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Lesson2,親友との距離の取り方

短め

 紗雪と別れた後に二人を取り巻いたのは、先ほどの掛け合いが嘘にも思える重い沈黙だった。


 廊下を歩きながら天音が総の手を乱暴に振りほどきながら隣を歩く。

 決して嫌がっているわけではない――しかし親友である天音との関係は、あの事故以来ギクシャクしている。

 そんな状況を分かっているはずなのに、天音はわざとそれを匂わせないよう、誤魔化すようにニヤニヤと総を見つめて話をしだす。


「沙雪ちゃん可愛いよねぇ」

「だから?」

「何怒ってんの? やっだー、総ちゃんもしかして嫉妬?」

「茶化すなよ。わかってるはずだろう」

「俺の事が好きすぎて? きゃっ、天音こまっちゃーう」

「天音」

「それともー……俺がピアノ弾けなくなった事がそんなに悪い事? だって事故っちゃったんだもーん」

「天音っ!」

「――っ笑いたきゃ笑え!」


 急に叫ぶように言い捨てた天音の言葉に、総は足を止めて冷たい視線を向ける。


「……お前は弾けなくなったんじゃない。弾かないだけだ。……逃げるなよ天音。自分の“音”創れ」


 総が天音の背中に言い放てば、天音は足を止め、振り返らないまま皮肉な言葉を返した。


「他人事だと思って偉そうに……。俺に“音”は必要ねぇよ」


 そう言い捨てると天音は背を向けて自分の教室とは別の方向に立ち去って行く。

 

 ああ、まただ――総は苦虫を噛み潰すような表情を浮かべながら、自分の教室がある方向へと歩きながら思考を張り巡らせた。


 総と天音は元々、地方に住む小学生からの親友兼幼馴染みだ。


 学科が違うのに寮の部屋が同室であるのは、そういう理由がある。

 当初は学科・学年ごとに部屋が分けられていたものの、社会や学校内にも人間関係があるように、寮という共同生活を送る一つ屋根の下でも、当然人間関係と言うものが生まれる。


 神高は比較的、校則が緩い事で有名だ。


 校訓の「自由」とは、その名のとおり、髪を派手に染めようが、制服を着崩そうが、バイトをしようが、犯罪にならない自由ならば認められている。しかし、それに伴う自己責任をしっかり負う事も理解しなければならず、大きく道を逸れる者はほとんどいない。稀に存在したとしても、その人は自己責任を負っているのだろう。


 入学と同時に入寮し、最初の人間関係が形成されるまで三ヶ月間は学校側が決めた寮生との同室を求められる。

 その後、寮母・寮生・担任の三者面談が行われ、人間関係に問題はないか、支障はないか等を確認されるのだが、よほどの事がない限りは同室者の変更は認められない。


 が、総も天音もいかんせん、他の生徒よりすこしだけ逸脱した存在であった。


 お互いは普通だと思っているようなのだが、互いの同室者が音をあげたと同時に、総と天音も同室を希望した為、同室者交換となった経緯がある。


 それから三年間、ずっと同室であったのだが、今の関係になってからはそれが苦痛にしかならない。


 正反対の性格でそれぞれの短所を補うように幼少時代を過ごしてきたのは、今はもう過去の話になる。


 静かで内気だった総は、頭がよく大人ウケがよかった一方、天音は悪さをして大人を困らせ、頭も悪く大人には好かれにくい少年だった。

 大人の目線から言えば明らかに総の方が好かれていたが、同世代になると話は別だ。


 天音はクラスの中心になって周囲をまとめられるリーダー的存在であったが、総はいじめに逢うような弱い子供だったのだ。

 そんな総と天音がお互いの短所を少しでもいい方向へ持っていこうと努力し始めたのは小学三年の頃だった。


 運動が苦手だった総に対し、天音は落ち着いた静かな雰囲気を嫌った。

 天音はきっと成績表に“落ち着きがない”と毎回記されるようなヤンチャな子供だったから、静かに時を過ごすということ自体が勿体無いように思え、いつでも自分の好きなことを自由にする――総にとっては、とてつもなく羨ましい存在。

 総は子供とは思えないほど穏やかで落ち着きがあり、“子供らしさ”をほとんど持ち合わせていない子供だったから、とにかく時間が過ぎてくれるのを待ち望んでいるような、大人に好かれる子供で、天音にとっての総は、大人よりも尊敬できる存在だった。


 お互いを尊敬し、尊重し、お互いの長所と短所を補うように、総は天音の為に走りだし、天音は総の為にピアノを習いだした。

 互いに努力をし、結果を競う事で力をつけていた。


 先に成績をおさめたのは意外にも天音だった。

 楽譜も読めなかった天音は成長するにつれ、たくさんのコンクールで賞をもらうようになっていた。

 ほとんどは独学で、学校の先生に習う程度の練習量しかなかったのに、その才能は一気に花開いたのだ。

 天音が本来持ち合わせていた自由奔放さを遺憾なく発揮し、それが多くの音楽家に支持された。

 中には破天荒だと天音の才能を頭から非難する大人も少なくはなかったが、それを才能と認めるだけの器がないのだと、天音の才を認める大人達は皆、天音を擁護する。それほど逸脱した存在だったという事もある。


 一方、総も走り込みの努力を惜しまなかったのだが、いつも予選落ちで終わってしまう。

 それどころか、高校に入学後、一つ下の学年に笹木というエースが入学してきたことによって、総の前に大きな壁が立ちはだかった。

 一年生でありながらインターハイ出場、果てには三位入賞という好成績をおさめてきた笹木に、総はどうあがいても勝つことができない。

 それでも自分の可能性を信じて、走り続けていたが、そこで思わぬアクシデントにあってしまう。


 よきライバルであり、親友でもある天音の事故。


 軽い接触事故ではあったが、後遺症か、天音は指を思うように動かせなくなっていた。


 才能があった天音の挫折と、越えられぬ壁。


 それでも走り続けた総にも迷いが生じてきていた。

 自分は何の為に走り続けているのか、なぜまだ走り続けているのかと。そしてその不満が次第に天音に向かうようになっていた。

 ピアノから離れてしまった天音の態度に苛立ちを覚えた。まだ一度も勝っていないのに、まだ一度も負かしていないのに、なぜ辞めてしまったのだ。


 ――そう責めてしまう自分にもっと腹が立った。


 次々と賞を勝ち取っていた天音への、周囲からの期待はあまりにも大きすぎた。


 “がんばって”


 “期待してるよ”


 “それくらい出来て当然でしょう?”


 “聞いてたよりたいしたことないね”


 “もっと頑張らなきゃ勝てないよ”


 “もっと練習しなきゃ”


 “もっと、もっと――”

 

 目に見えるほど天音は苦しんでいた。


 なんのためにピアノを弾いていたのか、どう楽しみながらピアノを弾いていたのかわからない。

 きっとそういう風に苦しんでいたのに、総は助けることができなくて。

 事故がきっかけで天音はピアノから遠のいてしまった。

 後遺症というものに自分を縛り付け、精神的なものをひたすらに隠して。


 どう言ってやれば天音のためになるのか分からない――ただ感情のまま言葉に託すしかない。

 他人事だからって言ったわけじゃない。そんなふうに思うなんてありえない。

 自分にとって天音は家族よりも大切でかけがえのない存在だ。

 けれど天音がそういう風に思うってことは、自分と天音との関係はそんなものだったのかと疑いたくなる。

 口を開けば責めることしかできない総にとって、どうすることもできない天音との間に生まれた溝。


 どうしたら天音を助けてやれるだろうかと自問自答を繰り返しても、解決を辿るような答えを持ち合わせていない自分自身に心底腹が立つ。


 男の友情はもっと簡単なものだと人は言うが、複雑であってもいいと総は思っている。

 周囲が想像しているよりも難しく、けれど自分が思っているより簡単な事かもしれないが、総には解決の糸口すら見えていない。


 ただ闇雲に、目に見えて苛立ちを募らせる親友を、どうしたらいいのか総にはわからないままだった。

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