空からの来訪者
レイヴンとケルベロスの戦いは一方的だった。
三つの頭が放つ特大の火球を躱してケルベロスの下へ飛び込んだかと思うと、瞬く間に足を斬り飛ばして動きを封じてしまった。
建物を薙ぎ倒しながらケルベロスが悲鳴を上げてのたうち回る。
レイドランクの魔物が悲鳴を上げるというあり得ない姿に、見守っていた誰もが言葉を失っていた。
確かに予感はあった。それでも、一体誰がこの圧倒的な展開を予想出来ただろうか。
ケルベロスの悲鳴を聞いた他の冒険者達も何が起きたのかと集まって来ている。ケルベロスを倒す事が出来る誰かが救援に来てくれた。加勢しなければと思って戻って来た冒険者達は、目の前で起こっている光景が理解出来ないでいた。
「嘘だろ……」
「レイドランクの魔物なんだぞ。俺達が束になっても敵わなかったのに……何なんだよコレは」
「あり得ないだろ…」
「一体どうなってるんだ⁈ 」
Aランク、Sランクの冒険者達が束になっても手も足も出なかった魔物を、魔物混じりがたった一人で圧倒している。
レイヴンの戦いぶりを見た冒険者達は唖然としていた。
ただの時間稼ぎ、魔物混じり、禁忌の子だと馬鹿にしていた冒険者の実力を目の当たりにしたのだ。冒険者達には最早、レイヴンを馬鹿にする気持ちは消え失せていた。それどころか、レイヴンの圧倒的な強さを目の当たりにし、同じ冒険者として尊敬と憧れの気持ちすら湧いて来ている。
ケルベロスの放つ特大の火球を斬り裂き、時には剣で軌道を逸らしていなしていく。
目で追う事も困難な程の高速の剣技。
レイヴンが剣を振るう度に、赤い魔力の残光が軌跡を描く。
冒険者組合の二階からレイヴンの戦闘を見ていた二人の反応は対照的だった。
モーガンの表情は恍惚としており、王家直轄冒険者の戦闘を目に焼き付け様と崩れた壁から身を乗り出している。
王家直轄冒険者とはその名の通り、王族からの依頼を最優先とし、大規模レイドを始め、普通の冒険者では達成困難な極秘の依頼を受ける。切り札とも言える存在だ。
その王家直轄冒険者の一人であるレイヴンの戦闘を目の当たりに出来る機会はそうそうある事では無い。
一方、ドルガの表情は青を通り越して白くなっていた。
自分が逃げる時間が僅かでも稼げれば良いと思っていた。魔物の注意が逸れたなら、それで奴の仕事は終わり。
しかし、目の前に広がる光景はドルガの思惑を大きく外れた物だった。レイドランクの魔物が魔物混じり一人を相手に翻弄され、悲鳴まで上げて地を這っている。
理解の範疇を超えた戦いにドルガは間抜けな顔を晒していた。
『よく聞け。俺は王家直轄冒険者レイヴンだ』
ドルガの頭にあの魔物混じりが言った言葉が思い出される。
自分が笑い飛ばしたあの言葉だ。
「ま、まさか、本当に…奴が? う、嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! そんな筈が無い! こんな辺境の街にいる筈が無い! ふふふふふふ……あははははは!!! そうか! これは夢だ! そうに違いない! 王家直轄冒険者がこんな所にいる筈が無いではないか! あひゃははははは!」
モーガンは狂った様に笑うドルガを憐れみの気持ちで見ていた。
たが、確かにドルガの言う通りだ。こんな辺境の街に王家直轄冒険者がいるのは変だ。
レイヴンがこの街へやって来た事に気付いた時、何か極秘の依頼を受けているのかと直感したモーガンは、部下に調査を命じた。
迂闊に接触して依頼に支障があってはいけない。しかし、信じられない事に、報告書にはCランク冒険者として毎日依頼をこなしているとしか書かれてはいなかった。
モーガンは、自分が知るべきでは無い事だと思いつつも好奇心を抑える事が出来ず、来る日も来る日も極秘に調査を続けさせた。
調査報告に進展の無いまま数日経った頃、ようやく動きがあった。SSランク冒険者ランスロットが街に入ったとの報告があったのだ。
レイヴンが現れただけでも驚いたが、SSランクの冒険者まで現れたとなると疑わずにはいられない。
やはり何かある。そう考えて再び調査に向かわせ様としていた時、換金所にあの魔核が持ち込まれた。
異質な魔核が持ち込まれたと報告を受け、魔核を確かめに換金所へ向かった。魔核の実物を見た瞬間にモーガンは確信した。これはレイドランクの魔物の魔核だと。
レイドランクの討伐依頼には、最低でもSランク冒険者のみで構成されたパーティーが複数必要になる。だが、この街にはSランクの冒険者は数人しかいない。であれば、思い当たる冒険者は、この街には一人しか居ない。
王家直轄冒険者であるレイヴンだ。
SSランク冒険者であるランスロットにももしかしたら倒せるのでは?
そんな考えは直ぐに破棄された。
SSランク冒険者パーティーならまだしも、単騎でレイドランクの魔物を相手にするなどあり得ないと思ったからだ。
いよいよ痺れを切らしたモーガンは、レイヴンの換金を担当していた男を問い詰め事情を吐かせる事にした。
男は金の一部を横領していたのがバレたと思ったのか、聞いてもいない事までベラベラと喋った。
魔物混じりを相手に金を誤魔化しているのは知っていたし、それを辞めさせるのが難しい事も知っている。
今、知りたいのはそんな事では無い。肝心なのは、魔核を持ち込んだのが誰なのかと言う事だ。
男は頑なに依頼相手の名前だけは言わなかったが、その事が逆に確信に繋がった。男は小悪党ではあるが、鑑定の腕と口の固さを評価して雇ったのは自分だからだ。
男は一番重要な機密は絶対に漏らさない。例え自分の雇主が相手でも。
「おい! トドメを刺すぞ!」
冒険者の声にモーガンは再び体を乗り出してレイヴンの姿を追う。
そこには四肢を失い、レイヴンに向かって闇雲に火球を放つケルベロスの姿があった。レイヴンは汗をかいた様子も無いまま、易々と火球を切り裂きながら悠々と近付いていくレイヴンの姿は、見ている誰もの度肝を抜くには充分だった。
「何という……これが王家に認められた冒険者の力なのか……」
モーガンはゴクリと唾を飲み、最期の瞬間を見逃すまいと目を凝らす。
体を低く沈めたレイヴンは一気にケルベロスの頭上へ飛び上がった。
狙うのは三つの頭。
今度はしくじりはしない。
ちゃんと手加減は出来ている。
「これで終わりだ」
三つの頭を同時に斬り落とされたケルベロスは最期の断末魔を上げる事も出来ずに絶命した。
レイヴンの勝利だ。
ケルベロスの頭が地面に落下するのと同時。それまで固唾を飲んで見守っていた冒険者や住民から大歓声が沸き起こった。
興奮した冒険者達や住民達がレイヴンに駆け寄って行く。
だが、ランスロットはその様子をつまらなそうに眺めていた。
レイヴンは全く本気を出してはいない。レイヴンの実力であれば、ケルベロス程度なら倒して当然。それは他の連中には理解出来なくても無理の無い事だし、どうでも良い。
気に入らないのは、街の連中の反応だ。
散々レイヴンの事を馬鹿にしていたのに、ケルベロスを倒した途端にレイヴンに駆け寄って喜びの歓声を上げている。
レイヴンを囲んで騒ぐ様子は、まるでお祭り騒ぎだ。
「うわああああああああ!!! 誰か受け止めて〜〜〜!!! いぃーやぁーーーー!!!」
勝利の喜びも束の間。何処からともなく女の叫び声が聞こえて来た。
レイヴンの周りに集まっていた者達が辺りを見回すが誰もいない。
その内一人が空を指差して叫んだ。
「ひ、人だ! 女の子が降って来るぞ!!!」
(降って来る?)
レイヴンの周りから皆一斉に逃げて行く。
空を見上げてみると、女はどうやら自分の頭上に落ちて来るらしかった。
「ちょ! ちょっと! 何で皆んな逃げちゃうの⁉︎ 受け止めてよーーー!!! お父さん、お母さん、ごめんなさい。私はここまでです。ぐすん……」
地面に激突するかと思った瞬間、ギリギリのところでレイヴンが間一髪受け止めた。
受け止めた衝撃で足元が少し地面にめり込んでいる。
相当な衝撃があった筈なのにレイヴンは無表情のままだ。
「うぅ……。へ? た、助かった?」
「……」
「くるっぽー!」
帽子を被った巨大な鳥がレイヴンの頭の上に着地した。
牛よりも大きな鳥は呑気に羽の手入れを始めている。
何とも言えない空気が流れる。
鳥を頭に乗せたまま、レイヴンは女の子を降ろすと黒剣を鞘に収めた。
「あ、ありがとうございます!」
「……」
「あ、えっと。私は、中央郵便局所属新人配達員ミーシャと申しまふ! じゃなくて…ます!」