第14話 願い
エミリーは俺の体を強く抱きしめながら、子供のように泣いていた。
「東条さんがいなくなったら私はどうすればいいんですか! これ以上、戦わないでください! 東条さんがいなくなるのは絶対に嫌です!」
俺はエミリーの頭を優しく撫でながら、温かく真剣な表情で大粒の涙が溜まっているエミリーの瞳をずっと見つめた。
「ごめん、俺は戦うことを諦めることはできない。俺は平和を取り戻すために何度倒れても先へ進まないといけない。エミリー、平和を取り戻すまで我慢してくれ」
「ですが東条さんの体はボロボロです。今日はもう戦える状況ではありません。東条さんの気持ちは十分伝わりましたが、今日だけは絶対に休んでください。東条さんが死ぬ光景は見たくありません!」
エミリーは俺を大切に思ってくれている真剣な表情で俺をじっと見つめてきた。俺はエミリーの気持ちに心が折れた。
「ああ、分かった。今日だけは休むことにする。エミリー、あとでアーガスさんとメイドたちに今日の治療は休むことを伝えておいてくれ。アメリアには俺から言っておく」
「承知しました。東条さん、今日はこの部屋から絶対に出ないでくださいね! 今日の朝のように倒れた東条さんは2度と見たくありません!」
「本当に今日のことは申し訳ない。仲間を守るために俺が持っている全ての力を使いすぎてしまった。俺をここまで運んで看病してくれて、ありがとう」
「もちろんですよ。私は東条さんを支援するメイドですよ。東条さんのためなら何でもやりますよ」
「ありがとう、非常に助かる。今後も色々とお願いするかもしれないが、よろしくな」
「ええ、困ったら何でも私に言ってください。ですが東条さんが倒れて死んだら、私は東条さんのために何もできません。絶対に無理しないでくださいね!」
エミリーは限界まで戦い続けた俺に対しての怒りと心配の感情をぶつけながら、俺をより強い力で抱きついてきた。
「分かった、エミリーにも迷惑を掛けないように戦うよ。今度から気をつけるよ」
「ええ、お願いしますね」
エミリーは俺が反省した表情を確認すると、手の力を徐々に弱めながら抱きつくのをやめて俺から離れた。エミリーは手を前に組んで深くお辞儀をした。
「東条さん、いつも私やアメリアさんのために全力で戦ってくれて、ありがとうございます。東条さんがここに来てから私たちは多くの患者を救うことができました。これからも私たちの目標を実現するために協力してください」
「当たり前だ、エミリー、これからもよろしくな。俺は絶対に黒魔術師の野望を打ち砕いて、平和な未来を取り戻すことを約束する。だから心配させて申し訳ないが、俺は仲間や住人のために全力で戦うから暫くは我慢してくれ」
「ええ、承知しました。今日はゆっくりと体を休めてください。おやすみなさい」
エミリーはもう1度深くお辞儀をしてから退室した。
午後3時半、俺がベッドで寝ているとノックの音が聞こえた。
「どうぞ、入ってきて」
扉が開かれると強がりな表情が消えたミアが入室した。ミアは自信を失っているような暗い表情をしていた。
「東条、私はどうすればいい? 私は黒魔術師を倒すために戦ってきたが、結果として東条の足手まといになってしまった。全て私のミスだ。私は弱いとはっきり言ってくれ」
ミアの口調はいつもどおりだが、弱々しく小さい声で話していた。深夜での戦闘でミアは心身ともに大きな傷を負ってしまった。俺はベッドから体を起こし、ミアの目の前に近づいてから優しく抱きついた。ミアは俺の行動に驚きながら目を丸くしていた。
「ミアは強い。俺のために作戦を考えてくれるし、俺のように最前線で戦ってくれる。それにミアはどんな絶望的な状況でも決して諦めず、必死に打開策を見つけながら全力で戦ってくれる。ミアは戦闘のプロだ、これが俺の本音だ」
「だが私はまた東条に救われてしまった。私は東条のために何もできなかった。私は救われてばかりの弱い魔道士だ」
「そんなことはない、ミアは俺や仲間を守るために前進している。絶対に弱くない、俺の最高のパートナーだ。だから今度から弱いと言わないでくれ。俺は真っすぐで強気なミアが好きなんだ、弱気なミアは見たくない!」
するとミアは服で涙を拭ってから、強気な声と表情で俺を見つめた。
「分かった、また東条に負担を掛けてしまうかもしれないが、私はいつ通り全力で黒魔術師と戦うことをここで誓う。君のために仲間のために、私は逃げずに突き進むから君もついて来い」
「ああ、俺はミアのためならどこまでもついて行くさ。絶対に黒魔術師を倒してやる!」
「私もだ、友達と私を不幸にした黒魔術師に復讐してやる!」
俺とミアは強く握手を交わした。ミアの表情から弱い心が消え、いつも通りの強気なミアに戻ってくれた。ミアは小さくお辞儀をしてから退室した。ミアが退室すると俺は再びベッドで寝始めた。
午後4時、再びノックの音で目を覚ました。
「どうぞ」
扉が開かれると笑顔で明るい声のフレイが入室した。
「東条くん、さっきは本当にありがとう! 私たちの命を救ってくれて、ありがとう!」
「フレイも俺やミアを助けてくれて、ありがとう」
「いいえ、東条くんが生き残ってくれて本当に良かったよ!」
フレイは俺の手を弱く握った。
「東条くんは仲間思いで、悪夢から患者を救うために全力で戦っていて格好いいなあ。私も東条くんみたいになりたいなあ」
「フレイだって俺みたいに活躍しているさ。フレイの力で大勢の患者を救えたし、俺と一緒に黒魔術師を倒すことができた。全てフレイのお陰だよ」
「大袈裟すぎるよ、私は東条くんより活躍していないよ」
「フレイは大活躍している。今日も俺とミアの命を救ってくれた。フレイがいなかったら俺たちは死んでいたと思う。フレイがいるお陰で俺たちは戦えるんだ。本当にありがとう」
「照れるなあ」
フレイは俺の手を離さないくらい強く握りしめた。
「東条くん、ありがとう。東条くんのお陰で昔よりも強くなれたかもしれない。まだまだ東条くんのように魔法は操れないけど、一生懸命勉強して東条くんの足手まといにならない強い魔道士になることを約束するよ。だから東条くん、これからも一緒に戦ってね」
「もちろん。俺もフレイに色々と迷惑をかけるかもしれないが、これからもよろしくな」
フレイは俺から手を離して、小さくお辞儀をしながら退室した。
午後4時半、今度もノックの音が聞こえた。
「どうぞ」
扉が開かれると優しそうな表情をしているオビリア様が静かに入室した。オビリア様は俺に対して深くお辞儀をした。
「この度は娘のために命を懸けて戦ってくださり、誠にありがとうございます。娘は無事に意識を取り戻しました。シエラ、入ってきなさい」
するとシエラ様が笑顔で入室してきた。
「東条様、私のために黒魔術師と戦って頂きまして、ありがとうございます。東条様は私の命の恩人です」
「そんなことはないさ。オビリア様、魔法陣で俺を庇ってくれてありがとう。非常に助かった」
「とんでもございません。私も東条様や仲間のために戦っただけです。それよりも東条様は大丈夫ですか?」
「まだ完全に治っていない。黒魔術師の猛攻のせいで全身がまだ痛む」
「では私に治療を手伝わせてください。微力ながらお礼をさせてください。シエラ、一緒に回復魔法を唱えるわよ」
「はい」
オビリア様とシエラ様は俺の腕を掴み、真剣な表情で俺に魔力を流し込んでくれた。彼女たちが与えてくれた魔力はすぐに全身を癒やし、打撲や大きな切り傷による痛みが徐々に緩和されてきた。
「東条様、今の体の状態はどうでしょうか? 少しは痛みが和らぎましたか?」
「ありがとう。痛みが消えた」
「東条様のお力になれて嬉しいです」
彼女たちは俺の治療が終わると、腕から手を離した。オビリア様は申し訳なさそうな声で話し始めた。
「本当なら助けていただいたお礼をしたいのですが、私は今すぐ城に戻らないといけません。申し訳ございませんが、私の仕事が落ち着きましたら東条様に伺います。このご恩は一生忘れません。ありがとうございました」
「私に光を与えて頂きまして、誠にありがとうございます。また東条様に会いに行きますので、よろしくお願い致します」」
「ありがとう、オビリア様、シエラ様。国のために頑張ってくれ」
彼女たちは深くお辞儀をしてから退室した。
午後5時、また今度もノックの音で目を覚ました。
「どうぞ」
扉が開かれると悲しそうな表情をしているアメリアが入室した。アメリアは何も言わずに俺のベッドに潜り込んだ。
「どうしたんだ、アメリア? いつもの様子と違うぞ?」
「東条くん、一緒に寝てもらえない? 私1人では寂しくて寝られないわ」
「ああ、分かった。今日は俺に魔力を分けてくれてありがとう。とても助かった」
「私からもお礼をさせて。黒魔術師から私たちを救ってくれて、本当にありがとう。東条くんのお陰で治療が大成功したわ」
「今回も問題なく治療ができて良かった。いつも治療を成功させるアメリアは凄いよな」
「そんなことはないわ、東条くんがいなかったら成功できなかったわ。いつも東条くんが全身全霊で私を守ってくれるお陰で確実に治療ができるのよ。いつも命を懸けてくれて、ありがとう」
「ああ、アメリアのためなら何度でも立ち上がるさ。でも今日は流石に大規模な戦闘で俺たちは動けないから、今日の治療はなしにしよう」
「ええ、患者を救うことも大切だけど、私たちの命がなくなったら誰も救えないわ。今日はゆっくり休んで英気を養いましょう」
「そうだな。じゃあ、そろそろ寝るか。おやすみなさい」
「おやすみなさい、いい夢を」
俺とアメリアは2人でくっつきながら寝始めた。