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【8】 出発前夜


 「全く困った両親だ!」

 「まぁそう怒るなよ。王様も王妃様もお前を心配しているだけだろ? 喜ばしい事じゃないか?」

 「過保護すぎるんだよ! 俺を全く信頼しちゃいない。確かに俺は兄さんのように、才も学もない」

 「そんな事は無いって。お前の兄さんが化け物みたいなだけで、お前だって俺らなんかから見たらスゲーよ」

 「……ありがとう」


 王子は照れたように小さくそう零した。出発を早々と明日に控えた王子は、長年の友人であるレノと大衆食堂で食事を共にしていた。


 「それにしても、本当に行っちまうのか? それも一人で……」

 「ああ、これは一人でやり通さなければいけないんだ」

 「俺が付いて行ってもいけないのか?」


 王子はレノの顔を見た。綺麗なレノの緑色の目には不安が隠れていた。王子はレノに笑い掛けた。


 「ありがとう! でも俺一人でやらないと意味が無いんだ。正直不安さ。一人でどこまで出来るのかも分からないよ。この都を出れば俺の事を知っている人間も居ない。右も左も分からない事だらけだろうな」

 「だったら……!」

 「レノの気持ちは嬉しい。だけどダメなんだ。兄さんを探し出して、兄さんに王になってもらうにしても、俺が王になるにしても、誰かを頼って成し遂げてはいけないんだ」

 「頼り切るのと、頼るのは違うぜ? そんなに一人に固執する必要は無いだろ?」

 「俺は自分の力を試したいんだ。レノに頼ってばかりの俺で居たくないんだよ。いつだって俺はレノに頼りっぱなしだ。たまには一人で成し遂げないと、胸を張れない」

 「……俺はお前が心配なだけなんだよ。数少ない友達なんだ。……ろくに外の世界も知らないくせに、自信だけは一丁前なんだから困るぜ」


 レノは額を抑えながらも、口元は笑っていた。王子はその仕草に安心した。レノがこの仕草をする時は、納得はしていないが許してくれた事の意味が含まれているのだから。


 「何とかなるって! 大丈夫さ! だって俺は魔女殺しなんだから。簡単には魔女にもやられないさ!」

 「そう、だな。なぁ本当に魔女を殺すのか?」

 「それが俺の使命だから」

 「魔女が必ずしも悪い奴だとは限らないぜ?」

 「レノ……」


 レノに真剣な眼差しを向けられた王子は少し困ったように顔を歪めた。


 「俺は、お前が殺そうとしている“魔女”に命を救われた。その魔女に感謝している。なあ王子様よ。決めつけていいもんなのか……」

 「魔女は悪だ。君を助けたのも、君の苦しむ姿を見るためだ。だっておかしいじゃないか。レノの家族は? どうしてレノだけを助けたんだ? どうして力があるのに、君の家族は助けられなかったんだ?」


 レノは苦い顔をして、王子から目を逸らした。王子は少し言い過ぎたと、こちらも苦い顔をした。


 レノは幼い頃に海難事故に遭った。家族との船旅だった。レノの家族は波に飲まれレノだけが助かったと、王子はレノから聞いていた。レノを助けたのは若く美しい魔女だった。レノはその美しさに目を奪われたと言った。世にも不思議な力を使い、レノを水の中から引き揚げた。レノはその時の事を今でも忘れられないで居ると言ったのだ。

 家族が苦しみながらもがく姿を、レノは見せつけられたのだ。レノだけ安全な場所へ移されたのだ。必死に家族に手を伸ばし、助けを求めた。家族が目の前で苦しむ姿に絶望した。魔女のその行為が悪意からではないと、王子にはそうは思えなかった。


 「……魔女だって人間だ。お前の兄さんもよく言っていただろ? 出来る事にはきっと限りがあるんだよ。魔女だって万能じゃない。あの人はきっと俺の家族も助けたかった筈だ。でも、俺一人を助けるので精一杯だったんだ」


 レノは何処か遠くを見つめるようにそう言った。優しい表情だった。王子はレノの表情を見て不思議な気分になった。


 「許せるのか?」

 「許すも何も俺は助けてもらったんだ。お前とこうして今も話していられるのは、あの人のおかげだ。……あの人はお前の思う様な人じゃなかった。救えなかった事を俺に謝った。救いたかったと俺にそう言った。それだけははっきりと覚えている」

 「……口ではなんとでも言える。魔女は悪だ。存在してはいけないんだ」

 「……そうか。俺にはお前のように誇れる血は無いよ。だから分からない。でも、お前だってきっと善い魔女に出会えば分かる。人間だってどうしようもない悪党は居るんだ。その何にも見たことのない目で確かめて来な」


 レノは王子に振り向くとニッと笑った。王子もつられてレノに笑い返した。


 「そうだな。俺が正しいことを証明しに行く!」

 「はぁ、俺が間違ってんのかよ……」


 レノは呆れたように溜め息を吐いた。


 「ところで、魔女ってどこに居ると思う?」

 「情報無しかよ……」

 「父上の話しはまるで役に立たなかった! 全てが曖昧だった。どこに行けば魔女が居るのかも、誰に聞けば分かるのかも、皆目見当もつかない」

 「少なくともこの王都には居ないだろうよ。近くの村や町にも」

 「なんでだ?」

 「なんでって……。魔女殺しなんて呼ばれてる一族が居る近くに、わざわざ好き好んで来ないだろ……。そんなの殺されに来てる様なもんだろ? その頭は飾りか? ちょっとは考えろよ」


 レノはもう一度呆れたように盛大にため息を吐いた。レノの話しを聞いて王子はそうだな、と一人納得していた。


 「じゃあとりあえず隣国にでも足を延ばしてみるか!」

 「そんな当てずっぽうでいいのかよ? お前の兄さんの足取りを辿ったらいいんじゃないか?」

 「兄さんの足取り何て分からない。兄さんを探す手立ても俺にはないんだ。魔女を追えばその先に兄さんは必ず居る筈だ! その逆も有り得る。兄さんを探せば必ず魔女に出会う」

 「お前の旅には必ずその二つが纏わりつくんだな」

 「ああ。どうってことない! だってどっちも目的の者なんだからさ。一石二鳥だよ」

 「分かったよ」


 王子の肩を叩き立ち上がったレノを、王子はその黒い瞳で不思議そうに見上げた。


 「もう帰るのか?」

 「お前の為に情報を集めてやるよ。選別だ。明日の朝にまた会おう。ゆっくり休めよ?」

 「レノ、ありがとう。君も無茶するなよ」

 「ああ、また明日な。親友」

 「ああ、明日、橋の上で待ってるよ」


 レノは振り返らずに手だけを振って、人ごみの中に消えて行った。レノの背中を見つめて王子は一人微笑んだ。持つべきものは親友だと。こんなにも心強い親友と離れなければいけないのは、正直辛かった。不安だった。出来る事なら王子はレノと共に旅をしたかったのだ。だが親友を私情の為、危険な事に巻き込む事は王子には出来なかった。レノに甘える訳にはいかなかった。


 王子はレノに言われた通りに城へ帰り、ゆっくりと休息を取ることにした。もうこの城に居られるのも最後かもしれない、レノに会えるのも明日が最後かもしれない、そんな弱気な心を制する様に、王子は盛大に自分の頬を両手で挟み叩いた。


 「いってぇ……!」


 ジンジンと王子の頬は痛んだ。王子はその感覚に笑みを浮かべ床に就いたのだった。



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