プロローグ
高校生活なんか消えればいいのに。
青春時代なんか消えればいいのに。
迷惑さえかけなければいいのだから...
友達なんかいらない...
梅雨。初々しさも次第に薄れてゆき、慣れというものが脳裏を侵食していく。入学式から二か月が経った今、俺は煩悩に馳せられている。
特に目立った行事もないこの時期は、俺にとって最も好都合な時期である。何せ勉強に勤しむだけでいいのだから。俺は中学二年以降、成績トップスリーから外れたことがない。紙に印刷されている文字列や数式をただ頭に叩き込む、こんな簡単なことは此の世にほか有らない。傍から見れば超人、というより変人にしか見えないが、別に気にしていないし、気にさせようともしない。他所は他所、自分は自分。何年も言われてつづけられた言葉が功を奏し、今や孤独の旋律を奏でている。
俺は、四か月前まで通っていた中学とは反対側の高校に入学した。この高校に通うことは将来を溝に捨てたと同然だと周りは言うが、そんなことは耳に入ることなく、分厚い雲の上をさまよっている。ではなぜ、この高校を選んだのか。新しい高校生活を始めたいとか、知人に会いたくないとか、その程度の理由ではない。もっと単純で、複雑なものだ。
しかし幼馴染がまさか同じ高校を選択するとは寝耳に水だった。智晴も恵も頭がよく、隣町の自称進学校に通うかと思ったが誤算だった。なぜこの高校を選んだのかは謎だ。だが―もし俺の考えを見抜いてこの高校にしてくれたのなら、この恩は一生忘れないだろう。この微々たる可能性を俺は心のどこかに、日の光が届かない、奥に、奥にしまっておいた。
窓から手を離さない雨粒たちを横目に、雨音と通り過ぎる車の音を静聴しながら、終了間近の授業に憐れみを抱く。
「こんなことを習っても将来役に立つわけがない。」
耳元でささやかれたように、過去の産物が意識を横切る。同調の意見がなかった中で俺は心の中で信じてやった。三年も前のことなのに、これほど鮮明に聞こえるのはなぜだろうか。
間も無くチャイムが鳴った。ウエストミンスター。記憶と希望が織り交じって光となり、自分を照らしたような感覚がした。
雨はまだ止んでいない。階段を下り、靴を履き替え、傘を手に取り帰路に就いた。
「高校生活なんて消えればいいのに。」