第八話
森を抜けるとうっすらと霧がかかる深い割れ目がルドベキアの前に現れた。
この先に進むには橋を渡らないと進めない、しかし橋は架かっていない。
「これじゃあ向こうに行けない、見失わないうちに見つけたいのに」
ルドベキアはこぶしを握りしめた。
どうにかして渡る方法はないかとあたりを見回した。すると、人がひとり通れるくらいの
下り坂を見つけたので一度、下まで降りることにした。
下まで降りると誰かが倒れていた。
「……と、とり……にく。 お肉……」
どうやら空腹で倒れているようだ。
「……すみません、急いでいるので……」
黒いドレスに長い髪、そして高い魔力の気配。倒れているのが魔女で間違いなければ、空腹で死ぬことは
ない。
ルドベキアは通りすぎる事にした。
「待ってよ~鳥肉!」
おそらく魔女が呼んでいる。今世では初めましてか、もしくは久しぶりと声をかけるべきところ。
勝手に地面に転がっておきながら人を鳥肉呼ばわり。
空腹で我を失いかけて、魔女の威厳も何処かに置いてきたようだ。相変わらず空腹に正直な魔女である。
暇ではないけれど、他の人間が襲われる可能性がある。面倒だけど、仕方なく足を止めた。
「今は“人”だし。出会い頭に肉はないよ“魔女”さん?」
この魔女は“健啖のネーフ”。ルドベキアが大きな鳥の姿をしていた頃からの知人だ。
この知人は口を二つ持っていて、恐ろしいほどよく食べる。
“二つ口の魔女”と呼ばれないのが不思議なくらいだ。
「分かっているわよ!もうお腹すいてお腹すいて、あんたの魂の形が美味しそうなのがいけないの!!」
手に負えない。
いま話したところでまともな会話にならないだろう。
自分の胃袋を満たすことしか考えられないようだ。
確か、この魔女は弟子を沢山抱えていたはず。
面倒だけれど呼んで来るしかなさそうだ。
ルドベキアは空腹な魔女を振り切って人を呼びに奥へ進んでいった。