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それでも君は  作者: コシさん
9/9

協奏

 鳥の囀りとともに蝉の共鳴が聞こえた。日はとっくに昇っていて、窓に結露の跡があった。時計の針は短いほうがもう右に傾いていた。

「やっべ。」

 高校に入って初めての遅刻だ。皆勤賞レースを一年目にして脱落するってどうよ。

 一応洗顔と歯磨きを済ませ、慌てて着替え階段を駆け下りるが、そこには妹が座っていた。

「えっ、なんで家にいるの?」

「えっ、なんでいちゃダメなの?」

「えっ、学校は?」

「今日から夏休みじゃん。」

 テレビと冷房の音が音量を上げていく。

 いまいち受け入れ難いので念のためにもう一度。

「まじでか?」

「まじでだよ。」

 あぁ、すっかり忘れてた。どうしようかと思ったよ。焦ったー。

 そういえば昨日、智晴が明日旅行に行くって言ったっけ。

「よかったー。」

 そう言って自分の部屋に足を出した瞬間呼び止められた。

「お兄ちゃんさー、なんか暇じゃない?」

「いや別に?」

「うそ、絶対暇。」

「だから―」

「今からパフェ食べに行くから一緒に行こ。」

「えっ、やだよ。」

「来い。」

「絶対嫌。」

「絶対来い。」

「はぁー。分かったよ。面倒くさいなー。ちょっと待って、着替えるから。」

「はーい。」

 畜生、今回も断り切れなかった。いい加減この優柔不断な性格を正しておかなければ。


 そう言って俺たちは駅に向かった。その近くに地元ではかなり有名なパフェ専門店がある。何回か食いに行ったことがあるが、なかなかうまく、暑さをも忘れるくらいのものだった。この時間帯はそれほど混まないと予想したがどうだろうか。


 ちょうど公園から抜けたところで赤信号がこんにちは。その下で、アスファルトが鉄板のようにじりじり唸る。

「あつい、、、」

 服をつまみパタパタする妹の胸元に目を落とす。余計暑さが苦しくなった。

「だから出たくなかったんだよ。」

「いいじゃん、ちょっとくらい我慢してよ。」

「じゃあお前日傘差すのやめろよ。」

「いやだね。」

「くそが。」

 そうこう言っているうちに着いた。思っていたよりも空いていて、カップルが何組かいるだけだ。

 これはよかったとドアを開けた途端、波のように足のほうから冷え切った空気が包み込んでくる。

「ゴ・ク・ラ・クゥ。」

「本当だよー。この為に来たみたいなもんだよー。」

 俺たちは吸い込まれるように店に入った。店内は現代的な和風のデザインで、竹の装飾が数多く仕組まれている。畳席があるのも特徴だ。

「いらっしゃいませ。ご注文いかがなさいますか。」

「何食うの?」

「私は、うーん。この夏季限定のマンゴーにしようかな。」

「じゃあ俺もそれにするわ。」

「え、ダメ。」

「なんでだよ。」

 マジでなんでだよ。

「他のにして。」

「だから―。」

「いいから他のにしてって言ってるでしょ。」

「ちっ、分かったよ。」

 本日二度目の三振。高槻選手、次回からベンチ入りですね。

「じゃあ俺は、このチョコパフェで。」

「承知しました。お会計、千三百五十円になります。」

 結構するな。

「あ、お金忘れた。」

「はっ?」

 唐突すぎる宣言に目が点になる。

「今日の分は払っておいて、お兄ちゃん。」

「お前この為に―。」

「お兄ちゃん。」

 スリーアウト。一人で一イニングを終わらせました。もう降格ですね、これ。

 野口さん二人に代わり、硬貨が何名か新居搬入した。心も財布も一段と細くなったところで、窓側の席に着いた。

 入り口付近は庭になっていて、鮮やかな緑が寂れた心を癒してくれる。町のど真ん中だが、人通りがほとんどない静かな立地で、結構気に入ってる。

「お、お待たせしました。こちら、マンゴーパフェとチョコレートパフェでございます。アイスクリームは作り立てですので、な、なるべくお早めにお召し上がりください。」

 豊満な胸についている名札には「研修生 富田」と書かれている。まだバイトの経験が浅い様子。始めたての頃は初々しさが欠点を補ってくれるから、案外苦労するのはその後ろ盾がなくなってからである。こういう子にはぜひ頑張ってもらいたい。

 お辞儀をし、戻っていく彼女の後姿はまた美しく、揺れる黒髪は絹のように艶やかで、つい見とれてしまった。

 目を戻すとそこには作り立てのアイスはなく、ただクラッカーとワッフルが寂しそうに乗っていた。

「私、チョコも食べたかったんだよねー。」

 にこっ、じゃねぇよ。

「ちょっと待て、なんでお前がショートケーキの苺に当たるところを俺の許可なく食っているんだ!食うにしても全部はないだろ、全部!少しくらい残せよ!」

「お兄ちゃん、落ち着いて聞いて。人生、これからいくつもの困難が寄ってたかってお兄ちゃんを絶望のどん底に叩き落そうとするの。これもその一環で、お兄ちゃんはこれを通して一歩一歩成長していくんだよ。」

「俺を家から引っ張り出して、俺の金でパフェ食って、そんで俺の愛おしいチョコアイスを食った人大口を叩いてるんじゃねーよ。この貧乳が。」

「は?貧乳はステータスだし。それに反論しなかったお兄ちゃんが悪いし。」

「反論はした、、、けど、、、」

「ほーら何も言えないじゃん。」

 くそ、負けた。満身創痍だ。ぐうの音も出ねぇ。結局は自分が弱いだけだ。

 

 チャリン。

「いらっしゃいませ。あ、恵。」

「おー、葵頑張ってるねー。」

 なんだ?耳に馴染みのある名前だ。

「なんでここに来てるの?」

「ちょっとバイトを覗き見にね。」

「ちょっとー、恥ずかしいよー。」

「あ、カイくーん。はろー。」

 うそでしょ、あれ葵だったの。ちょっと胸元に目が泳いでしまってよく見てなかったんだけど。あれ葵だったの。

 こんなところで出会えるなんてとんだ確率だ。妹に感謝だな。


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