている間にも体力が奪われていくだけだ。仕方ない、先へ進むとしよう)


 人がいれば良いが、この吹雪では誰も出歩いていないだろう。

 街らしき建物が見えているだけマシだと思う他無い。


 途方に暮れたレイヴンは、再び吹雪の中を歩き始めた。




 暫く歩いていると、目の前に三人組が現れた。


「何者だ?」


「私達はこの先にある氷の街に住む者」


「旅のお方とお見受けします。さぞお疲れでしょう」


「私共が案内致します。付いて来て下さい」


 明らかに怪しい。

 全員フードを深くかぶっていて顔が見えないのもそうだが、声は無気質で淡々としており、とても旅人を心配して声をかけている様には思えない。


 三人は薄いマントを一枚羽織っているだけ。

 凍てつく寒さと吹雪の中、あまりに軽装過ぎる。


 とにかく警戒して置いた方が良さそうだ。


「場所だけ教えてくれれば良い」


「……そうですか」


「街へはこのまま真っ直ぐに"進めれば” 着きます」


 一瞬、風に吹かれたフードの影からニヤリと釣り上がる唇が見えたような気がした。


「では、お気をつけて」


 怪しげな三人は足跡だけ残して吹雪の中へと消えて行った。


(真っ直ぐ進めれば、とか言いていたな。この先に何か障害でもあるという意味か)


 三人の言葉がどうにも引っかかる。

 あっさりと引き下がったのも変だ。


 だが、仮に罠をはっけんしたなら破壊してしまえば良いだけの事。

 魔剣の力が使えずとも魔物を倒すだけなら、素手でどうにでもなる。


(不気味な連中だったな。まあいい、先を急ごう)


 レイヴンは三人が去って行った方角に向かって歩き始めた。




 どれだけ歩いただろうか。街は一向に近付かない。

 流石のレイヴンも体の震えが止まらなくなって来ていた。


(不味いぞ……)


 手はかじかみ、全身の感覚が鈍くなっている。

 その上、強烈な眠気が何度も襲って来るので意識を保つのも困難になって来た。


 ふとレイヴンの頭に浮かんだ。


 “どうして北を目指していたのだろう?”


 何か目的があった筈なのに思い出せない。



「旅のお方。またお会いしましたね」


 いつの間にか先程会ったフードの三人組が目の前に居た。


「また……お前達か」


「ふふふ……」


(何だ⁈ 視界がボヤけて……)


「随分時間がかかりました」


「……!」


 深くかぶったフードの奥に見えた目が赤く光ったのが見えたところで、レイヴンの意識はふつりと途切れてしまった。



 倒れたレイヴンを見下ろす三人はフードを外してニタリと笑う。


 その顔は雪の様に白く、不気味な程に似ていた。

 目は赤く、三人が魔物混じりであると証明している。


「これは良い餌になる。大事にしないと」


「あのお方もお喜びになるでしょう」


「この()()()は何? 凄い魔力を持っている割に随分と安物を使っているのね」


「捨てて行きましょう。餌があればそれで良い」


 三人はレイヴンを担ぐと、吹雪の中へと姿を消した。




 誰の気配も無くなった後。

 氷の大地に横たわる魔剣は、静かに鼓動を始めた。


 ドクン、ドクン、ドクンーーーー


 主の危険を伝える様に繰り返し繰り返し。


 ドクン、ドクン、ドクンーーーー


 そう、魔剣は反応しなかったのでは無い。

 危険を察し、姿を変えていたのだ。


 魔剣は鼓動を続ける。

 まるで意思が宿っているかのように。





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「レイヴンが北へ?」


 リヴェリアの書斎にやって来たマクスヴェルトは、いつもの様に定期報告を行っていた。


「そうなんだ。北へ向かった時に、おかしな街の噂を聞いたらしくてね。ミーシャからの伝言で、結界を解いて通してくれって言うから、念の為に軽く偵察して分かる範囲の情報は教えたんだ。あそこは一年中氷に閉ざされていて、人が生きて行くには最悪の環境だけど、中央を取り囲む国々の中では、ある意味レイヴンにとって一番安全な場所だからさ。けど、帰ってから改めて調べてみたら、少々厄介な場所だと分かってね」


「厄介? それはレイヴンの手に余るという事か?」


 レイヴンの持つ圧倒的な力があれば大抵の事はどうにでもなる。

 問題があるとすれば、相手が魔法使いであった場合だ。攻撃魔法であれば問題無い。しかし、魔術の様な幻術を使用する相手となると面倒だ。


「そうじゃ無いよ。ただ、あの北の国にいる女王がどうにも厄介そうな存在なんだ。出来ればその女王に出会う前にレイヴンを連れ戻したいんだけど、僕の精霊魔法では居場所が掴めなかったんだよ」


 精霊魔法を使っても居場所が特定出来ないのは変だ。

 マクスヴェルトであれば、ミーシャの使役する風の精霊ツバメちゃんよりも上位の精霊を呼び出せる。


「という事は今……レイヴンは行方不明?」


「有り体に言えばそうなるね」


 リヴェリアは食べかけのクッキーを置くと、机を叩いて立ち上がった。


「呑気に茶を飲んでいる場合か!!! 直ぐにレイヴンを探さねばならんではないか!」


「落ち着きなよ。今すぐどうこうなる物じゃない。レイヴンを探しに行く前に、僕はそろそろ皆んなに本当の事を話すべきだと思うんだ。僕達二人が、そう何度も中央を離れる訳にもいかないでしょう? レイヴンを探すのはランスロット達に任せるべきだ」


「しかし……」


「リヴェリア、新しい可能性は既に始まっているんだ。だからレイヴンが結界の外へ出る事に何も言わなかった。違うかい?」


 新しい可能性。


 それはレイヴンが自ら切り開いた道。

 新しい未来への道筋の事だ。


「分かった。では、今直ぐに皆をーーー」


「待った。その前に魔法を解除してもらわないと。僕には解けないの知ってるでしょう?」


「私が言わないと駄目か……?」


「何当たり前の事言ってるのさ。君以外の言葉を聞く様な人じゃ無いんだから仕方ないよ」


「うう……」


 必要と分かりつつも渋るのには訳がある。

 それは今から会う人物が、リヴェリアがこの世で最も苦手としている人物でもあるからだ。


 この中央には王家など存在しない。

 宮殿にいるのは、王族でも貴族でも無い。


 王宮の門を通り抜けた先、そこには世界を欺く魔法をかけた人物の住う場所へと繋がる門がある。


「覚悟したんじゃ無かったのかい?」


「煩い! 私にだって苦手なものくらいあるのだ!」


 リヴェリアは勢い良くドアを開けると、憂鬱な顔を浮かべながら王宮へと向かって行った。


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