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再会

 

 食事の後、マクスヴェルトに呼ばれたレイヴンは、転移魔法でマクスヴェルトの屋敷に来ていた。


「確か、ルナの記憶が失われていないという話だったな」


「そうだよ。手紙にも書いたけど、誰とも話さない。頷いたり首を振ったりはするけれどね」


「そうか」


 案内された部屋の隅にルナはいた。

 明かりも着けず、膝を抱え俯いたままの姿勢でじっとしていた。


「ルナ。俺だ、レイヴンだ」


「レイヴン……?」


「ああ、そうだ」


 ルナは顔をレイヴンの顔を見るなり、レイヴンに飛び付いて来た。


「うわああああああん!!! 何でもっと早く来てくれないんだよ! 気付いたら記憶があるままだし! 体も成長してるし! 知らない人ばかりだし! とても不安で……不安で……」


「す、すまない。だが、もう大丈夫だ。この屋敷の主人はマクスヴェルト。少々ムカつく奴だが信用は出来る。此処での生活に慣れるまで頑張れそうか?」


「やだ。レイヴンについて行く。もう一人は嫌だ!」


「ムカつくって君ねぇ……」


 ルナはがっちりとレイヴンに抱き付いて離れようとしない。

 記憶が残っているのは予想外だが、新しい体の事もある。何の訓練も無しに連れて行く訳にはいかない。


(どうしたものか……)


 レイヴンの旅は危険だ。

 戦う力が無いルナを連れて行ってもしもの事があったらと思うと気が気では無い。


 ここは一先ず説得を試みて見る事にした。


「それはダメだ。お前は戦闘が出来ないだろう?」


「魔法なら使えるよ」


「魔法?」


 マクスヴェルトが教えたのかと顔を見るが、マクスヴェルトは首を横に振って否定した。

 それはそうだ。今まで会話もしなかったのだから教えられる筈もない。


「元々僕は魔法、魔術への適応がし易い様に造られたから、ある程度の魔法は使えるんだ。だけど、記憶はあってもまだこの体で魔法を使った事は無いよ。で、でも! 直ぐに慣れるよ! だから連れて行ってよ!」


「……」


 レイヴンはどうするべきか迷っていた。


 ルナを置いて行くのは忍びない。しかし、クレアの件もある。

 魔法が満足に使えるかも分からない状態で旅に連れて行くのはやはり危険だ。


(そうだ……)


「ルナ。剣聖リヴェリアの元にクレアという少女がいる。クレアと一緒に訓練を積め。一年後……いや、もう一年も無いが、その時に迎えに来る約束をしている。その時までにお前が戦える状態になっていたら一緒に連れて行っても良い」


「クレア?」


「ルナと同じ、造られた存在。魔物堕ちしたのを助けた」


「あの時の……」


 ルナは何かを思い出す様にして視線を伏せた。


「まさか、覚えているのか?」


「うん。ぼんやりとだけどね。そっか、あの子が……」


 しばらく考えていたルナは、意を決した様に頷いた。


「分かった。それまでにちゃんと戦える様になっておくよ。でも……」


「どうした?」


「絶対! 絶対絶対絶対! 絶対迎えに来てよね! もう一人は嫌だよ……」


「分かった。必ず迎えに来る。約束だ」



 魔法についてはマクスヴェルトが協力を申し出てくれたおかげでどうにかなりそうだ。

 マリエに魔法を教える為の予行演習に丁度良いとかなんとか言っていたが、悪い様にはならないだろう。その位には信用出来る奴だ。



 ルナをクレアと会わせる為にリヴェリアの元へ向かう事にした。

 一緒に旅をする事になるかもしれないのなら、早いうちにお互いの事を知っておいた方が良いと思ったからだ。

 しかしーーーー



「むう! どうしてそんなにくっ付くの!」


「僕のレイヴンだよ!」


「違うもん! 私のレイヴンだもん!」


 顔を合わせるなりくだらない言い争いを始めてしまった。

 お互いに緊張した様子は無いので一先ずは安心だ。


(おい、俺は誰の物でも無いぞ……)


「あははは! これは随分と面白い事になったな」


「ああ……二人共可愛いですぅ」


「何であの無愛想な顔が良いのかねえ。俺の方が良い男だろ?」


「あ、それは無いです」


「否定早ッ!」


「でも、何だか雰囲気が似ているわね」


「それについては私から追々話す事もある。皆、今はルナがここの生活に早く慣れる様に協力してやって欲しい。我々の大切な仲間だ」


 こいう時、リヴェリアの対応の早さは助かる。

 レイヴンでは成り行きを見守るばかりで、どう収集をつけて良いのか分からなかった。


「クレア。ルナと一緒に訓練を続けろ。いずれ共に旅をする事になる」


「この子も一緒に?」


「そうだ。ルナは魔法を専門にしている。その辺りも含めて連携の確認をしておけ。これも良い経験になる」


「……レイヴンがそう言うなら」


 クレアは少しだけ不満そうな顔をしていた。

 先程の言い合いを見ている限り、直ぐに親しくなるだろう。


「ルナも良いな?」


「……分かったよ。でも、約束は守ってよね」


「分かっている。リヴェリア、後は頼んだ」


「任せておけ。何かあれば連絡する」


「ああ。ミーシャ、そろそろ行くぞ」


「待って下さい! もうちょっと! もうちょっとだけ二人をぎゅうってしたらーーー」


「さっさと来い」


「ああ…!」


 レイヴンはリヴェリアにルナを任せると、オルドの元へ向かう為に部屋を後にした。




「お嬢、レイヴンは何処へ?」


「ん? ああ、恩人の所だ。今のレイヴンがレイヴンとなったきっかけ。生きる為の最初の道を示した人物だ」


「そんな人が……」


「ランスロット、後を追うなど無粋な真似をするなよ?」


「しねえよ! ただ、レイヴンの恩人なら一度会ってみたいもんだぜ」


「確かに……」


 レイヴンの境遇を知る物であれば興味の一つも湧くというものだ。

 リヴェリアが言った様に、今のレイヴンがあるのはその恩人のおかげだろう。そうでなければ、自分達もレイヴンと出会う事は無かったに違いないのだから。


 冒険者とは利害の一致する相手と行動を共にする事が多い。

 それは依頼を受ける上で、そうする事が有利だからだ。


 だが、少なくともレイヴンに関わった人間は損得勘定抜きで一緒にいる事を選んだ。

 今此処にいる者達も、もしかしたらこんな風に集まって一緒に食事をしたり、たわいも無い話で笑い合ったりという事も無かったかもしれない。


「あやつは不思議な奴よな」


「だな。無愛想な癖に何でだろうな?」


「ふふふ……。お前が一番良く分かっているだろう?」


 そう、答えなど既に分かっている。

 人間同士が騙し合い、他人を蹴落とす事ばかり考えているこの世界で、レイヴンだけは違った。


 魔物混じりだと疎まれ、信用も信頼もおけ無い相手ばかりの世界で、レイヴンは自分の道を進み続けた。

 その真っ直ぐな姿は、今こうして多くの仲間を惹き寄せた。

 圧倒的な力を持っている癖に他人と接するのが不器用で、生き方も不器用。

 レイヴンという人間を見ていて飽きる事が無い。


「別に。腐れ縁さ」


 ランスロットはテーブルに置かれたクッキーを口に放り込むと、ニヤけそうになる表情を誤魔化した。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 ミーシャの案内でやって来たのは中央から北東へ少し進んだ森の中。


 そこに見覚えのある小屋がひっそりと建っていた。


(ああ、そうだった。この場所には覚えがある)


 昔の記憶が蘇る。

 全てはこの場所から始まった。


「レイヴンさん、私は中央へ戻ります。後は……」

「くるっぽ!」


 ツバメちゃんがレイヴンの背中を押す様に顔を擦り付けて来る。


(ふふ、精霊に心配される魔物混じりか……)


「ああ。終わったらそのまま旅に出る。次は北だ」


「分かりました。リヴェリアちゃんに伝えておきます」


「頼んだ」



 誰かに目的地を教えてから旅に出る。

 今では当たり前になったが、考えてみればおかしな話だ。

 以前は好き勝手に旅をしていたのに。


(そう言えばオルドが言っていたな)


 人間には帰る場所が必要だ。

 待ってくれている人。

 また会いたいと思う人が居れば尚良い。

 怪我は薬で癒す事も出来るが、疲れた心は薬では癒せない。

 読書、動物、風景、何でも良い。

 自分が安心していられる物を見つける事だ。

 時に、人は人を傷付ける事もある。けれども、人を癒せる“言葉” を投げかけてくれるのもまた人なのだ。


(居場所、か……。悪くないかもしれないな)



 ドアの前に立ち、呼吸を整える。


 あの時、此処から飛び出して以来、もう何年も来ていない。

 手にじんわりと汗が滲む。


 レイヴンは思い切ってドアをノックした。


ーーーコンコン。


 人の気配はする。

 しかし、返事を待つのがやけに長く感じられた。


「開いておるよ」


 オルドの声だ。


 懐かしい声。

 一晩中話を聞いていたあの頃と何も変わっていない。



 中へ入ると椅子に腰掛けたオルドと、隣りには知らない女性が一人立っていた。


「オルド……その……」


 言葉が出て来ない。

 話したい事が山程あった筈なのに、オルドの顔を見たら何も思い浮かばなくなってしまった。


「相変わらずの無愛想な顔だな。元気そうで安心したぞ。そんな所に突っ立っていないでこっちへ来て座れ」


「……」


 オルドの隣に立つ女性は優しそうな顔を見せると、席を外してお茶の用意を始めた。


「あれは儂の孫娘じゃよ」


「……」


 オルドは足が悪いのだろうか。

 杖を持ち椅子に座るオルドの足は痩せ細り、記憶の中にある逞しさが無くなっていた。

 頬も腕も肩も、肉が落ちた様に思う。


「あれから何年経ったかのう」


「……」


「儂も随分老いた。今では木こりの仕事も満足に出来んよ」


「……」


「子供達はどうじゃった? まだまだひよっこじゃが、少しは見込みはあったかの?」


「ああ」


「そうか。儂がどうしてあんな手紙を書いたか教えよう。あれはなーーー」


 オルドの話は相変わらず長い。

 これではセス達がまともに話を聞かないのも頷ける。


 オルドが元冒険者だとは知っていた。

 だが、何処でどんな風に生きていたのか迄は知らなかった。


 冒険者だった頃のオルドは意外にも中央で働いていたそうだ。


 ランクはB。それ以上はどんなに努力をしても手が届かなかったという。

 だが、オルドには知識があった。

 他の冒険者が見過ごしてしまう様な些細な物、あまり表には出回っていない貴重な情報。

 それらを駆使して中央でも中枢部に近い場所で仕事をしていた。

 今回の手紙と、管理指定ダンジョンへ探索の許可はその時の伝手を使ったそうだ。


「儂には戦いの才能は無かったからの。そうやって生きて行くしか方法が無かった。じゃが、どうにも中央という場所は好かん。権力なぞ持った所で、それに見合う器と志が無ければ只の飾りにも劣る。嫌気が差した儂は知識を活かして稼いだ後、とっとと引退して木こりを始めた。それから何年かして現れたのがお前じゃよ、レイヴン」


「……」


 まさか、オルドも権力を嫌っているとは知らなかった。


「ほう。そんな顔も出来る様になったか」


「……」


「お爺ちゃん、お茶の用意が出来ましたよ」


「ああ、置いておいてくれ」


 レイヴンは軽く会釈をしてお茶を口にした。


「孫娘のグレースじゃ。孤児院の運営を手伝ってくれておる。そう言えば、随分活躍しておるようじゃな。初めて会った時から強いとは思っておったが、まさか数年で王家直轄冒険者にまでなっておるとは思わなんだぞ。しかし、どうしてCランクのままなんじゃ?」


 まだ何も話していないというのに、オルドには何もかも筒抜けのようだ。


「いや、今日SSランクに昇格して来た」


「今日? Cランクからじゃと手続き諸々含めても最低で数年はかかる筈じゃが……」


「その……笑うなよ?」


 レイヴンはどうして急にSSランクへ昇格したのかオルドに話した。

 どうせ隠していたってオルドの耳に入ってしまうと直感したからだ。


「あっはっはっはっはっは!!!」


「笑うなと言った」


「す、すまん。しかし……そうか。お前もそういう事を考える様になったか」


「……格好悪いと思ったんだ」


「そうかそうか……あの時の小僧がのう」


 オルドは目を閉じ出会った頃のレイヴンを思い出す。


 痩せ細り全身に酷い怪我を負っていた見窄らしい少年は、およそ人間を信用していないであろう、死んだ目をしていた。

 何を話しかけても喋らない。

 どうにかして喋らせようと、あの手この手で話かけ続けた日々が懐かしい。


 その少年はいつの間にか冒険者の最高峰である王家直轄冒険者の称号を得る迄に成長し、誰もが一目置く立派な青年となった。

 そして今、セス達に先生と呼ばれる身となり、自分の方がランクが低いのは恥ずかしいと言った。

 これは思わず笑いも出るの仕方のない事だ。


「良い出逢いがあった様じゃな」


「ああ」


「今日は家でゆっくりして行くと良い」


「いや、次の目的地に行かなければならない」


「そうか。なら、夕食ぐらいは食べて行け。好物なんじゃろう? ミートボールパスタが」


「……何故?」


「マリエが手紙で知らせて来おった。先生に貰ったポーションがミートボールパスタ味だったから、きっと好きなんだろう、とな」


(あの時のポーションか……)


 マリエの渡したポーションはマクスヴェルトから貰った物の残りだ。

 味の事はすっかり忘れていた。


 食事をしている間もオルドはとにかくよく喋った。


 レイヴンが出て行ってからの事。

 孤児院の噂を聞いて、手伝いを申し出た事。

 今では他の孤児院ともやり取りをして、資金や物資の調整を孤児院間で行っているそうだ。


 食事が終わり、もう帰る頃になってもレイヴンはまともに話が出来ないでいた。


 聞きたい事も沢山あったけれど、聞く前にオルドが全部喋ってしまった。

 だが、最後にこれだけは言っておかなければならない。

 ずっと言えずにいた。

 でも、今なら言えそうな気がする。


「それではな。またいつでも顔を見せに来ると良い」


「オルド……そ、その、あ……」


「んん? どうした?」


(駄目だ。くそっ……口が上手く動かない)


 感じな時に言葉が出て来ない。

 伝えたい気持ちばかりが先に出てしまう。


「肩の力を抜け。レイヴン」


「……!」


「自然体で良い。それがお前の生き方なのじゃろう?」


 そうだ。そうだった。


 そうでなくては、自分を見失ってしまう。


 レイヴンは呼吸を整え背筋を伸ばす。

 そして、ずっと言いたかった言葉を口にした。


「オルド。世話になった。ありがとう」


「ああ。行って来い、レイヴン」


「ああ、行って来る」



これにて第四章 風鳴の迷宮編完結となります。

ここまで読んで下さった皆様に感謝を申し上げます。


改稿作業の続きをします。

次回投稿は、少し時間を頂いて10月5日を予定しております。

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