第4話
「うぅ〜!寒ぃ〜」
1995年1月16日、瀬戸内海に面している故郷で、俺、楠目泰二は実家に帰省していた。
「やっぱり、東京とは違った寒さだよなぁ」
茶色のレザージャケットのポケットに手を突っ込みながら、今年度卒業する東京大学についての思い出を思い返す。
(4月から一流企業の就職も決まったし、俺が研究していた構想も完成したし、これが世に言う勝ち組ってやつか。)
頭の中でこれからの自分の人生を予想し、ついついニヤケ顔が止まらない。
それも当然だろう。
誰しもこれほど将来有望で、順調に行けば将来、都心の高級住宅街に豪邸を建てるのも夢でないどころか、確実に訪れる未来だ。ニヤけるなと言う方が無理というものだ。
(後は、結社の中でどこまで地位の高い所までいけるかが問題だな。)
この楠目という男、しばしば周りから権力志向の強い人間と思われることもあるが実はそうではない。この男の行動原理は基本的に知識欲からくる。
世界の様々な、特に他の者が知らないような’’未知’’にたいしての興味が絶えない。
しかし、表の世界ならともかく、裏の世界では権力を持っていなければ知り得ない情報がごまんとある。そんな都市伝説級のような情報の成否や、知識を獲得したいがために権力を求めるような行動をし、フリーメイソンという秘密結社にも入った。別に権力が欲しいというわけでなく、あくまでも、権力は知識を得るためのツールに過ぎないのだ。
「ねぇ!泰二!!話聞いてる?」
「んあ?あぁごめんごめん。何の話だったっけ?」
「全くお前はいいよなぁ。就職決まったから余裕で。」
一緒に居酒屋から帰っている同級生たちが俺に冷ややかな目線を向ける。
さっきまで高校の同級生たち男女20人と同窓会をしていたのだ。
「いや、こっちも東京みたいに寒いなと思ってな。」
「何だそりゃ。オヤジかよ!」
「当たり前じゃん。まだ1月の、しかも夜の11時だよ。寒いに決まってんじゃん。」
「相変わらず泰二君って頭いいけど抜けてるよねぇ」
「あれじゃね?将来奥さんがいないと仕事以外何も出来なくなる奴じゃね?」
みんながそれぞれ勝手なことを言いだし俺をディスり始める。
「ほっとけ!これが俺の持ち味なんじゃ!・・・ん?」
ふと、ふて腐れた素ぶりを見せて顔を右に向けて見ると、小学校低学年くらいの男の子が、細い路地に入る所が目に入る。
その先はこの町の歓楽街に続いている。地元の人なら誰でも知っており、子供が、しかもこんな時間帯に行く場所ではない。
(迷子、いや家出か?)
俺はその子供と一瞬目が合ったような気がすることもあり、気になって後を追いかける。
「ごめん。ちょっと待ってて!」
「は?おい!泰二!どこ行くんだ?トイレか?」
俺は友人に応えることなく、子供を追うため走り出す。
路地に曲がって見えなくなったといっても、せいぜい数十メートルしか離れていない。走って行けば直ぐに追いつくかと思ったが、角を曲がっても子供はいなかった。
一瞬、寒いのもあって諦めようかと思ったが、何故か気になりそのまま探し続ける。
そうすると、五分くらい付近を探した結果、子供は近くの小さな公園のベンチに座っていた。
やはり、年齢は6、7歳ぐらい、10歳まではいってない感じだった。
だが、子供と目が合うと、目つきが鷹の様に鋭いものの、身長も110センチそこそこ、体型も普通で、顔も将来はまぁまぁの顔になるかな程度であるにも関わらず、何故か人気俳優のような、歴戦の軍人の様な雰囲気がある。
「坊主。どうしたんだ?家出でもしたのか?」
それでも俺は年上ということもあり、雰囲気に飲まれない様に、いつもより大人びて、頼れるオヤジ的な口調で問いかける。これではあいつらにオヤジ臭いと言われても仕方ないな。
「ふむ。やっと気がついたか。まぁ見かけただけで心配になって、ここまで追いかけてきたのだから、性格も問題ないか。だが、3回目でやっと気がついたのは少々注意力に欠けているな。…いや、この平和な時代でしかも軍属でもない一般人。それが当たり前。むしろ良い方か?」
自分がオヤジ臭いと思っていたら、子供の方がよっぽどオヤジ臭い言い方をしてきた。しかも言っている事が意味不明だ。もしかして、この歳で中二病か?それか危ない奴?
「お父さんとお母さんはどうしたんだ?心配してるぞ。」
とりあえず当たり障りのないことを言ってみる。だって、こいつちょっと変じゃね?
「ふん。ユーモラスのかけらもない質問だが、まぁ合格としてやる。良かったな楠目泰二。これでお前の未来はつながったぞ。」
マジで何言ってんだこいつ。・・待て!!こいつ今俺の名前言わなかったか!?こいつに名前は言ってないぞ!!?
「な・何で俺のなま」
「お!いたいた。泰二〜お前こんなとこで何してんだよ。探したぞ〜」
後ろから声をかけられ、振り向けば俺の同級生たちが小走りでこっちに向かって来ていた。どうやら俺を探してくれていたらしい。
「あ、あぁ…ごめん。」
一応友人たちに謝ったが、何故子供が俺の名前を知っているのか考えるのに一杯一杯で、発した声はかなり小さい。おそらく聞こえていないだろう。
「え!??」
後ろに振り返った状態から再び子供に視線を戻すと、俺の目にはベンチしか映らなかった。
(何処に行った??というか何時いなくなった!!??)
肌に突き刺すような風が体を撫でる。鳥肌がたち、ブルッと体が震える。これが単に寒さによる震えなのか、理解不能な出来事に対する恐怖なのか楠目には分からない。
「どうした泰二?顔が真っ青だぞ?」
「い・今まで俺の目の前にいた子供何処に行った?」
「子供??お前何行ってんの?最初から誰もいねえじゃん。」
「最初から?」
「あぁ。初めから誰も居ねえよ」
「そんなはずねえだろ!!俺が振り向くまで話してたんだぞ!!」
「お前マジで何言ってんの?酔ってんのか??」
「酔ってねえよ!!マジでそこに子供がいたんだって」
「幽霊でも見たんじゃない?キャー!泰二くん呪われるかもよ。」
友人たちは皆酒が入って酔っていることもあり、勝手に盛り上がり始める。
(クソ、勝手なこと言いやがって!こっちはマジでビビってんだぞ!)
しかし、この状態では、俺が何を言っても間に受けないだろう。
俺はもう一度あの子供が座っていたベンチに目を向けるが、当然誰もいないし、誰かがいた形跡もない。
(俺が邪魔で、後ろから来た奴らには見えなかったのか?)
俺は怖くなって来たので、ここで考えるのを放棄し、みんなと一緒に帰路に着いた。
その後、同級生たちと別れ家に帰って布団に潜り込む。酒を飲んだので直ぐに眠れるかと思ったが、あの子供が気になり、眠れない。
どうやって姿を消したのか。何故自分の名前を知っていたのか。あの子供が言っていた数々の内容はどういう意味なのか…。
いくら考えても答えは見つからず、結局寝れたのは午前4時を過ぎた頃であった。
1995年1月17日午前5時半頃、楠目はやっと眠りに着き、夢の世界を旅していた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!!!!!
「!!!!!???????」
(ゆれてる!!!!???地震!!!???スゲエゆれてる!!!!???棚!倒れる!!!動けない!!!!死ぬ!!!!!!)
楠目が生まれてから経験したことのない、それどころか、日本の長い歴史を振り返っても何度も起きたことない規模の地震が何の前触れもなく発生す る。
その余りにも大きい地震は楠目の行動の自由を容易に奪い、身動きをさせない。また、部屋の物という物が全て倒れるか、勝手に動き回り、壁も刻一刻と日々が入りバキバキと倒壊の予兆を楠目の耳に警告する。
そして時間にして約10秒もない、しかし体感としては1分、10分またはそれ以上に感じた地震の揺れが終わる。楠目のいる町、及びその周辺の都市は僅か10秒ほどで平和から地獄へと変貌したのだった。
(ク・・クソ!!!!動けない!!!!だ。誰か助けてくれ・・・)
地獄への変貌は楠目にも例外なく起こり、楠目の下半身には家のコンクリートの壁やらタンスや机の残骸の様なものが乗っかっており、その重さは軽く1トンを超える。とても一人で持ち上げられるような物ではなかった。
周りは火事でも発生したのか煙が充満しつつある。このままここにいては10分もしないうちに死ぬのは確実だろう。
だが仮に上に乗っている瓦礫を退かしても、1トン以上のものに挟まれたのだ。当然足の骨や筋組織はグチャグチャになっているので、自力での移動は困難。更にそこから大量の血が流れ出ているため、出血死の方が速い可能性もある。正に後は死神が来るのを待つだけの状態だ。
「誰かーー!!!!いないのかーーーー!!!!!助けてくれーーーー!!!!!!!俺はここだーーーー!!!!!!!」
何度も何度も助けの声を張り上げるが返答はない。只々何かの爆音か人の悲鳴のようなものが聞こえるだけだった。
(クソ!!!!こんな所で俺は死ぬのか!!?嫌だ!!!まだ死にたくない!!!!!まだまだ俺にはやりたいことが、世界をもっともっと知りたいのに!!!!!!!こんなところで!!!!!!!!!)
下半身の骨のほぼ全てが骨折し、何箇所からは骨が突き出ている。相当の痛みのはずだが、そんな事よりも何とかして死に抗おうと、瓦礫を動かそうとする。全身から汗やら鼻水、涙が噴き出すがそんなことに構っている暇はない。
しかし、次第に出血がひどくなり、力が入らず、意識も混濁してくる。
(死にたくない!!死んでたまるか!!!俺には・・やりたい・・・ことが・・まだ・・・・)
「ほう、やはり知識通り即死でなく生きていたか。間違いないとは思っていたが、少しヒヤヒヤしたわ」
(!!!?????)
その声は子供の声だった。しかし、やけに冷静な大人な口調であり、大地震が起きた直後の場所で言うような口調とはかけ離れている。まるで、平和な日常会話の一シーンの時のような口調。
ぼやけかける意識で、何とか顔を声の聞こえた方に向ける。
そこには昨日の夜、忽然と姿を消したあの子供が、乱雑と積み上げられた瓦礫の上に、胡座をかいた状態から左足だけ曲げて立てて、火事によって真っ赤に染まる夜空の光に照らされながら座っており、此方を見下ろしていた。
そのたたずまいは、小学校低学年くらいの年齢とは思えないほど堂々としており、子供の後方から見える炎や、そこかしこから聞こえる爆音と混ざり、まるで戦場の覇者のように見えた。
「どう・・して君が・・こ・こに・・?」
「ふむ。出血がひどいな。このままでは、もってあと5分か。ならば用件をさっさと済ませるとするか。」
「な・何をいっ・・てる??」
相変わらず何を言っているのか分からないと思っていると、子供は急に瓦礫から飛び降りた。
瓦礫は4メートル以上の高さがあり、普通の子供なら怪我、悪ければ骨折するほどの高さだ。
(危ない!!!)
俺は心の中で叫んだが、その瞬間子供は落ちてこなかった。
(っな!!???う・・浮いてる!!!!??????)
何と子供は落ちずに空中に浮かびながらゆっくりと此方に向かって下降してくる。
(あ・・ありえない!!!俺は夢でも見ているのか???)
ファンタジーでしかない人が宙に浮き、飛行するという行為。それが目の前で起こっている。しかも目の前の子供はそれがさも当然のように振る舞い飛行しながら此方に向かってくる。
俺は、出血により意識が朦朧としていたのが嘘のように意識が覚醒していき、子供から目が全く離せない。子供も俺から目を離すことなく、ゆっくりと此方に向かってくる。しかも、その子供の顔は、絶対的強者が弱者を見降ろしてるかのごとく、笑っていた。
するとその時、
ドゴン!!!!!!!!!
ガスボンベか何かが爆発したのか、真横の大量の瓦礫が子供に突進してきた。瓦礫の大きさはまちまちだが、大きいものは1メートル以上あり、それらが無数に子供めがけて向かっていく。避ける暇もなく、間違いなく即死かと思ったが、爆発の土煙りがはれ始めると、先程と同じように下降しながら、悠然と土煙りをマントのようにたなびかせて此方に向かってくる子供がいた。
(いったい何がどうなっている????)
俺の前にたどり着くと、倒れている俺を見降ろしながら、王者のような威厳で俺に聞いてきた。
「まずは自己紹介か。俺は岡野翔太だ。まずは一つお前に問おう。死ぬか生きるか選べ。」
まるで自分は神であるかのように俺に質問してくる。何が何だか分からないが、その場の雰囲気にのまれており、生きたいと言おうとするが、
「あぁ、生きたいならこれからお前は死んだことになり、組織の、俺のために働いてもらうぞ。それでもいいなら生かしてやる。」
(いったい何をいっている?組織とは何だ??)
「理解できてないような顔だな。…まぁ仕方あるまいか。」
自分を岡野と言った子供は少し考える素振りをした後、俺に説明しだした。
「俺は超越者。お前らのような普通の人間の一つ上の次元にいる存在だ。お前が想像も出来ないようなことが出来る全生物の頂天にいる者だ。
そんな俺が今やろうとしているのが裏の組織。秘密結社と思って良い。それを作り、裏で世界を牛耳ろうとしている。だが組織を作るにも優秀な人 材が、それも表向きは死んだことに、もしくはいないと思われている人間が欲しい。
そこでだ!優秀であり、本来なら今日死ぬことになっているお前を俺がスカウトしに来たわけだ。」
(こ・こいつ狂ってやがるのか?)
今は20世紀末。全てを力で従えられる時代ではない。どんなに空を飛べようが、爆発から無傷で生還出来ようが、個人が国の軍隊には勝てない。
大昔からある秘密結社なら、長年積み重ねて来た情報網や、権力によって可能かもしれないが、これから、しかもこんな子供に出来るわけがない。
「信じられないといった顔だな。では証拠を一つ見せてやろう!」
岡野は言うやいなや、岡野が立つ場所を中心に黒色の円形が地面に出現する。その円形は、黒魔術のような紋様が描かれ、それが光っていた。そう、まるで魔法のように。
「・・・止まれ・・・」
その瞬間、黒色の魔法陣がひときわ輝く。岡野という子供が口にした、たった3文字の言葉。だが、そのたった3文字の命令で、確かに世界は岡野に従い、その全てを止めたのだった。
そして岡野は、俺を見下ろしながら紹介する。
「ようこそ俺の世界へ」
と。