あの故郷
…あの故郷…
夕食も終わり、レリア姫とソレーヌは先にテントに入っていった。
僕は焚き火の近くで、簡易なテントを作っていた。
「スズキ、そんなものまで持っているとは……」
リリアーヌは、焚き火を木の棒で突きながらいった。
「まあね」
そう答えつつ、僕はテントを作り終え、焚き火を挟んでリリアーヌの前に座る。
「それにしても、寒いな」
「ここら辺は、年中寒いよ」
リリアーヌはそう言いながら、暖かそうに飲みものをすする。
「リリ、それ何」
「お茶だが、スズキも飲むか?」
そう言うと、新しい木のコップにお茶を注ぎ、僕に渡した。
僕はそれを受けとり飲んだ、ハーブティーの一種のようだ。
「美味しいな、暖まるし」
「そうだろう」
リリアーヌとたわいのない話をしながら、僕はお茶をすすった。
お茶を飲み終えた僕は、お椀を隣に置き、日記をつけ始めた。
「スズキ、何をしているんだ?」
「日記をつけているんだよ」
僕に答えを聞き、リリアーヌは少し驚いた様子で言う。
「字が書けるのか、意外だな」
字が書けないと思われていたのか、ショック。
「少し見せてみろ」
リリアーヌはそう言うと僕の隣に座った。
「スズキ、見たことない字だが、これは何語だ?」
あれ、文字、通じないの?
「えっと読めないの? 日本語だけど……」
「私は、ビラリーニョ語以外書けないし、読めないよ」
肉屋の看板にも、肉屋と漢字で書いてあったのに……
「ちょっと、何かビラリーニョ語で書いてみて」
僕はそう言うと、ちぎった紙とボールペンを渡した。
「これは、どうやって書くんだ?」
リリアーヌはボールペンを見ながら言った。
「こう書くんだよ、ほら」
僕はもう一本のボールペンで線を引いた。
「な、なるほど、こうか」
リリアーヌはそう言うと、ミミズが這ったような文字を書いている。
「書いてみたが、どうだ」
僕は言葉を失った。
リリアーヌが文字を書き終えると、文字が日本語に化けたのである。
「スズキ、スズキ! 大丈夫か?」
「あ、ああ」
その時、薪が崩れ小さな火の粉が、空に向かって舞い上がった。
僕は空を見上げた、満天の星空だ。
「ここは、故郷じゃないんだな」
僕は日本に帰れるのだろうか。
「そうか……でもスズキ、この空は君の故郷とも繋がっているはずだよ」
リリアーヌは僕を慰めようとしたのか、そう言ってくれた。
だが、この星空は日本には繋がってはいない。
「ああ、そうかもな、ありがとう。もう寝るわ」
そう言うと僕は自分のテントに向かって歩き始める。
「明日、朝に稽古をつけるから、今のうちしっかり寝とけ」
リリアーヌはそう言った。
「おう、おやすみ」
僕はそう言ってテントに入った。




