第12話 漆黒の魔女
午後11時40分、俺はアメリアに背中を擦られて起床した。周りには目を覚まして腕を伸ばしているフレイとミア、シエラ様をずっと温かく見つめているオビリア様の姿があった。アメリアは俺が起床することを確認すると俺たちに話しかけた。
「今日は危険な戦いになりそうだわ。フレイさんとミアさんは無理をしないで戦闘に参加して、もし魔力が無くなりそうになったらすぐに退避してほしいわ。東条くんはいつも重要な戦闘を頼んでばかりだけど、もし駄目だと思ったら私を呼んで。私も手伝うから」
「ありがとう、アメリアも治療を成功させてくれ」
「もちろんだわ、シエラ様を必ず救ってみせるわ」
「ミア、フレイ、俺に全て任せてくれ。絶対に無茶な戦闘はしないでくれ、俺が何とかする」
「東条くん、気をつけてね」
「東条こそ気をつけて魔力の管理を徹底してくれ。君の魔力がなくなったら私たちは全滅だ」
「ミア、ありがとう。今回は気をつけて戦うぜ。あとは大丈夫か?」
俺は3人を見回して全員が頷いたことを確認すると、シエラ様を優しく見つめていたオビリア様が俺たちに1人ずつ握手をした。
「私のために立ち上がって頂きまして、ありがとうございます。私は皆様のことを陰ながら全力で応援致します。必ず生き残ってください」
「オビリア様、ありがとう。俺たちは必ず勝ってみせるから待っていてくれ」
オビリア様が深くお辞儀をして最後の作戦会議が終了した。
午後11時59分、俺とミアとフレイは剣を構えながら天井を見つめていた。いつ襲ってくるか分からない恐怖に怯えながら、剣の柄を強く握りしめながら心の準備をした。俺は何度も黒魔術師を倒して患者を救ってきた、今回も問題なく治療が成功できるだろうとプラス思考でじっと待っていた。
午前0時0分、長針が動いた瞬間に天井から鼓膜が破れるほどの爆発音と共にドーム型の天井が粉々に砕け散った。鉄板や鉄柱は砂のように細かい粒子になり、骨組みは爆風で飛ばされてしまった。
天井がない広間に黒色のロングスカートを履いた、フードを被っている女性が俺たちの目の前に現れた。女性は笑いながら俺たちを見回した。身長は165センチのFカップ、見た目は20代前半の女性だった。
「私は黒魔術師の教育係のジェンナ。ミアちゃん、お久しぶり。元気にしてた?」
ミアは俺と相談した作戦を無視して、怒りに満ちた表情でジェンナに攻撃するために走り出した。
「ふざけるな! 私の人生を返せ!」
「そんなに怒らないでよ。私の目の前から急にいなくなって寂しかったわよ。一緒に戻りましょう」
「私を舐めるな! 貴様を地獄へ叩き落としてやる!」
ミアは両手に剣を構えてジェンナに向けて振り下ろそうとしたが、ジェンナは黒色のオーラを目の前に出現させてミアの剣を弾き、剣先を折ってしまった。
「これが駄目ならこれならどうだ!」
ミアは剣を捨ててすぐに大剣を構えて勢いよくオーラに向けて振り下ろしたが、大剣も真っ二つに折れてしまった。大剣が折れた反動でミアは後退してしまい、その瞬間にジェンナは左手で黒い球体を作成してミアの瞳に向けた。
「ミアちゃん、あなたはここで死にたい? 死にたくなければ東条を殺して私の仲間に戻りなさい」
「私を攻撃しろ。貴様では私を倒すことはできない」
「ミアちゃん、全身が震えているけど強がって大丈夫? ミアちゃんの言葉に甘えて本気で行くわよ」
ミアは死の覚悟を決めながら恐怖に怯えて全身を大きく震わせていた。するとジェンナはため息をついてから黒い球体をミアの瞳から外し、真っ黒な空に向けて放った。その後ジェンナはミアの頬を思いっきり叩いた。
「ミアちゃん、本当は弱いくせに傲慢で強がりな性格を治せと何度も言ったのに、今日も私の言う事を聞いてくれないのね。私とミアちゃんは敵対関係だけど、早く治さないと仲間に嫌われるわよ。ミアちゃんは弱いということを自覚しなさい」
ミアは予想外のジェンナの行動に驚き、口を大きく開けていた。
「なぜ私を倒さない!」
「私の目的は東条郁人だけよ。私はミアちゃんを殺す理由はないわ」
ジェンナはミアを押し倒して、治療をしているアメリアとシエラ様を見守っているオビリア様を見つめた。ジェンナは攻撃の意志がないことを証明するために両手を上げながら手を開いていた。
「私は何もアルストレイア王国には恨みはないし国民を殺すような真似をしない。深夜に突然押し入って王女様の娘を悪夢に唱えたことを謝罪するわ。大変申し訳ない。アメリアは女王様の娘を確実に救ってくれ。私は決して邪魔をしないから安心して治療して」
オビリア様とアメリアは唖然とした表情でジェンナを見つめていた。オビリア様は震えた声でジェンナに質問した。
「ではなぜあなたは私の娘に対して悪夢を仕掛けたのですか? 理由を教えてください」
「東条郁人と高い確率で出会うためにわざと仕掛けたわ。東条郁人という人間はこの広間で治療していると、瀕死状態となって帰宅したデグラから聞いたわ。だから今日の深夜に必ず東条たちに治療をさせるために悪夢を仕掛けたわ。城に1000人集めてこいという発言も嘘よ。脅迫してしまって申し訳ないわ」
「ですがなぜ私の娘が標的となったのですか? ジェンナ様の言う事なら誰でも良かったのではないのですか?」
「いいえ、女王様にも関わる問題だからわざと仕掛けたのよ。今日は黒魔術師としての忠告と東条郁人の覚悟が知りたいだけだわ」
ジェンナは指を鳴らすと大理石の床に大きな黒色の魔法陣が出現し、ドーム状の天井が一瞬で元通りになった。ジェンナは俺を真剣な目で見つめた。
「東条郁人、君はこの世界に残り続けるか、君が生活していた世界に戻るか今すぐ回答してほしい。そのために私はここに来た」
「俺を舐めているのか! 俺はこの世界に……」
「ちょっと待ってくれ、回答が早すぎる。私の話を聞いてから答えを出してほしい」
ジェンナは俺の回答を遮って話を始めた。
「私は黒魔術師として君が魔道士になることを諦めさせるために来たわ。昨日、アルストレイア王国の隣国が黒魔術師の手によって全滅したわ。国民全員が悪夢に拐われ、黒魔術師は強大な力を得てしまったわ。東条郁人の力では敵わないかもしれないほど恐ろしい世界がこれから訪れるはずだわ」
「恐ろしい世界とは何だ? 俺を脅しているのか?」
「この世界が黒魔術師によって管理される最悪の世界がもうすぐ訪れるわ。平和に暮らしている人々は私たち黒魔術師によって奴隷のように強制的に働かされる運命が待ち構えているわ」
「なぜ黒魔術師はこんなことをするんだ?」
「私たち黒魔術師は体質の問題で生まれたときから光を長時間浴びることができず、商店街や綺麗な住居がない暗闇の洞窟で生き続けているわ。光を浴びられる人々は豪華な生活をしているのに、私たち黒魔術師は真っ暗な世界で貧しい生活をしなければいけないのかと不満が多くなった。さらには生活するために洞窟を塞いでいる私たちが邪魔者扱いされて、光を浴びることができる魔道士や騎士によって大量の仲間が殺された事件も多く発生した。この生活に耐えられなくなった私たちは反乱を起こすためにこのような行動に出たわ」
「話し合いでは解決できないのか? 今なら何とかなるはずだ」
「もう無理よ。私たちは欲が出てしまった。国を支配して政治を自由自在に操り、今度は光を浴びられる人々を苦しませてやろうと躍起になっているわ。彼らは一丸となってこの国や他国を襲い始めているわ。だから東条郁人、これからこの世界で生き続けるのはとても厳しいわ。だから君は仲間を捨てて、君が生活していた世界に戻って欲しい」
俺は日本には帰りたくない。日本には仲間や友達もいないし、世間は俺を無視している。俺は日本という国を救うつもりは全く無いが、アルストレイア王国は絶対に俺の力で救わないといけない。俺はこの国でアメリアや大切な仲間と一緒に世界を救うと覚悟して戦い続けた。
「無理だ、俺はこの世界を救うためにこの世界に来た。悪夢がない世界を目指すために俺たちは戦ってきた。ここで諦めることはできない」
「ならば意地でも帰らせてやる! 貴様は黒魔術師にとって危険人物だ! 武器を構えろ、東条郁人! どちらかが死ぬまで戦え!」
ジェンナは両手に剣を構えて黒色のオーラを放ち始めた。さっきまでのジェンナと違い、憎しみと殺気に満ちた表情をしていた。
「貴様がいるせいで黒魔術師の目標が達成されない。この世界を私たちの手で支配するために貴様にはここで死んでもらう!」
「だったら俺を倒せ!」
俺は右手に槍を構えてジェンナに突くとオーラによってミアの剣と同じように刃先がボロボロになってしまった。黒魔術師が得た強大な力なのだろう。
ジェンナは武器を所持していない俺に対して剣で胴体を斬り裂こうとしたが、俺は光を帯びた大盾を瞬時に出現させて防御した。しかしジェンナは黒色の煙を放ち始めた剣を大盾に突き刺すと大盾はドロドロに溶け始め、足で思いっきり蹴ると一瞬で粉々になってしまった。身を守るものを失った俺は地面に向けて素手から衝撃波を放ち、ジェンナから距離を置いた。
黒い煙は武器を溶かしてしまう。俺には攻撃し続けるしか勝つ方法がない。俺は決心をして大剣を両手に出現させると、心の中のソフィーが寂しそうな声で話しかけてきた。
「助けて! あの人は私と私の家族、そして私たちの友だちを地獄に突き落とした極悪人よ! 絶対に勝って!」
「分かった。ソフィーのためにも戦うさ」
俺はジェンナに向き合うと彼女は俺を笑いながら剣を構えていた。
「さっきまでの威勢はどうしたの? 君は私に勝てない運命なのよ。早く諦めて降参しなさい」
「俺は諦めない。俺が俺自身の運命を変えてやる!」
俺は魔力が枯渇しそうなほど全身に力を集めて大剣に光を放った。するとアメリアから貰った星型のネックレスが真っ白に光り輝き、老人の声が聞こえてきた。
「正義と勇敢な心を持った者が光を自由自在に操れる。君が世界を変えるのだ」
俺はドーム状の広間全体を真っ白に染めるほど眩しい光を放った大剣を構えてジェンナに駆け寄った。ジェンナは黒い煙を放った剣で大剣を溶かそうと試みるが、ジェンナの剣は光に包み込まれ、粒子状となって消えてしまった。俺は足を踏み込んで全身に力を入れて大剣でオーラに攻撃した。するとオーラに大きなヒビができたことを確認した。
ジェンナは俺に抵抗するためにすぐに盾を出現させるが、盾も光に飲み込まれてしまった。俺はジェンナの身を守るオーラに何度も大剣を振り下ろし、ガラスが割れるようにオーラの破片がジェンナの周りに散らばった。俺はジェンナの腹を斬り裂いて、彼女が床に倒れたことを確認すると彼女の瞳に大剣の剣先を向けた。
「これで分かったか? 俺は決してこの世界から消えない。お前ら黒魔術師に嫌われても俺は世界を救うためにお前たちと戦う」
「そうか、自信だけは認めよう。だが私を仕留めることは不可能だ」
ジェンナは全身から強大な魔力を放ち、大理石の床を削り取るような大爆発を発生させた。俺は大剣で爆風と大理石の破片から身を守ると、その瞬間にジェンナは立ち上がって両手で槍を構えていた。
「まだ終わりではないわよ。今度こそ諦めなさい」
ジェンナは素早く足を踏み込んで俺の懐に入り込んで腹を突き刺そうとしたが、俺は彼女の鳩尾に思いっきり蹴り上げてから、気絶している彼女の頭に向けて大剣を振り下ろした。ジェンナは悲鳴を上げると同時に黒い灰となって消えた。
午前1時、ジェンナを倒したことを確認してほっとすると、天井から再び轟音が響き渡った。天井は数秒で破壊され、大勢の黒魔術師が広間に集まってきた。
「お前たちの治療を成功させる訳にはいかない! 奴らを仕留めろ!」
彼らは俺だけではなく、俺の仲間にも危害を与える様子だった。俺はさっきの攻撃で魔力を使い果たした体を無理矢理奮い立たせながら大剣を構え直した。ミアとフレイは俺にすぐに近づいて魔力を分け与えてくれた。フレイは心配そうな声で俺の顔を見つめた。
「東条くん、大丈夫? 無理なら私たちでなんとかするよ?」
「俺は平気だ! 俺がなんとかしてやる! だから俺は覚悟を決めてこの世界に来たんだ!」
俺は息を整えてから、大剣の剣先を大勢の黒魔術師に向けて叫んだ。
「俺が相手だ! 俺に全員でかかってこい!」