05:ホラー
本日は快晴。
清々しい青空が、窓の外に広がっている。
流石に、今日は……。
今日こそは気持ち良く登校出来そうだと、少し寄り道なんてしちゃおうかな、なんて考えながら玄関の扉を開けた。
「おはよう、黄衣」
「……またですか。懲りないですね」
エクソシストに依頼した方がいいかもしれない。
タウンページで探せるかな。
私の町のエクソシストさん、お仕事ですよ。
まったく、こいつはMなのだろうか。
何かしらの変態であることは間違いない。
昨日あんな別れ方をして、平然と姿を現せることが出来るなんて、何かが壊れている。
「今日は、ずっと君といたいな」
「ずっと? ……今日は水曜日ですよ?」
湧き出る鳥肌を抑えつつ奴を見る。
今日の好感度アップキャラのところに行かなくてもいいのだろうか?
もう、MAXになったから、行く必要がないとか?
「昨日、君に言われただろう? 君のことは分かったつもりでいたけれど、そうじゃなかった。君を知りたいんだ。もう一度やり直せないかな。初めて出会った、あの羽を拾った時から……」
「……」
羽を拾った時――。
私は嬉しかった。
噂の運命の羽を、この人とみつけられたことが。
まるでこの人が、私の運命の人だと言われたようだったから。
今思えば、初めて見たあの瞬間に恋をしてしまったのかもしれない。
でも、『偽り』ばかりだった。
「そんなの……もうっ無理に決まってるじゃないですか!」
もしかすると、私のこの恋心だって『システム』という名の作り物なのかもしれない。
もう、何が『本当』なのか分からない。
いや、そんなことは最早どうでも良い。
嘘だろうが本当だろうが、関わりさえしなければ、痛くない。
胸がチクチクしなくてすむ。
「私に構わないで!」
走って逃げた。
やってられない、これ以上私を掻き乱さないで!
※※※
足早に登校し、肉体的にも精神的にも疲れを感じながら、一限目の授業を終えた。
次の授業まであまり時間は無いが友人と廊下に出て、窓から景色を眺め、談笑していると……。
「黄衣」
「ひっ」
私が悲鳴を上げてしまったのは仕方が無いと思う。
怖い。
昨日と朝の流れで、なんで普通に現れることが出来るの!?
どういう神経してるの?
正常に繋がってますか、貴方の神経!
どうすれば祓えるの?
もう本当に、なんなのよ……。
「きい、先輩呼んでるよ!」
友達が興奮した様子で私の肩を叩いた。
大丈夫、見えてるから、残念ながら。
亡霊だったら……この学校の地縛霊だったらよかったのに……。
外見の良いキモメンは、一般の生徒にも人気がある。
友達も先輩を待たせるなと、圧力をかけてくるが。
「お花畑に行ってきます」
「え? 先輩は!?」
友達と奴を残し、トイレに逃げ込んだ。
トイレって、エンカウントしない最高のセーフティエリアだよね。
ああ、安心する……。
授業開始のチャイムが鳴り終わるのを待ち、教室に戻った。
その後の休憩時間も追いかけ回され、いよいよ身の危険も感じ始めた。
朝、目が覚めると、目の前にキモメンの顔が……キャアアア!なんて展開も起こりそうで怖い。
運命学園のジャンルは恋愛ではなく、ホラーじゃないか。
「ん?」
なんとかキモメンを撒き、教室に戻ると、仲の良い友達に取り囲まれた。
「ねえ、きい。葵先輩に失礼だよ」
「そうだよ。皆羨ましいんだよ? 嫌な感じ!」
「え……」
本気で怒っているというわけでは無いが、面白く無さそうな顔をしている。
遠巻きに見ている女子も、同じような気配だ。
なんなの、このイベント……。
くそっ、女子を味方につけやがって……!
教室は完全なアウェーと化した。
……居心地が悪い。
私の居場所まで奪うとは、益々許せぬ、神楽坂葵!
味方は無い、孤軍奮闘するしかない。
負けるな、私!
※※※
「黄衣!」
しつこい、きいきい煩い!
どうしてこうも、めげないのだろう。
粘着質過ぎる。
納豆のゆるキャラも吃驚の粘度だ。
こうやって逃げている間も女子生徒の目に触れ、私への非難は高まり、キモメンの好感度が上がっているかと思うとうんざりする。
世の中理不尽だ。
今度もさっさと撒いてしまおうと、足を速めた。
キモメンも、今度は撒かれまいと追いかけてくる。
どこか隠れるところはないかと探しながら移動していると、通りがかった教室から手が伸びて来て腕を引かれた。
何事!?と焦ったが、手を引いたのはキモメンではなく、モブの冠をかぶった彼だった。
「きいちゃん!」
「あ、A……じゃなくって英君!」
「こっち!」
引かれるがままに教室に入ると、そこは一年生の教室だった。
黒板には何やら書き込まれている。
どうやら英君も参加していた委員会の打ち合わせがあったらしい。
それもついさっき終わったそうで、今は誰もいない。
「ありがとう。でも、どうして……?」
「さっき、きいちゃんを探している神楽坂先輩を見かけたから、逃げてるのかなって」
特別仲が良いわけでは無いクラスメイトにまで事情を察して貰える状況だなんて……胃が痛いな。
「きいちゃん!」
ストレスで思考が負の海に沈んでいきそうになっていたのだが、急に手を握られて意識が戻った。
両手を包まれ、強く握られている。
え? 何なの?
「俺達皆、きいちゃんを信じてる! 黄衣ちゃんが最後の砦だって信じてる!」
「……?」
何の話だろう?
よく分からないが、期待されているようだ。
キラキラと輝いた瞳で見つめられている。
「あ、あとね……抜け駆けしないって約束もあるんだけど……。オレ……!」
こちらは何のことか全く理解していないのだが、英君がどんどん熱くなってきている。
手に篭もる力も増してきている。
「あの……手が痛い」
「あ、ごめん」
テンションが上がっているところを悪いが、ここでゆっくりしているわけには行かない。
「ごめん、私もう行くね。ありがと!」
「あ、ちょっと待って、まだ……!」
何か話があるようだが、それは今度にして貰おう。
扉を開けて進むと……正面から何かにぶつかった。
……人だ。
「黄衣」
「ひいいいい!」
本当にホラーゲームなら死んでいただろう。
死にそうなくらい、心臓はバクバクいっているが。
慌てて教室に戻り、英君の後ろに隠れた。
助けてモブ君!
エロイムエッサイム!
「お前は……」
英君という盾に隠れながら奴の姿を覗くと、険しい表情をしていた。
険しいというか……怖い。
整った顔がこういう表情をすると、迫力がある。
英君もたじろいでいる。
負けるなモブ君!
「き、きいちゃん、嫌がってます! 追いかけないであげてください!」
「引っ込め」
「うっ」
一言で撃沈しているじゃ無いか、頑張って!
逃げたい様子の英君と目が合ったので、『助けて!』と視線で訴えた。
あなたこそが最後の砦です!
私の思いが通じたのか、顔を赤くして気合いを入れ直した英君は、奴の目の前に詰め寄った。
「い、嫌です!」
……頑張ってくれている!
なんていい人なの!
私はあなたを囮にして逃げようと、隙を伺っているというのに!
「こんな地味な……前の俺みたいな奴に……」
ゲスが何かブツブツ呟いている。
何か様子がおかしい。
眉間の皺が深くなる、目つきがどんどん鋭くなる。
黒いオーラが見えそうだ。
「英君、ごめん!」
「きいちゃん!?」
あなたの尊い犠牲は無駄にしません!
隙を見て駆け出し、反対側のドアから逃げ出した。
二人の驚いた顔が見えたけれど、足は止めなかった。
英君、惜しい人を亡くしたよ……。
……今度謝ろう。