第6話 新拠点
俺とフレイは黒魔術師を倒した奇跡に感謝したあと、すぐにアメリアが治療を行っている部屋に向かった。黒魔術師によって光の魔法が妨害されて倒されていないか心配だった。
すると部屋には少女が目を覚まして立ち上がっており、俺たちに依頼してきた少女が何度もアメリアとエミリーに深くお辞儀をしていた。天井が破壊され、壁紙が全て剥がれている劣悪な状況下でもアメリアは治療を成功させた。
俺とフレイが入室したことに気がついたアメリアはすぐに俺に駆け寄って手を握った。アメリアは感謝と幸福の感情が入れ混じった涙を流していた。
「東条くん、私に勇気をくれてありがとう。そして無事に帰ってきてくれてありがとう」
「そんなことはないよ、全てアメリアの努力の成果だ」
「違うわ、東条くんが見守ってくれたからできたのよ。ありがとう」
アメリアは俺にいきなり抱きついてきた。
「本当に東条くんには負担をかけさせてばかりでごめんね。駄目な魔道士だよね」
「アメリアは立派な魔道士だ。夢を与えるために戦い抜く魔道士だ。自分を卑下しないでくれ」
「ありがとう、東条くんは私の最高の味方だわ」
「ああ、俺は絶対にアメリアを守ってみせる」
アメリアの涙が収まると俺から離れて、フレイに近づいた。フレイはアメリアに満面の笑みで手を握った。
「アメリアさんもお疲れ様。アメリアさんはゆっくり休んでね」
「フレイさんも命を懸けて戦ってくれてありがとう」
アメリアと話し終えると、俺とフレイの目の前に少女たちがお礼をした。
「私の友人を助けてくださり、ありがとうございます。友人はこれからも目覚めないと絶望していましたが、皆様の力で絶望を希望に変えてくださり、本当に助かりました」
「暗闇の世界から光が射す世界に私を導いていただき、ありがとうございます。お金が払えないのですが、とても感謝しています」
「お金はいらないよ。俺は君たちを救えたことが最大の報酬だ」
悪夢から目覚めた少女は恐怖から抜け出した喜びに満ち溢れている表情をしていた。少女たちは俺たちに何度も頭を下げてから仲良く帰宅した。
少女を見送るとエミリーは後ろから俺とフレイに抱きつきながら笑っていた。
「東条さんとフレイさん、私たちの命も救ってくださりありがとうございます」
「当たり前だよ、エミリーには傷を付けさせない。俺はエミリーのためなら命を懸けて戦ってやる」
「エミリーさんもお疲れ様」
この戦いで少女の命は救えたが、代償としてアメリアの家が半壊してしまった。黒魔術師が放った黒色の球体の攻撃で天井や壁が破壊され、明日に黒魔術師が襲ってきたらこの家は確実に倒壊する。今日中にこの家を回復しなければ俺たちの命は危ない。
体力が有り余っている俺とフレイはアメリアの家を修復するために魔法を唱える準備をし始めた。
「東条くんは天井と外壁を任せていい? 私は内壁と壁紙を修理するわ」
「任せろ」
俺は魔法で木の階段を出現させて骨組みが破壊されている天井まで登った。黒魔術師の攻撃のせいで修理が大変そうだ。
フレイも現在のアメリアの家の状況を調べて頭を抱えた。
「これは建築士に修理を依頼するか、もしくは魔法で家を建てるしかないね。支柱も地盤も全て破壊されている。私たちの居場所をなくすために、わざと破壊させたようにしか思えない。魔法で木材や鉄柱を作成して補強工事しても、建築技術に疎い私たちでは明日にはこの家は潰れるわね」
「そうだな、黒魔術師の強力な魔法だと今度は部屋だけでなく家ごと消し飛ぶな。俺が魔法で家を作ろうか?」
「ダメよ。妖精の力が宿っていても魔力が枯渇したら困るわ。黒魔術師に侵入されたときに十分な魔力が残っていないと万が一のときに戦えないわ。今日は中断して黒魔術師が襲ってこなかった日に膨大な魔力を使用して修復しようね」
「フレイ、今日はどこで寝るつもりなのか? もしかして野宿か? 野宿も黒魔術師に襲われたら危険すぎる」
「黒魔術師が来ないような場所でテントを張って寝よう。テントを出現させるくらいなら少量の魔力で作れるはずだわ」
「黒魔術師は光を好む場所が好きだから電気や光がない場所で過ごせば危険を減らせるな」
「そうね、今日は丁度いい場所を探すわよ」
俺とフレイは家の修復を中断したことをアメリアとエミリーに伝えた。アメリアもエミリーも同意見で納得してくれた。俺とフレイはベッドで寝ているアメリアとエミリーに別れを告げて玄関から出ようとした。
すると玄関にはリリの父であるアーガスがお辞儀をしながら俺たちを待っていた。
「皆様、私の娘だけでなく娘の友達も救ってくださり、ありがとうございます。娘の友達から今日の出来事を聞いて伺いました」
「いえいえ、私たちは悪夢から命を救うのが仕事なのでお気遣いなく」
「そのことで皆様にお願いがあるのです。悪夢の治療を望んでいる多くの住民のために私と一緒に手伝っていただけないでしょうか?」
「俺は大丈夫ですが、アメリアとエミリーに相談してみます」
俺はベッドで寝ているアメリアとエミリーを起こして、天井がない家で話し始めた。
「私が治めているレーグル町でも大勢の住人が毎日悪夢に拐われる事件が発生しております。町民の約10分の1が悪夢で現在も苦しんでおり、町民は今も恐怖に怯えながら夜を過ごしております。だから私は町民に安全な夜を提供するために、無償で住民の悪夢の治療をしたいと考えて伺いました」
「俺はいいと思うが、アメリアはどうする?」
「アーガスさんの考えは素晴らしいと思います。しかし私たちは今日の戦いで家を失ってしまいました。アーガスさんの仕事の報酬として家をいただけないでしょうか?」
「では私の豪邸で治療していただけないでしょうか。皆様の個人部屋を用意しております。治療する部屋も大人数が収容できるほどのスペースを確保しております」
「ありがとうございます。ですが黒魔術師の攻撃によって家が倒壊する危険性があります。アーガスさんの家が明日にはなくなってしまうかもしれません」
「それに関しては心配しなくて大丈夫ですよ。私の豪邸には常にエリートの魔道士や騎士を20人配置しておりますので黒魔術師による危険性はございません。仮に戦闘によって半壊しても建築士を10人ほど配置しておりますのですぐに修復できます」
「これなら黒魔術師が襲ってきても大丈夫ですね。ありがとうございます。では東条くん、エミリー、フレイ、みんなも賛成でいいよね?」
俺たちはアメリアに頷き、アーガスの豪邸に暮らすことに決定した。
午後6時、アーガスの豪邸に着くと豪華な内装に驚いてしまった。
個人部屋にはクリスタルのように美しいガラス製の机、高級の羽毛布団やベッド、大理石の床が敷き詰められていた。廊下にもシルク製の赤色の絨毯、壁には宝石でできた縁に朝日が登る絵が飾られていた。住民を治療する部屋は30畳の大きなドーム型の広間で設けられており、一面がガラスで覆われていた。
アーガスが俺たちに部屋を紹介し終えると、メイドや騎士が悪夢に苦しんでいる住民を広間に運んでいた。俺は泣き叫んでいる少年を抱えている騎士に話しかけた。
「俺も手伝うよ。何人くらいいるのか?」
「東条様、お気遣いありがとうございます。私たちは大丈夫です。今は悪夢に拐われた住民を受けて入れているので人数は分かりませんが、現在のところ20人の住民が依頼に来ました。皆様は深夜の戦いに備えて今のうちに休んでください」
騎士は早口で話し忙しそうに動き回りながら、俺たちに個人部屋に戻るように諭した。エミリーは俺たちに起床時間を伝えた。
「では東条さん、アメリアさん、フレイさん、11時40分になりましたら起こしに行きますので、ゆっくり寝てください。何かありましたら私を呼んでくださいね。おやすみなさい」
俺たちは廊下で解散し、それぞれの個人部屋で眠りについた。




