表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

03:再出発

 最悪な一日を過ごした翌日。

 最悪な気分で目を覚ました。

 私はドラキュラにでもなってしまったのかと思えるほど、朝日が恨めしい。


 起床時間に鳴ったスマホの目覚まし機能を止めて画面を見ると、奴から電話が掛かってきていた。

 メールも入ってきていた。

 ……名前が視界に入るのも不快だ。

 電話帳から削除し、登録していない番号からの着信は全て拒否にした。


「……よし!」


 今日から私は生まれ変わるのだ。

 新生・鳥井田黄衣だ。


 昨日は家に帰ってから泣き崩れたが、泣き腫らした顔になるのは嫌だったので、お風呂で泣いた。

 湯船に浸かりながら泣いた。

 水中なら声を出してもブクブク言うだけだし、家族に鳴き声を聞かれることはない。

 さっと顔を流せば目を擦ることはないし、腫れにくい。

 あとは、あんなゲスのために涙を流すは勿体ないと、ひたすら自分にマインドコントロールをかけた。

 乙女ノ涙、トッテモ貴重、モッタイナイ、モッタイナイ。


 そんな涙ぐましい努力で、顔はいつもの通りだ。

 私……頑張った!


 まずは当然、ツインテールをやめた。

 髪を下ろし、裾を少し巻いてゆるふわカールにした。

 少し大人びた感じがする。

 ……あくまでも自分の感想だが。

 あざといカーディガンも脱いで腰に巻いた。

 イメチェンをするのだ。

 『妹キャラ』を脱却するのだ!

 脱・あざといキャンペーンだ!


 そして奴を、必ず地獄に落としてやるのだ!


「黄衣!」


 気合いを入れ、勇みながら開いた玄関の扉を、一瞬で閉めたくなった。


(……何故いる)


 思わず眉間に皺が入る。

 地球から絶滅すればいいのに思っていた、ゲス属ゲス科の神楽坂葵の姿がそこにあった。


 もしかすると、好感度が無くなったことが気になって、確認をしにきたのかもしれない。

 そういえば告白の途中でもあった。

 危ない、三途の川を渡ってしまうところだったなあ。

 もう直接関わりたくないが、いつまでも玄関で止まっているわけにはいかない。


「黄衣? ……いつもと雰囲気か違うね。髪型変えたんだ?」


 家を出てきた私を見て、まるで見惚れているように頬を赤らめ、はにかむゲス。

 もう、その芝居にも騙されない。


 以前の私なら『変ですか?』などと、流れ的に『可愛い』と言わせるような質問をしておいて、いざ可愛いと言われると『先輩にそう言われると……嬉しいですっ』と顔を真っ赤にさせていたところだか、覚醒した今となってはそんな寒いことはしない。


「気安く名前を呼ばないで頂けますか」

「……え?」

「というか、今後一切私に話し掛けないでください。以上」

「え? え?」


 目を見開き、狼狽している様子だが、それさえも鬱陶しく見える。

 構うものかと放置して歩き始めた。

 暫くすると、混乱した様子のまま私の追いかけてきた。

 キモい、非常にキモい。

 あんなにときめいていたはずの整った顔も、見ていると吐き気がする。

 キモい。

 これからはイケメンではなく、キモメンと呼ぼう。


「黄衣? どうしたんだ? 何かあったのか? 俺が……何かしたのか? 連絡しても繋がらないし……」

「あなたの登録は抹消しました。私の中のあなたの存在も抹消しました」

「え?」


 キモメンの足が止まった。

 強ばった顔が一瞬見えたが、私は足を止めずに進んだ結果、キモメンは視界から消えた。

 後ろから気配はするので、付いて来てはいるのだろう。

 ああ、キモい。

 構って欲しいオーラを背後から感じる。

 無視だ、無視!




※※※




 本日は週の始まり、月曜日である。

 今日、好感度が上がる攻略キャラはドジッ子教育実習生、小馬谷赤里(こまたにあかり)

 外見は赤髪ショートヘアーに茶色の瞳。

 初々しいスーツ姿が魅力的である。


 キモメンの姿は、やはり彼女の所にあった。

 通常運転、いつものことである。


 ……私のことは、なんの支障もなかったということなの?


 気にして欲しいなんてことはないけれど、その神経の図太さに腹が立つ。

 地獄に落ちろ。

 針山を歩け、血の池で溺れろ、釜茹でになれ!


 二年生の教室が並ぶ二階の渡り廊下。

 そこで二人は、並んで楽しそうに談笑していた。

 キモメンが赤里の頬に手をあて、何か囁いている。

 すると赤里は顔を赤らめ、潤んだ瞳でキモメンを見つめた。


「さ……寒いっ」


 ああやって自分も攻略されるところだったのかと思うと震えそうだ。

 このまま見続けていると氷ってしまう。


 目を離そうとしたその時、キモメンと目が合った。

 キモメンは目を見開き、固まっていた。

 急いで赤里の頬から手を離したが、私はもう攻略対象者ではない。

 『私だけじゃないの!?』なんて泣きながら去って行ったりはしない。


 赤里に気が付かれないようにすぐに目を逸らし、その場から立ち去った。

 私には大事なミッションがあるのだ。


 奴への鉄槌。

 これを忘れてはいけない。

 恨みは必ず晴らします。


 と言っても、奴を殺したりなどしない。

 まあ、当たり前だけれど。

 暴力的なことはしない。

 だって私、乙女だもの!


 あいつにとって、ダメージが大きいことをしようと思う。

 それは……。

 あいつから、攻略対象者を奪ってやろうと思う。

 彼女たちの目を覚まさせてやるのだ。

 スマホを駆使し、上手いことやってきたのだろう。

 それを全て崩してやる。

 一番有効な手段だと思う。

 ストップザハーレム!

 温暖化と同じくらい、阻止しなければなるまい!


 まずは、今日餌食となっている赤里だ。

 彼女は教育実習生として、この学校にきている。

 自分の恩師のような素敵な教師になると夢を抱いて来ていたはずなのに……。

 奴の術中に嵌まり、頭の中は奴のことでいっぱいの状態で、折角の実習の場で身が入っていない。


 私はこっそりと、誰もいない職員室の彼女のデスクの上に、封筒に入れた手紙を置いた。

 奴を尾行した時に取った、女の子達との写真と共に『目を覚ましてください。貴方の夢を、大切にしてください』という言葉を添えて。


 それともう一つ。

 ゲームでの知識を利用しようと思う。


 赤里のデスクの中には、恩師に貰った本がある。

 その本には、恩師と撮った写真も挟んであるはずだ。


「……あった」


 一番下の大きな引き出しの底。

 こんなところにあるなんて、最近この本を読んでいないのではないか?

 こんなことではいけない。


 彼女の覚醒を願う手紙の横に、本を置いた。

 恩師との写真も、そっとその上に……。


「良い笑顔……」


 それは卒業写真。

 高校生の赤里は恩師の横で、花束を抱え、溢れる笑顔でピースをしていた。


「……この時の気持ちに、戻ってくれるといいのだけれど」


 すぐに目が覚めるというのは無理かもしれないが、どうか彼女が覚醒するきっかけになって欲しい。

 様子を見て、効果が無ければ次の手を講じよう、そう思った時だった。


――カッカッ


「!?」


 廊下に響くヒールの音。

 女性の先生の誰かが、戻ってきたのだろう。

 幸いドアは開いているので、すぐに逃げられる。

 一先ず、音が聞こえる反対側の扉がある柱の陰に隠れて様子を覗くと……。

 戻ってきたのは、赤里だった。

 もうキモメンとは別れてきたようだ……早いな。

 彼女は、鍵置き場に鍵を戻すと、自分のデスクに戻り……そして手紙をみつけた。


 まず、目を向けたのは恩師の写真と本だった。

 『どうしてこんなところに?』そう言いたげな仕草だ。


 そして、『あの手紙』を手に取った。

 封筒を開け、まず目にしたのは写真だった。


「嘘……葵君?」


 目は見開かれ、口からはゲスの名前が零れた。

 奴の名前を出すなんて、誰もいないが、ここが職員室だと言うことを忘れるほど驚いているのだろう。

 立っていられなくなったのか、崩れ落ちるように椅子に腰を下ろした。

 額に手を当て、今にも泣き出しそうな声で『嘘……』と繰り返し呟いている。

 その表情を見ると、私は胸が苦しくなった。

 『ゲスめ、ざまあ!』とは思えなかった。

 つい最近まで同じ状況だった彼女の心に共鳴するように、何かが込み上げてきた。

 私が衝動を堪えている間に、彼女は私の手紙を読んでいた。


 『目を覚ましてください。貴方の夢を、大切にしてください』


 くしゃくしゃになるほど強い力で写真を握っていた赤里の手が、スッと下に伸びた。

 彼女は胸くその悪い写真を置き、恩師との写真と本を見ていた。


「……先生」


 そう一言零すと……ただただ、ジッと写真を見ていた。


 ……戻ろう、私のミッションは終わった。




※※※




 家に帰ろうと校門を出ようとしたところで、突然腕を掴まれた。

 何事かと驚いて目を向けると、犯人は……お前か。


「触らないでと言ったはずですが?」

「黄衣、さっきのは小馬谷先生の顔に髪がついていたんだ。だから……」

「興味ありません」

「……え」

「だから、私には何の関係もないことなので、そのような報告は一切いりません」


 目を見て、はっきりと告げる。

 キモメンは困惑したような表情を浮かべていた。

 私の真意が分からない、と言った様子だ。

 言葉のままなのだが、日本語が分からないのだろうか。


 赤里本人には『赤里』と名前で呼んでいるのに、こうやって説明するときに『小馬谷先生』と言っているのも癇に障る。


 相手にせず、腕を振りほどいて帰ろうとしていると、キモメンが手に力を入れ、微笑みかけて来た。


「黄衣。一緒に帰ろう」

「未来永劫拒否します」


 こいつ、空気読めないの?

 さっきまでの流れでよく誘えるなあ。

 もう私は、『先輩と一緒に帰れるなんて、嬉しいですっ』なんて、もじもじしながら言うことは無い。


「一生誘わないでください! フォーエバー!」


 反応を確認することもせず、強引に腕を振りほどいて家に帰った。

 ああ、疲れる……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ