不幸妹と不幸姉
11月のとある金曜日。
東京都、江戸川区にあるとあるマンション。
外は数時間前にとっくに暗くなっていて、分厚い雲が雨を降らせている。
時計の短針は11を指していた。
中学2年生の末広陽は電気を消した自室のベッドで横になっていた。
陽は夜になると強い不安感や孤独感を感じる、いわば情緒不安定の様な状態になる事がある。
そしてそれが今日訪れてしまっていた。
陽はもう誰にも迷惑はかけたくない、と必死にそれらを抑えて眠りに就こうとしていた。
しかし、それらは火山から噴き出す溶岩の様に心にドロドロとへばり付き、とても辛い。
30分後、ついにそれらに耐えられなくなり、バサッと毛布をたなびかせて体を起こした。
「・・・・・お姉ちゃん、まだ、起きてるかな」
陽はこうなってしまった時、会いに行く相手がいる。
陽の姉である「秋」である。
秋はこの様な状態の陽に優しく接し、一度も邪険にした事はなかった。
陽自身、秋に迷惑をかけてしまっていると申し訳なく思う気持ちがあるが、母が離婚して父も仕事で中々帰ってこれないという環境の中では、頼る事の出来る相手は秋しかいなかった。
陽はドアを開けて廊下に出ると、隣の部屋の前まで行きドアをノックした。
「はい」と声が聞こえて来る。
「あ、お姉ちゃん・・私・・・」
するとギイと音をたててドアが開き、秋が出てきた。
「ごめん・・その、お姉ちゃんと一緒にいたくて」
「・・・うん」
秋は陽を部屋に入れると、ゆっくりとドアを閉めた。
部屋には蛍光灯の光だけがそこを照らしていた。陽はベッドに腰かける。
「・・・もしかして、勉強中、だった・・?」
「え?ああ、コレ?ううん、もう勉強終わってこれから寝るとこだったの」
「そ、そっか・・・」
少しばかり静かな時間が流れた。いつもなら20分ほど話をするのだが、今日はなぜかその気になれなかった。
「・・・ねえ、お姉ちゃん」
「ん、どうしたの?」
「その・・・今日、一緒に寝てくれない、かな・・・あ、もちろん嫌だったら嫌だって言って―――」
すると、秋は陽の隣に座ると、笑みを浮かべた。
「・・いいよ、今日は一緒に寝よっか」
「い、いいの?」
「うん、大丈夫」
秋は陽の頭を優しく撫でた。
「お姉ちゃん、ごめんね・・・」
「え・・?」
「私、いつもお姉ちゃんに迷惑かけてばかりで・・・本当に、ごめん・・っ」
「そ、そんな・・別に私は迷惑なんて・・・」
「でも・・・お母さんとお父さんが、別れたのも・・・全部・・・私が・・っ!」
陽はボロボロと大粒の涙をこぼして、嗚咽を漏らしていた。
秋はそんな陽をギュッと抱きしめ、左手で背中をポンポンと優しく叩き、右手で頭を支えた。
確かに、離婚となったきっかけは陽の中学受験の失敗だった。
それに怒った母と陽を擁護する父が喧嘩を繰り返し、最終的には2人の親権を父が得た上で離婚が成立した。
陽は無意識に自分を責め続けていた。家族を分断した自分を。姉や父親、母親にまで迷惑をかけた自分を。
秋はその事に初めて気づいた。
「大丈夫・・・陽は何も悪くないんだよ・・・っ」
秋は自分を責めた。なぜ気づいてあげられなかったんだろう、と。
自分がもし同じ立場だったら、耐えられなかったかも知れない。いや、絶対に耐えられなかった。
そして陽は自分に助けを求めた。でも、私は陽と話していただけ。陽の本当の気持ちに気づいてあげられなかった。陽の為に何もすることが出来なかった。
そんな自分が情けなかった。
「・・何も出来なくて・・・こんなお姉ちゃんで・・ごめんね・・・」
自然と、秋も涙を流していた。
そしてそのまま、数十分ほどが経った。
二人は呼吸が落ち着き、気づけば互いを抱擁していた。
「・・・・そろそろ、寝よっか」
「・・・うん」
一旦お腹あたりに巻いていた腕をほどくと、二人はベッドに全身を乗せて横になり、秋が毛布を被せた。
「・・・お姉ちゃん」
「・・・?」
「ギュッって・・・して」
秋は何も言わずに、そっと陽を抱きしめた。
「・・・お姉ちゃん・・あったかい・・・」
陽の頬は少しばかり火照り、安心しきった様な笑みを浮かべていた。
「大好きだよ・・・・・お姉ちゃん・・・・・」
「・・・私も、だよ・・・・陽・・・・」
二人は、その後5分もかからずに深い眠りについた。
丁度空は晴れ、寝静まった東京の空には星が数個顔を出した。
お読み頂きありがとうございました。
次回もシリアスな百合を書きたいです。




