狂乱
空気を切り裂くように、前方のドアが開いた。
「おはよう。」
「おはようございます。」
最初のころは揃わなかった声も次第に束となってきた。担任の石山先生への挨拶を済ませた後、騒々しかった教室は水を打ったように静寂に包まれ、それぞれが先生の話を聞く準備をしている。石山先生は二十代後半、身長は男子の平均身長より少し低く、年齢よりも若く見えるが、そのどこから来たかわからない声の大きさと、必ず核心を突いてくる返答に我々三組一同はすっかり彼女の家来となってしまった。人を操るのが特技で、俺も何回か使われけど根はやさしい先生だ。
「良い知らせと悪い知らせがある。どっちから聞きたい?」
「どうせどっちも悪いニュースなんじゃないんですか?」
「さすが柚季。そう、人によっては双方を良い乃至悪いと受け取ることができる。今言った良い知らせと悪い知らせは私の独断と偏見で下したものだ。話に戻る、どっちがいい?」
どっちでもいい、という声が四方から聞こえるが果たして明確な答えを出せる人はいるのだろうか。
「じゃあ悪いほうから。」
人任せは最高だ。
「では発表する。なんと... 期末テストの範囲が決まりました!」
えー、とあちこちから聞こえてくる。受け入れ難いが不服ということではなさそうだ。
「やべぇよ。俺全然勉強してねぇよ。やべぇ、どうしよう。」
「よっ、ブービーメーカー!」
「期待の星!」
「うるせぇ!あー、今回から本気出すぞ。見てろよ!」
後ろで淳、望典、誠治の三人が騒ぎ始めた。実に内容のないような話である。聞いてて息苦しい。自分なりに今のはよくできていたと思う。
「次にいいニュースを発表する。」
平静が甦り、みな先生のほうに視線を送る。
「今日からクラスメイトが一人増えます。」
「えーーー!まじかーーー!」
黄色い歓声が上がる。なぜこの時期にとも思ったが、そちらで何かしらの事情があったのだろう。くれぐれも閉鎖空間などにつれていくなよ、転入生。ちょっと、そういうのドクターストップだから。
「しかも女子だ。」
今度は男子が熱狂する。女子たちの冷ややかな視線を消し去るような情熱ぶりは教室の気温と湿度を高めていった。お前らはブラジル人か。それとも八木さんか。カーニバルはまだまだ先だ。でも少し安心した。
「いいぞ、入って来い。」
恥ずかしそうに、謙虚そうに、そして申し訳なさそうに扉が動いた。
「今日から君たちのクラスメイトの富田葵だ。」
「富田葵です。よ、よろしくお願いします。」
灰色の空が色づいた気がした。