第3話 奇跡を目指して
午後11時40分、エミリーはベッドで倒れるように寝ていた俺を優しく背中を摩りながら起こしてきた。
「もうすぐ0時ですよ。起きてください」
「起こしてくれてありがとう。そろそろ行かないと」
「ちょっと待ってください、渡したいものがあります」
俺は何度も目をこすり腕を大きく伸ばしてから体を起こすと、エミリーは俺に茶色のコートやボトム、ブーツなど着替えを渡しくれた。
「東条さんが着ている制服よりこの服はどうでしょうか? 軽量で安全性も高まりますよ」
「俺のために服を持ってきてくれたんだね。ありがとう。早速着替えるよ」
エミリーは俺に気遣って後ろに向くと、俺は制服を脱ぎ着替え始めた。
エミリーが持ってきれくれた服は制服よりも動きやすい。万が一、黒魔術師に出会ってもすぐに戦える。これなら集中して魔法を放つことができそうだ。
「さすが東条さん、とても似合っていますよ! 制服姿の東条さんよりも凛々しくてカッコイイですよ! これなら立派な魔道士のように見えますよ!」
エミリーは拍手をしながら俺を何度も褒めてくれた。俺は恥ずかしがりながら小さく頭を何度も下げた。
エミリーのためにも俺は絶対に失敗することができない。俺は覚悟を持って部屋を抜け出した。エミリーは叫びながら俺を見送った。
「東条さん! あなたが最後の希望です! 必ず生き残ってください!」
「ああ、エミリーのためにも生き残ってやる」
「約束ですよ! 明日、絶対に私に会いに来てください!」
エミリーとの約束を交わし、リリが今も泣き叫んでいる部屋に入った。現在時刻は午後11時50分、この部屋には集中力を高めているアメリアが既に入室していた。俺が入室したことを感じたアメリアは俺に振り向いてか弱い声で話した。
「初日から危険な仕事を任してごめんね。リリちゃんの人生がかかった戦いなんて荷が重すぎるよね。今ならこの仕事を放棄して逃げてもいいわよ、どうする東条くん?」
「覚悟を決めてここに来た、後戻りなんてしない。アメリア、俺は決して諦めないから一緒に戦おう!」
異世界に来たからには何か結果を残さないと俺の人生の意味がない。俺には戦うしか道がない。
アメリアは俺の覚悟に感動し、俺の両手をギュッと掴んだ。
「ありがとう、東条くん。君なら戦ってくれると信じていたよ。私は全力で東条くんをサポートするから必ず成功させようね」
「そうだな、アメリア。2人で光の魔法をリリに放てば絶対に目覚めてくれるよね」
「ええ、2倍の力なら必ずうまくいくはずよ。東条くんの力があれば私は安心だよ。この2人の魔法で悪夢を追い払ってやろうね」
「もちろんだ、絶対に成功させてみせるさ」
午後0時、2人は魔法を放つ準備をしながらベッドで悪夢に苦しまれているリリを見つめた。アメリアは小声でリリに覚悟を示した。
「リリちゃん、もう大丈夫よ。あなたの恐怖は今日でおしまいよ」
アメリアはジャケットの袖をめくり、リリに対して神々しい大きな光を放った。そして俺も太陽光のような巨大な光をイメージして拳を広げた。部屋は大量の光の集合体に囲まれ、目が開けられないほど強烈な眩しさだった。この光量ならリリは救えるだろうと思っていた。
しかし光の魔法を放っている最中に部屋の窓ガラスが粉々に砕けるほど、部屋全体に轟音が響き渡るほどの爆発が発生した。部屋は一瞬にして火の海になってしまった。
「邪魔者は誰だ! 俺が相手だ!」
俺はすぐに光の魔法を中断して、部屋一面に水の魔法を仕掛けた。大量の水で炎を包み込み、1分以内で火事を収めた。
消火に成功すると爆発を発生させてきた犯人が俺たちの目の前にゆっくりと忍び寄ってきた。犯人は全身が黒色の服装で肌を露出していなかった。フードを着ている犯人は俺たちに向けて右手を突き出した。
「私たちの理想を邪魔する君たちには消えてもらう。3人仲良く悪夢で暮らすがいい」
アメリアは犯人を見ると咄嗟に俺を突き飛ばして大声で叫びだした。
「東条くん、あいつは黒魔術師だ! 私を置いてすぐに逃げろ!」
「アメリアはどうするんだ?」
「私が時間を稼ぐから、その間にエミリーと一緒にどこかに逃げて!」
「アメリアを置いて行けない! なぜアメリアが犠牲になる必要があるんだ! リリはどうする?」
「もう諦めるしかないのよ! 私の作戦は無謀だったのよ! 黒魔術師を倒すことすらできない魔道士には不可能だったのよ! だから東条くん、私を忘れて逃げて!」
昼間のときの希望に満ち溢れたアメリアと違い、今のアメリアは絶望を受け入れていた。今にも泣きそうな表情で訴えかけているアメリアは黒魔術師に負ける運命が既に決められていたと納得している様子だった。
絶対に負け続ける運命でいいのか? 悪夢に苦しんでいる人を救うのではなかったのか?
俺は自信を持って黒魔術師の正面に立ち上がった。
「彼女たちに危害を与えるなら俺が許さない。俺を倒してみろ」
「おい雑魚、お前は死にたいのか! 私たちに歯向かうなら悪夢よりも恐ろしい魔法を与えようか?」
「かかってこいよ! ただし彼女たちに攻撃するなよ、俺と1対1で戦え」
「いいだろう、正々堂々戦ってやろう。雑魚と久しぶりに全力で戦うのは俺も楽しくてしょうがない。そうだ、彼女に何かお別れの挨拶を済ましてから戦おうではないか?何分でも待ってやるぞ。どうせ君は俺に負ける運命が確定しているからな」
俺は黒魔術師から時間をもらいアメリアに話そうとしたが、アメリアはリリよりも大声で号泣しており話せる状態ではなかった。
「東条くんのバカ! アホ! 東条くんが死んだら私はどうやって生きていばばいいの! 私は1人では何もできないよ! 東条くんがいないと楽しくないよ! やめてよ! 行かないでよ!」
赤ん坊のように泣き続けているアメリアに対して俺は心の中で「大丈夫だ」と呟き、黒魔術師に再び向き合った。
「黒魔術師、待ってくれてありがとう。早速始めようか!」
「雑魚のくせに粋がるな!」
黒魔術師は左手から長さ2メートルの黒色の槍を出現させ両手で構え、俺に向かって大きくジャンプをして素早く懐に入ってきた。そして黒魔術師は俺の腹を深く突き刺し、槍から巨大な空気砲のような衝撃波が放たれた。衝撃波は内臓が砕けるほど重い1撃で、俺は数秒間意識を失いながら大理石の床に倒れてしまった。
俺は何とか体を起こすことはできたが体が悲鳴を上げており、自由自在に魔法を使用することができなかった。黒魔術師は槍で何度も素早く突いてきたが、俺には魔法で鉄製の盾を出現させて身を守ることしかできなかった。黒魔術師に「さっきの威勢はどうした!」と煽られても俺には攻撃する力や勇気がない。アメリアの言うことが正しければ午前5時まで耐えれば黒魔術師は諦めて帰ってくれるだろう。
しかし俺の体力が先に力尽きてしまった。盾を持ち上げる力がなくなってしまい、槍で簡単に振り下ろされてしまった。俺には何も守る方法がなくなってしまった。
そして黒魔術師は右手を俺の腹に当てて強力な衝撃波を発生させた。今度の衝撃波は全身が壁に叩きつけられるほど吹っ飛ばされ、神経が千切れるような痛みが全身に駆け巡った。俺は痛みに耐えきれず、もう立ち上がることはできなかった。黒魔術師は俺の頭を右手で触り、「悪夢へおやすみなさい」と語りかけた。
アメリアの言う通り、無謀な戦いだった。戦わなければよかったと後悔した。俺は負け犬だ、悪夢の世界で行き続ける運命だ。
しかし俺が諦めたときに謎の女性の声が聞こえた。
「君には世界を救うために戦ってもらうわよ。ここで諦めることは許さないわよ。君に私の力を全て授けるわ、存分に使いなさい」
謎の女性の声が聞こえなくなると全身の痛みが一瞬で消えてしまった。俺は黒魔術師の右手を振り払い、再び自信を持って立ち上がった。俺の体は昨日よりも軽くなっており、体の底から魔力が溢れ出てくるような感覚だった。すると再び謎の女性の声が聞こえた。
「私の名前はソフィー。君のために魔力を貸してあげるから、その代わりに必ず勝ちなさい」
ソフィーに心の中で感謝しつつ、俺は右手を強く握った。今の俺では何でもできるはずだ、俺は鉄製の剣を右手から出現させて両手で握りしめた。
「君に新しい魔法を教えるわ。武器を持ちながら炎をイメージしてみて」
ソフィーの言う通りに炎をイメージすると剣から勢いよく炎が吹き出した。それを見た黒魔術師は「なぜ逆境で魔法を習得できるんだ?」と疑問の眼差しで俺を見つめながら槍を再び構えた。
これを応用すれば黒魔術師と対等に戦えるはずだ。俺は衝撃波をイメージして左足に力を入れて右手で力強く振った。その瞬間、壁に亀裂が入るほどの風圧が放たれて、黒魔術師は衝撃波に耐えきれず大理石の地面に頭から倒れた。
「なぜだ? なぜ俺が倒れるのか! 雑魚のくせに!」
黒魔術師は頭を抱えながら立ち上がり左手で黒色の大剣を出現させて俺に飛びかかってきた。俺はもっと強力な衝撃波を発生することができるはずだと思い、助走をつけながら左足を踏み込んで両手で振り払った。
「俺の理想が! やめてくれ!」
俺が放った衝撃波は黒魔術師に命中し、黒い灰となって俺の前から消えてしまった。
「東条くん、死んでいないよね? お願いだから目を覚ましてよ!」
午前2時、大量の魔力と体力を使い果たしてしまった俺は悲痛な声を叫んでいるアメリアに何度も揺らされていた。俺はゆっくりと目を開けて上半身を起こすとアメリアは俺を力強く抱いた。
「東条くん、私のために戦ってくれてありがとう! 東条くんは勇敢な魔道士だよ! 私の最高のパートナーだよ!」
「アメリア、生きていてよかった! 会いたかったよ!」
「私も再び会えてよかったわ!」
その後、俺たちは今も悲鳴を上げているリリに対して再び光の魔法を2人で放った。部屋全体は再び大量の眩しい光に包まれた。それからは休憩をせずにリリを助けることだけに集中して光を放ち続けた。
午前6時、入室してきたエミリーに起こされるとベッドの上にはリリがいなかった。俺とアメリアは目を丸くして周囲を見回したが、リリがこの部屋にはいなかった。まさか力尽きて寝ている間に誘拐されたのかと不安な気持ちに押し潰されていると、エミリーは笑顔で優しく話した。
「リリさんは悪夢から回復されて両親に保護されましたよ! 2人の魔法が大成功しましたね!」
エミリーは俺とアメリアを包み込むように抱きつきながら大粒の涙を流していた。




