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第2話 ボッチ魔道士と悪夢の国

 優しく微笑んでいるアメリアは俺の目の前に分厚い本を渡してきた。表紙はボロボロになっており何年も使い込まれているようだ。


「早速だけど、東条くんには今すぐ立派な魔道士になってもらい、私と一緒に悪夢と戦える勇者になってほしい。時間はかかると思うけど諦めずに魔法を勉強しようね。まずは理解できないと思うけど、この本を読んでみて」


 電話帳のように分厚い本を笑顔で渡してきたアメリアに恐怖を感じながら両手で受け取った。難しそうな魔法の本を読破することができるのか、アメリアのために戦える魔道士になれるのかと不安に思いながら表紙をめくった。


 1ページ目を開くと日本では見たことがない文字が何行も書かれており、何を意味しているのか全くわからない。俺はこの本を読むことを諦めようと考えた瞬間、謎の女性の声が俺の体中に響き渡った。


「心配しなくていいわ、君はこの本を読まなくても既に魔法を習得しているわ」


「俺が既に魔法を習得している?」


 周りを見渡してもこの部屋にはアメリアとエミリーしかおらず、謎の女性は見当たらない。


「東条くん、何かあったの?」


「大丈夫、なにもないよ」


 俺の顔をじっと見つめているアメリアに心配をかけないように再び1ページ目を眺めると、きっと俺しか聞こえない声が再び聞こえた。


「この本はいらないよ、私の指示に従えばいいのよ。最初は手を強く握って心の中で『火』をイメージして」


 謎の女性の声の言うことは信用できないが、一応やってみることにした。まずは右手を限界まで強く握り、アメリアが放ったような大きな火をイメージした。


「あとは『火を放つ』ことに意識を向けて手を開いてみて」


 この部屋を火事にはしたくないが、俺は巨大な炎を出現させることを考えながら思いっきり手を開いてみた。すると部屋が一瞬にして真っ赤な炎に包まれてしまった。


「本当に炎が出てきた! 俺は魔法が使える!」


 謎の声の言う通り、俺は本を読まずに魔法を習得していた。さらには炎を放つことだけではなく、右手を素早く握ることに寄って巨大な炎を一瞬で消火してしまった。俺はアメリアとほぼ同じ動作ができてしまった。


「これは私からのプレゼントよ。君には悪夢に怯えている世界から人々を救う義務がある。この力を使って勇敢な魔道士になるのよ」




 俺が消火に成功すると、アメリアは身を乗り出して俺を凝視し、エミリーはハーブティーのポットを落として口を大きく開けていた。


「東条くんは魔道士だったの? 君はどこで魔法を学んだの?」


「俺は魔法を何も学んでないよ。俺に語りかけてくる謎の声が俺に火を放つ魔法のやり方を教えてくれて、その通りにやったら魔法が使えたたけだよ」


「信じられない、君が1000ページに書かれている内容を既に習得しているなんて! そんなことがあるんだ! 君を異世界に招待して大正解だよ!」


 アメリアは驚きながらも感動し、俺の右腕を強く握りながら涙を流していた。真紅に染まる瞳で俺を真剣に見つめていた。


「君には何も教えることはないわ。この本で書かれている『イメージしている物体を出現させる技術』を習得しているなら、どんな魔法も使えるはずよ。例えば『岩』をイメージしてみて」


 俺は再び右手を握り、心の中で直径1メートルの大きな岩を思い浮かべた。そして岩を出現させることに神経を集中させて手を素早く広げると、右手から巨大な灰色の岩が出現してテーブルを押し潰してしまった。


 その瞬間アメリアとエミリーは目を輝かせながら俺に近づいた。


「東条くん、君は私と一緒に戦える魔道士よ! 君はこの力で世界を救えるはずよ、自信を持ちなさい!」


「東条さん!」


 俺も魔法が簡単に操れるなんて信じられなかった。魔法を習得するのに何年も時間がかかると覚悟していたが、たった数分でアメリアに認められるほど強力な魔法を教えてくれた謎の女性の声に心の中で感謝した。



 その後、俺が出現させてしまった巨大な岩を3人で懸命にハンマーで砕き、部屋の片隅に小さくした岩を集めた。この岩はエミリーが後で捨ててくれるらしい。




 岩の片付けが終わって落ち着いたとき、俺はこの世界の悪夢についてアメリアに尋ねてみた。


「アメリア、この世界には悪夢で住民の日常を脅かしているらしいけど、どんな危険があるんだ?」


 アメリアとエミリーから笑顔が消え、真面目な表情に切り替わった。


「東条くん、あなたに見せたい少女がいるの。付いてきてくれる? 見ればすぐに恐怖がわかるわよ」


 アメリアは俺の左腕を掴みながら扉を開け、大理石の廊下を渡り、『リリの部屋』という看板がかけられた扉の前で立ち止まった。


「この部屋には悪夢によって地獄の世界で一生苦しんでいる少女がいるわ。覚悟はいいわね?」


「ああ、開けてくれ」


 アメリアが重厚な白い扉を静かに開けると、廊下全体に響き渡るほど大音量の悲鳴が聞こえてきた。


「やめて、助けて、来ないで! 私は死にたくない!」


 俺たちはリリが泣き叫んでいる部屋に静かに入室した。部屋にはリリが寝ているベッドしか置かれていなかった。


「リリは目を覚ますことはこれからも一生ないわ。悪夢の世界でずっと死の恐怖におびえながら24時間365日眠り続けるのよ」

 

 俺は試しにリリを優しく触れたり擦ったりしたが目を覚ます気配は全く無かった。


「東条くん、残念だけど無駄よ。リリは悪夢の世界に心身が支配されているのよ」


「どうすればリリを救えるんだ? 悪夢を見させるモンスターを倒して悪夢から救い出すことはできないのか?」


「救えることは可能かもしれない。でも悪夢の原因はモンスターではないわ、黒魔術師という人間よ」


「人間が人間を苦しめるのか? 罪がないリリを地獄に叩き落としても黒魔術師にはメリットがないはずだ」


「いいえ、メリットだらけよ。例えば黒魔術師が『この村の半分の住民に悪夢を仕掛けた』と言われたら? 力がない住民は悪夢によって一生を終えたくないから黒魔術師の言う通りに生活するしか手段がないわ。そして村だけでなく国や世界の範囲で考えてみて? 黒魔術師は『悪夢』の魔法だけで世界を掌握することができるのよ」


 これは日本のいじめ問題と同じではないか。強者は弱者が絶対に逆らえないような体制を作り出し、弱者を奴隷のように遊び感覚で扱う。弱者には強者がいる限り幸福の光を拝むことはできず、地獄のような日々を耐えながら過ごすしかない。


 だが弱者は一生負け続ける訳にはいかない。何か強者を倒す方法があるはずだ。仲間を集めて攻撃を一斉に仕掛ける方法や卑怯だが背後から攻撃を仕掛ける方法もある。


「アメリア、リリを救うにはどうすればいいんだ? 黒魔術師を倒せば悪夢がきえるのか?」


「東条くん、落ち着いて。実験段階の手段だけど1つだけあるわ。『光』の魔法で目を覚まさせるのよ」


「じゃあ今から始めよう! 俺は準備ができている!」


「東条くん、待って。悪夢から救うには2つの条件があるの。1つ目は『深夜に魔法を放つこと』、2つ目が『悪夢に支配されている人間が目を開けるまでずっと光を放射し続けること』が必要なのよ。簡単に悪夢から救い出すことはできないし、まだ成功例がエミリーしかいないのよ」


「ええ、アメリアさんは午前0時から何時間も私の全身に光を当て続けてくれたお陰で救われました。悪夢の中で私を殺そうと追っかけてくる獣を消滅させ、光に満ち溢れたこの世界に連れ戻してくれました。もし私と同じ方法で救えるなら、多くの住民を悪夢から救い出して平和な世界を作り出すことが可能なはずです。」


「なら俺にもリリや悪夢に苦しんでいる住民を救い出せるかもしれない!」


 この世界を俺が変えてやる、アルストレイア王国で大きな成果を残してやる。俺は拳を握りながら消極的な自分自身と決別した。


「でもこの手段を実行するために約束してほしいことがあるの。黒魔術師を見たら私を置いてすぐに逃げて」


「アメリアを置いて逃げられない! 何があってもアメリアを守る!」


「気持ちはわかるけど、黒魔術師には勝てないのよ。強大な魔法を自由自在に使用する黒魔術師には1度もダメージを与えられなかったわ。多くの魔道士の友達が私を庇って倒されて、助けを呼んでも誰も来てくれない恐怖の悪夢の世界に連れて行かれたわ」


「黒魔術師に逃げ続けるのは嫌だ! 俺は不可能を可能にしてやる!」


「無理よ! 私達には黒魔術師に抵抗することができない運命なのよ。だからこの世界では仲間が集められなかったのよ。だから東条くん、黒魔術師に出会ったら私を無視して絶対に逃げて! 約束して!」


 アメリアは大粒の涙を流しながら俺の瞳を真剣に見つめた。俺はアメリアの言うことに承服できないが、「ああ、わかった」と約束してしまった。


「黒魔術師が現れる時間帯も午前0時から午前5時まで各地に出没するわ。午後11時50分から作戦を開始するから、それまでに個室で休憩してね。東条くん、頼りにしているわよ」




 俺たちはリリが泣き叫んでいる部屋を抜け出してアメリアと解散し、エミリーにベッドと木製のテーブルが置かれた個室へ案内してくれた。


「こちらが東条さんの個室です。時間になりましたら呼びに行きますね」


 俺たちが入室したあと、独り言のようにエミリーに小声で呟いた。


「俺はリリやアメリアを助けることができるのかな?」


 エミリーは慈愛に満ちた笑顔で俺を抱きしめた。エミリーのぬくもりが俺に力を与えてくれるような感覚だった。


「東条さんなら必ず成功できますよ。だって魔法を数分で習得できたのですから、東条さんには幸運を呼び寄せる妖精が見守ってくれているはずですよ。だから心配せず自信を持ってください!」

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