第13話 逆境を越えて
円を描くように俺とフレイとミアを囲んでいる100人くらいの黒魔術師は低い声で叫びながら俺たちに襲ってきた。
「消えろ、魔道士! 俺たちがこの世界を支配する! 邪魔者は全員出て行け!」
黒魔術師は両手から槍を出現させて一斉に俺たちに向かって投げつけてきた。俺たちは休むことなく剣や槍を出現させて放たれた槍を振り落としていくが、大量の槍を捌ききれないフレイとミアの体に何本か槍が刺さってしまった。大雨のように無数の槍が出現し、俺たちに攻撃や回復のチャンスを与えてくれなかった。
俺はジュンナとの戦いで全身から力が抜けるほど大量の魔力を消費してしまい、俺も防御するのが精一杯だった。しかしフレイとミアは大量の傷を負っている、2人の命も危険だ。この状況を打開するには俺が無茶をするしかない。俺は衝撃波を放つために力強く右足を踏み出すと、苦しそうな声でミアがいつもの口調で制止した。
「やめろ、東条。君には衝撃波を放つことができる力はない」
「だがミアやフレイが危険すぎる。俺に任せとけ」
「不可能だ、私には策がある。このまま耐えてから一気に仕留めるから心配しないでほしい」
「ミア、本当に策はあるのか? 俺に教えてくれ」
ミアは東条に対して相変わらず強がりな口調で話していた。しかしミアの声は段々と自信溢れる声から小さい声に変わっていき、死の恐怖に怯えている表情をしていた。ミアは俺の問いに答えられなかった。
「ごめん、ない」
「ミア、無理しすぎるな。たまには俺に全てを託してくれ。俺がミアを絶対に救ってやるから安心しろ」
俺は右足に力を掛けながら、俺が持っている残りの魔力を集中させて前方へ衝撃波を放った。光を帯びている衝撃波は槍を投げている黒魔術師を優しく包み込み、台風のような激しい風と共に黒い灰となって消えた。
だが後方にも黒魔術師が残っている。黒魔術師は俺たちに対して槍を構えながら突進してきた。その瞬間、フレイは大盾を出現させて防御に徹したが、ミアは両手に剣を構えて黒魔術師に攻撃を仕掛けた。黒魔術師は一斉にミアに対して槍を投げつけてきた。
「ミア、やめてくれ! 逃げろ!」
「東条、君はもう体力がない。私が何とかするから今のうちに休め」
「頼む、逃げてくれ! ミア、死なないでくれ!」
ミアは俺に格好つけたいために剣で大勢の黒魔術師に剣を大きく振るが、ミアの全身に10本の槍が刺さってしまった。ミアは苦痛の悲鳴を上げながら倒れ込んでしまった。フレイはミアが倒れることを見てしまい、涙を浮かべながら反撃ができない彼女自身を悔いていた。
大量の血で染まっているミアは俺を悲そうな表情で見つめ、涙を流しながら弱気な声でいつもの口調で話した。
「私は平気だ。東条、君が逃げろ。私には逆転のチャンスがある」
「ミア、無理するな。俺は絶対に逃げない、みんなを救うまでは絶対に戦い続ける!」
「やめろ、君はもう無理だ。戦わないでくれ」
俺はミアの言葉に返答せず、黒魔術師に向けて大剣を向けた。俺の体には魔力が全く無いが、どうしても勝たないといけない。俺はアメリアから貰った星型のネックレスに対して話しかけた。
「アメリアの師匠、俺は異世界から来た東条郁人だ。俺は絶対にこの勝負に勝たないと行けない。少しだけでいい、力を分けてくれ。1発でも黒魔術師に攻撃を与えたいんだ」
すると星型のネックレスは虹色の光を放ち、俺を光で包み込んだ。アメリアの師匠と思われる低い声が俺の心に話しかけた。
「少年よ、君は魔法を使って何をしたいか? 名誉が欲しいか、莫大な富が欲しいか?」
「今すぐ仲間を救う力が欲しい」
「君は仲間を救って何をするのか? 国を支配したいのか、やっぱり名誉や富が欲しいのか?」
「自分でも無謀だと思うが、俺は世界を救いたい。悪夢がない、恐怖がない、平和な世界を築きたい。だから今は目の前の仲間を救う力が欲しいんだ! そして一緒に俺たちが世界を変えるんだ!」
「よかろう、君は卒業生のアメリアと同じ考えで良かった。合格だ、君に魔力を差し上げるだけの価値がある。私は天国で君の活躍をゆっくりと見届けよう、これからの戦いに期待している」
「ありがとう、師匠様」
俺の心からアメリアの師匠の声がなくなると、さっきまで重かった体が急に軽くなるほど全身に魔力が流れ込んだ。血液が循環するように全身に魔力が行き渡り、黒魔術師にもう1発お見舞いできる力を得た。
俺は大剣に光を集中させて、ダイヤモンドのように美しく輝いている大剣を構えた。黒魔術師はミアとフレイに攻撃せず、一斉に俺に向けて黒色の球体を放ってきた。マシンガンのように無数の黒色の球体が飛んできたが、大剣は黒色の球体を弾き飛ばして俺の身を守ってくれた。
一気に黒魔魔術士を仕留めるために再び右足に力を入れてから勢いよく大剣を振り回した。アメリアの師匠から頂いた力のお陰でもう1度衝撃波を放つことに成功し、1回の攻撃で目の前にいる黒魔術師を全て倒した。
広間から黒魔術師がいなくなるとフレイは俺に駆け寄った。フレイは俺の右手を強く握りしめながら魔力を分け与えてくれた。
「ありがとう、東条くん。私は東条くんみたいに戦えなくてお荷物だよね」
「そんなことはない。フレイはもっと自信を持っていい」
「東条くんは優しすぎるよ。私を気遣っても本当は弱い魔道士と思っているよね。はっきり言っていいよ、私は傷つかないから」
「俺ははっきり言うよ。フレイは絶対に弱くない。フレイは何十人もの悪夢に苦しんでいる患者の命を救った立派な魔道士だ。それに俺は勉強ができないけど、フレイは魔法学校を主席で卒業するほど優れた魔道士だよ。フレイ、これからも俺のためについてきてくれ」
「東条、……ありがとう」
フレイが俺の魔力を回復したあと、俺を優しく抱いてきた。フレイには大粒の涙を流しながら俺に何度も感謝してくれた。
しかし数分後、再び大勢の黒魔術師が広間に飛び降りてきた。黒魔術師は俺に睨みながら黒い球体を作成していた。黒魔術師の狙いはフレイやミアではなく俺だけだろう。俺はすぐにフレイに指示した。
「フレイ、すまないがミアを頼む。ミアを安全な場所まで運んで治療してくれ」
「分かったよ。東条くん、必ず生き延びてね」
「もちろんだ」
フレイはミアを担いで広間からすぐに退出した。ミアの全身には槍が10本刺さっており、顔色が非常に悪かった。フレイが何度もミアの名前を呼んでも一切返事をしないほど重症を負っていた。
広間には俺とシエラ様を治療しているアメリア、シエラ様を見守っているオビリア様だけが残った。絶対に治療の邪魔をさせないために俺は1発で仕留めることを決意した。
黒魔術師は黒色の球体を作成し終えると一斉に俺に向けて黒い球体を放った。100個程度の黒色の球体が俺に襲いかかると、俺はすぐに衝撃波を放って黒い球体を吹き飛ばしながら黒魔術師を黒い灰にさせた。
そして数分後、また黒魔術師がやってきたので俺は命が尽きるまで衝撃波を打ち続けた。心臓が破裂寸前の体に鞭を打ち続けながら何度も剣を全力で大剣を振り続けた。
午前3時、俺の後ろから少女の嬉しそうな声が響いた。
「光だ! やっと悪夢から抜け出せた!」
アメリアのお陰でシエラ様が長い悪夢から目を覚ました。しかし同時のタイミングで黒魔術師が訪れてきた。俺は魔力も体力も枯渇しており、大剣を握ることができないほど限界な状態だった。
黒魔術師は苦しそうな俺の表情を確認すると笑いながら黒色の球体を作成し始めた。
「東条郁人、正義の味方ごっこはこれで終わりだ!」
黒魔術師が一斉に黒色の球体を放つと、俺の目の前にアメリアとオビリア様が黒色の球体に向けて手を広げながら、光を帯びた白色の魔法陣を出現させた。直径2メートルの巨大な魔法陣は黒色の球体を吸収し、大勢の黒魔術師に対して無数の光の球体を乱射した。光の球体が命中すると黒魔術師が黒い灰となって消えた。
黒魔術師が広間からいなくなるとアメリアは俺をすぐに抱きつきながら魔力を分けてくれた。アメリアの小さな手から大量の魔力が俺の全身に染み渡った。アメリアは心配そうな声で話しかけた。
「ごめんね、東条くん。無茶なことばかりさせて酷い魔道士よね」
「アメリアは全く悪くない。シエラ様の治療と俺の命を救ってくれてありがとう」
「東条くんもありがとう。東条くんがいなかったら成功できなかったわ」
「そんなことはないさ、アメリアなら俺がいなくても治療ができるはずだ」
「いいえ、東条くんがそばにいるだけで私は頑張れる。私に勇気を与えてくれたのは東条くんだわ。私の無謀な作戦のために必死に戦ってくれて、本当にありがとう」
「アメリアが目指す世界の実現は無謀じゃない。俺たちが成功に変えるんだ。俺はアメリアのためになら死ぬ気で戦うから、これからも頼むな」
「私も東条くんのためにできることは何でもする。これからもお願いするわ」
俺の全身にアメリアが分けてくれた魔力が循環したとき、大理石の床に大勢の黒魔術師が降下してきた。アメリアは俺に全ての魔力を託し、魔力が枯渇したアメリアは横になって静かに倒れた。
「東条くん、絶対に世界を変えてね!」
「ああ、絶対に変えてやる!」
俺はアメリアに小さくお辞儀をしながらオビリア様が放っている魔法陣に手を触れて、魔法陣に俺が所持している魔力を与えた。オビリア様は心配そうな表情で俺を見つめた。
「東条様、大丈夫ですか? ここは私に任せて東条様は休んでください」
「俺は平気だ。アメリアから力を分けてくれたお陰で元気になった」
「ですが東条様は何時間も戦っています。東条様のお体が危険です、すぐに黒魔術師から離れてください。これ以上戦うことはできないと思われます」
「俺は世界を救うためなら命を捨てる覚悟で戦う。そうしないと黒魔術師に絶対に勝てない。俺はできないことをできることに変えてやる! 俺は理想の未来を掴むために、今を生き延びるために戦うんだ!」
「東条様のお気持ちは分かりました。ですが限界になりましたら私にお声をかけてください。私も死ぬ気で戦う覚悟はできています」
俺とオビリア様はその後も魔法陣を展開し、黒魔術師の攻撃を無効化しながら光の球体を黒魔術師に命中させ続けた。俺たちは魔力と体力の限界だったが、気力と集中力で心身の限界を誤魔化しながら何時間も戦い続けた。
そして午前5時、黒魔術師がいなくなることを確認すると俺とオビリア様は魔法陣を唱えることをやめて、力尽きた2人はその場で床に倒れ込んだ。俺は泣き叫んでいるシエラ様がオビリア様の体を摩り、何度もオビリア様の名前を呼んでいる声を聞きながら目を閉じた。
午後3時、俺はエミリーに体を擦られて個人部屋のベッドの上で起床した。魔力や体力は回復しており、昨日の戦闘前と同じような健康状態に戻った。するとエミリーは飛びつきながら俺を強く抱きしめた。エミリーは何も発せずに大量の涙を流していた。
「エミリー、今日も心配をかけてごめんな」