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01:運命のはじまり?

『運命の羽』


 それは噂。

 どこからともなく舞い降りてくると言う、白い羽。

 一部が桜色に染まっていて、その形はハートに見えるという。

 その羽を拾った者は運命の出会いをする……らしい。


 心から信じてはいない。

 ただ、『素敵だな』とは思っていた。

 興味はあるけど、積極的に探しはしない。

 ふと思い出した時に、辺りを見回してみるくらい。


 『運命の出会い』というものはしてみたいなあと、年頃の女の子らしい願いはあった。

 『願い』と言っても淡い期待程度のもので、希望的観測。

 望んではいるが現実味のないもの、自分の中ではそういう扱いだった。


 はずだったのだけれど――。


 その日、普段はあまり気にしていない花壇の花が、とても気になった。


「……枯れそう? 元気がないなあ」


 最近日照りが続いていたせいか、土がとても乾いている。

 雑草も伸びている。

 普段は誰かが手入れをしているはずなのだが、どうしてか手を掛けて貰っていない様子の花達が可哀想に見えた。


「お水あげよ」


 そんなことは、今までしたことがなかったのに。

 ただそういう気分だったのかもしれないが。

 辺りを見回すと、近くに水やり用の蛇口を見つけた。

 水やりにちょうど良いホースもついているし、早速水をあげようとホースを花壇に向け、思い切り蛇口を捻った。


「うわあ!?」

「うん?」


 花壇に向けていたホースの先の方から、驚いたような声が上がった。


「え?」


 蛇口に向けていた視線を声の方に動かすと、スラッとした背の高い男子生徒が立っていた。

 よく見ると、びしょ濡れになっている。


「……あっ!」


 濡れている原因は私!?

 雨も降っていないし、周りに水気はない。

 どう考えても私が水を掛けてしまったとしか思えない。


「ご、ごめんなさい! お花に水をあげようとして……ちゃんと見ないまま、水を出してしまいました!」


 慌ててホースを置き、男子生徒の元へ駆け寄った。

 ネクタイの色が赤なので、一つ上の二年生と思われる男子生徒に頭を下げた。

 どうしよう、怒られるかもしれない。

 怖い人だったらどうしよう。

 そんなことを考えながら、頭を上げることも出来ず、反応を待っていると……。


「あはは」


(あ、澄んだ良い声……)


 男子生徒の綺麗な声に驚きつつも、聞こえてきた笑い声は何なのだろうと顔をあげると……目が合った。


「暑いと思っていたところだったんだ。涼しくなったよ」

「……!?」


 息が止まりそうになった。

 柔らかそうなクリーム色の髪に、翡翠のような瞳。

 鼻筋の通った整った顔立ちに、長身のスマートなスタイル。

 穏やかに微笑をこちらに向けて立つ姿は、キラキラと輝いて見える。


(か、格好良い!)


 一気に顔に熱が集中していくのを感じた。

 心臓も、いつもより倍以上の早さで脈打っているような気がする。

 何故か身体は硬直してしまって動けない。

 目が合ったまま、停止してしまった。


「君?」

「あっ! はい! ご、ごめんなさい! そうだ、ハンカチ!」


 話し掛けられて、漸く頭と身体が動いた。

 水をかけてしまったのだ、早くなんとしなければ。

 持っていたハンカチを差し出すと、『これぐらい構わない』と遠慮された。

 でも、綺麗な髪から水が滴っているし、顔も濡れている。

 水も滴るイイ男とはこのことだ、なんて考えてる場合ではない。


「でも、そのままだったら風邪ひいちゃいます! 軽くふくだけでも……失礼します!」


 なんとかしたくって、額や頬にハンカチをあて、ふき始めたところで気がついた。

 背の高い先輩を見上げ、手をのばしたのだが……顔が近い!

 漸く自分が恥ずかしいことをしていることに気が付いた。


「急に近寄ってごめんなさいっ」

「あ、いや……構わないが」


 少し気まずそうにはにかむ先輩を見て、更に恥ずかしさと申し訳ない気持ちが増した。

 私、何をやっているのだろう……!

 もう一度謝ろうと先輩に顔を向けた、その時……。

 頭上に微かな気配を感じた。


 何か落ちてくる?


 空から何かが接近してくるのが分かった。

 校舎の上の階から誰か何か落としたのだろうと思い、手を伸ばす。

 ひらひらと不規則な動きをしながら落ちてくるそれを、落とさないようにすっと掴むと、それは白くて軽いものだった。


「羽? 鳩でも飛んでたのかな」


 私の動きを見ていた先輩がポツリと呟いた。

 先輩の言葉を聞いてから、自分も手に握った羽に目を向けた。

 確かに羽だった。

 でも色は白だ、真白で綺麗な羽。


 鳩じゃない……?


 その瞬間、思い出した。


(もしかして!)


 羽を綺麗に広げると、そこには……あった。

 間違いなく、ハートの模様だった。


「凄い……運命の羽だ! 本物だ!」

「?」


 噂は本当だったのだという驚きと、それに遭遇できたという喜びで、思わずぴょんぴょんと跳ねてはしゃいでしまった。

 その様子を不思議そうに見ている視線に気づき、恥ずかしくなった。

 そうだった、先輩がいたんだった……。


「あ、すいません。いきなり叫んで……。あの、先輩は『運命の羽』ってご存じですか?」

「いや、知らない。あっ……」


 小さく驚きの声を上げた先輩の視線の先、私の手にある羽に目を向けると……。


「わっ!?」


 羽が光っていた。

 触れていている手は暑くも冷たくもなく、何も感じないが、羽根は確かに光っていた。

 どうすることも出来ず硬直していると、やがて光は弱まり……その姿を消した。


「消えた……」

「これはいったい……。運命の羽?とやらなのか?」

「あ、はい。多分……」


 この学校ではよく耳にする噂なのだが、びしょ濡れの先輩は知らないようだった。

 男の人にはあまり興味が無い話かもしれないがこうやって目の前で現れたし、何よりも興奮を抑えきれず、私が知っている『運命の羽』の説明をした。


「そうか。不思議なこともあるもんだな。素敵な話だね」


 大体の男子は、『運命』という言葉が出た時点で馬鹿にするか呆れる。

 そして『女子って、そういう話好きだな』とおきまりの台詞を吐かれて終わるのだ。

 だが、彼はそれをしなかった。

 今実際目にしたからかもしれないが、茶化すこと無く話を聞いてくれたことに好感が湧いた。


「先輩は、『運命』って信じられますか?」

「どうだろう。でも、何処かに自分の運命の人がいると思うと……会いたいな」

「そうですよね!」


 共感出来る言葉を聞いて、胸に温かいものが湧き始めたのを感じた。

 こんな素敵な人がこの学校にいたなんて、知らなかったなあ。


「出会えるといいね。運命の人に」


 王子様のような、爽やかな微笑みを見たその時に思った。


 『この人が私の運命の人だったら良いのに』と。


 もしかすると、あの羽は私達を巡り合わせるために現れたものだったのかもしれない。

 だとしたら、やっぱりこの人が……私の……。


 それが先輩との、神楽坂葵かぐらざかあおいとの出会いだった。




※※※




 それからはよく顔を合わせるようになり、自然と連絡を取り合うようになり……一緒に出掛けるようになり……。

 着実に距離は縮まっていった。

 神楽坂先輩は人気があって、当然モテていたけれど、自分との約束は必ず優先してくれるし守ってくれた。

 誰にでも優しかったけれど、自分には一際優しくしてくれていたし、周りの子達より私はリードしていたと思う。

 それでももっと好かれたくて、可愛くなるよう努力もしたし、仲良くなれるよう頑張った。

 自分でも驚く程、私は神楽坂先輩に夢中になった。


 そしてある日……私は、告白する決意を固めた。


 呼び出したのは屋上。

 人の姿はない。

 頭上には青い空、広い空間に先輩と二人きり。

 まるで世界には私達しかいないようだった。

 恵まれた告白環境の中、緊張で破れてしまいそうな心臓を落ち着かせながら、意を決して口を開いた。

 

「私っ……先輩のことが!」


 心臓は張り裂けそうだ。

 でも、先輩は優しい目をして私の言葉を待ってくれている。

 伝えなきゃ。


「先輩のことが……先輩の……こと……が?」


 言葉を紡いでいる間、デジャブのような感覚に襲われた。

 あれ、こんなこと……前にもあった?

 告白……神楽坂先輩に……告白……。


 …………あ。


 突如脳内に広がるスクリーン。

 流れる映像。

 そこには沢山の女の子の姿……いや、イラストだ。

 

 その瞬間、思い出してしまった。


「黄衣?」


 神楽坂先輩に名前を呼ばれ、我に返った。

 神楽坂先輩……そう、『神楽坂葵』だ……『主人公』の。


「続きを聞かせて?」


 再び脳内で広がるスクリーン。

 その中には、毎日鏡の中で出会う見慣れた『自分の姿』、いや……正しくは『自分のイラスト』も……。

 ああ……そうだ……私は……私は……!


「……でもないです」

「え?」

「なんでもないです!」

「え? え?」


 時がつけば走っていた。

 我武者羅に家を目指して、校舎を抜け、町の中を駆け抜けた。


 こんなことって……こんなことってあるの!?

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