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02:ツインテ卒業

「ツインテールとか!高校生になってツインテールとか……!」


 自分の部屋に飛び込み、ベッドの上に倒れた。

 頭の中は混乱しているが、今は羞恥心に耐えられず、死にそうだ。


 人懐っこい妹タイプの下級生、鳥井田黄衣(とりいだきい)

 金髪ツインテールに蒼色の瞳、一年生カラーである緑のリボンネクタイに、ベージュの袖の長いカーディガン。


 ……それが攻略キャラである、今の私だ。


「ふんっ!」


 ツインテールを結んだ、両サイドの細いリボンを引き千切った。

 前世を思い出し、記憶を整理すると、客観的に今の自分を見ることが出来た。

 ツインテールだなんて、ランドセルとともに卒業するものだ!


 頭をガシガシと掻きむしりながら、頭の中を整理する。


「ギャルゲーの……『花園学園 ~運命の出会い~』の世界だ」


 ギャルゲーといっても、正しく言うと『スマートフォン向けソーシャルゲーム』だったもの。

 学園生活を通して、女の子達と仲良くなっていくストーリーを楽しむのがメインだ。


 登場キャラクターとなる女の子は五十人と多いが、ストーリーモードがある攻略対象者は五人。

 私はそのうちの一人だ。

 ストーリーがない女の子達は、『校内散策モード』というストーリーモードとは別のところで登場し、仲良くなると『女の子辞典』に掲載され、デートをしている小話が読めるようになる『デート要員』だった。

 面白くて、かなりやりこんだ前世の私は、この辞典をコンプリートしていた。


 前世でも『女の子』だった私が、何故『ギャルゲー』であるこのゲームに嵌まってのかというと、それはこのゲームの『女性向け版』から流れてきたからだ。

 女性向け版は、登場するキャラクターが女の子から男の子に変わっただけ。

 ストーリーが五人、登場キャラクターは五十人と、システムは同じである。

 同じ構造の『ギャルゲ―』と『乙女ゲー』、と言えば分かりやすいだろうか。


 乙女ゲーが好きだった私は、最初は女性向けの花園学園をしていた。

 一年ほど女性向け花園学園に没頭し、遊び尽くした私は、今度は男性向けの方に手を伸ばしたのだ。

 女性向けとどう違うのか、男の子はどういうものに萌えているのか、興味が湧いたからだ。


 プレイしてみると、案外面白かった。

 そんな女子いないよ! というツッコミは常にあったけれど、それは乙女ゲーでも言えることなのでお互い様だ。

 色んな面白さを感じながら、かなり没頭したのでよく憶えている。


 今の私である『鳥井田黄衣』は、少しあざとい妹タイプで、恥じらいながらも『あなたが好き!』というのをアピールする子だった。

 良く顔を赤らめ、『かっこいい』やら『素敵』を連発し、好意を聞こえる声で言っておきながら『聞こえちゃった!? 私ったら!恥ずかしいですっ……』が常套手段な子だった。

 カーディガンの長い袖からちょこんと出た指にもあざとさが滲み出ていた。

 ……さっきまでの私がそうでした。


「死にたい! 頭悪っ、頭悪っ!」


 両手で挟むように頭を殴った。

 このまま記憶も飛んでくれたらいいのに!

 ……だが無情なことに、昨日までの愚行は黒歴史として、私の脳と心に深く刻まれてしまった。

 きっと死ぬまで消えることはないだろう……死にたい。


 ……でも。

 昨日までの私も、確かに『私』だ。

 この状態が何がどうなっているのか分からないが、今まで私は『鳥井田黄衣』として生きてきた。

 両親も友達も、周りの環境も鳥井田黄衣として築いてきたものだ。


 先輩への恋心も、確かに私のものだった。

 先輩の何気ない仕草や一言に一喜一憂し、育んできた私の一部だった。

 けれど……。


 私は気づいてしまった。

 『恋は盲目』と言うが、昨日までの自分には見えていなかったことに……。


 先輩は……『主人公』である先輩は、『私以外の攻略キャラ』とも良好な関係を築いている。

 彼女たちの持ち物や態度、言葉で分かってしまったのだ……『攻略度』が。

 恐らく、攻略キャラの全員が『付き合う手前』の状態だ。

 告白待ちの状況だろう。

 実際、私はしようとした。


 これは、全員のストーリーを全て攻略した状態に似ている。

 ゲームでは、一週目では攻略出来る、最終的に結ばれる相手は一人だ。

 でも二週では、一週目で攻略したキャラは、新たなキャラと同時に攻略出来るようになるのだ。

 つまり、二股ができるというわけだ。

 その流れで、三週目では一、二週目で攻略したキャラも攻略出来る。三股だ。

 そうやって最終的には五股、ハーレムが出来るのだ。

 ゲスい、現実に考えると非常にゲスい。

 今の先輩はそのゲスい状態、五股ハーレムの状態に似ているのだ。


 そういう人間性なのだろうか。

 それとも、私のように『前世』を憶えていて、意図的にやっているのだろうか。

 どちらにしても、私の心は痛い。


 もしかすると、ハーレムだなんて私の勘違いかもしれない。

 彼を信じたい。

 だから……。


「確かめよう」


 どうか、何かの間違いでありますように……。




※※※




 私以外の攻略対象者は四人。

 平日決まった曜日に特定の攻略キャラとデートをすると、好感度が上がりやすい仕様になっている。

 私は金曜日に好感度が上がりやすいキャラで、思い起こせばいつもデートは金曜日だった。

 胸がチクリと痛んだが、今はそんなことを気にするより、やれることをやろう。


 そんな私の努力や願い、乙女心は見事に打ち砕かれる結果になった。


(こいつ……絶対ハーレム目指してやがる……!)


 行動を監視したのは、全てのキャラの好感度が上がりやすい日曜日。

 好感度パラメーターの調節には重要な日と言える。

 朝から彼の家の前で張り込み、後をつけ回して目撃したのは……。


 接触女性数三人。

 攻略対象者二人、デート要員一人。

 午前中から攻略対象者の子と映画を見て、ランチを一緒にとった。

 案外早くに別れたかと思うと、デート要員の子と二時間ほどショッピングを楽しみ、夕方から朝とは別の攻略対象者の子と遊園地のナイトイベントを楽しんでいた。

 当たり前のように、全員と手を繋いでいた。

 二人の攻略対象者の空き時間を、デート要員で埋める徹底っぷり、天晴れである。


 ゲス認定である。


 ナイトイベントが終わって攻略キャラの子と別れ、今日も一日楽しんだとホクホクしながら帰って行く背中が見える。

 暗闇に隠れつつ、呆然としながらそれを見送る私。

 ……思っていた以上に最低最悪だった。


「……私の純情を、乙女心を踏みにじりやがってっ」


 許せない。

 絶対に許せない、許せない!

 私の中で、先輩への恋心は死んだ。

 完全にお亡くなりになった。

 喪中だ。


「この恨み、晴らさでおくべきか……」


 握った拳が怒りで震える。

 唇も強く噛みすぎて、血が出ているかもしれない。

 視線で刺し殺すことが出来たらいいのにと睨んでいると、驚くべき呟きが彼の口から漏れた。


「……あれ……あれ? 黄衣たんの好感度が……消えてる!?」


 自分の名前を呼ばれ、尾行がバレたのかと焦ったが、そうではないようだ。

 ……というか、今『黄衣たん』って言った!?言ったよね!?


 う、うわあああ……。

 一瞬で怒りが悪寒に変わり、全身に鳥肌が立った。

 それ抑えるべく両腕を抱いてさすりながら奴に目を向けると、街灯の下で立ち尽くしていた。

 見たことの無い阿呆面で、スマホの画面を見入っている。

 私の中の『素敵な先輩』の崩壊が留まるところをしらない。


「な、なんでだ!? パラメーターはMAXになっていたはずなのに! 分岐も間違えてないはずなのに! 台詞、間違えなかったよな!?」


 ……どういうこと?


 私の好感度、パラメーター、見ているのはスマホの画面。

 それらから推測出来るのは、『スマホで私の好感度が見える』ということ。

 そして、『分岐』や『台詞』という言葉から、スマホの情報を見ながら、ゲームのように私達を攻略していたということだ。


 まさか……『言葉』も嘘だったの?


 手作りのお菓子を美味しいと言ってくれたのも、頑張っていることを褒めてくれたのも、間違ったことを叱ってくれたのも、可愛いといってくれたのも、全てあたなの『言葉』ではなかったの?

 私達の『攻略情報』を、そのまま口にしただけだったの?


 ……ははっ、思い通りに動く私を見て、きっと思っていたんだろうな。

 『チョロい』って。


 胸に何かが込み上げてくる。

 目頭が熱くなる。

 でもここでは駄目、飲み込まなきゃ。

 お願いだから、早く消えて!

 電柱の陰でしゃがみ込み、耐えた。

 遠ざかる足音を聞きながら、泣いてしまわないように呼吸も止めた。


 暫くすると気配が消えた。

 もう、誰もいないだろう。

 立ち上がり、家路を急ぐ。


「……うっ」


 暗い夜道に人の姿はない、誰もいない。

 それが分かると、堪えていたものが溢れだした。

 それでも、全てを解放してしまわないよう、我慢しながら進む。

 口を押さえても嗚咽は漏れてしまうけれど、拭っても涙は止まらないけど、緩めちゃ駄目だ。

 自分の部屋に入るまでは駄目だ。

 泣き崩れて、家に帰れなくなってしまう。


 ……許すまじ、神楽坂葵。

 お前の好きにはさせない。


 何が運命の羽だ。

 あんなもの、不幸の羽だ。

 ハーレムなんて、ぶっ壊してやる。

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