【40】 王子と魔女のこれから(1)
「シエルー。ご飯だよ?」
シエルはふくれっ面をしていた。ペタペタと歩きキャベツを持つエレナの元に歩み寄った。
「どうして戻ってないんだ!!」
「残念だったね? でも話せるようになったじゃない」
「でも、飯は食えない! 野菜ばっかだ!」
「嫌なの?」
「……エレナが用意してくれるなら嫌じゃない」
「じゃあいいじゃない」
「たまには俺もがっつり肉とか食いたいんだ!!」
シエルは子どものように駄々をこね始めた。
***
あのキスをした満月の夜、二人は眩い光に包まれ呪いは解けた様に思えた。シエルの体もキスの直後は人の物だった。二人ははにかみながら手を取り家へと帰り、朝方眠りに就いたのだ。
シエルは夢を見ていた。ふわふわと漂う様な夢を。突然に夢の中で肩をガシっと掴まれた感触がしたのだ。振り返るとそこには色白で長い茶髪の女、白夢が居た。
「エレナとキスしたわね? 見ーちゃった!」
「のぞき見かよ!! 趣味悪いぞ!」
「だってあんな湖の近くでイチャイチャされちゃあね? 見るしかないでしょ?」
「くそっ! 最悪だ!」
「貴方だって前に私とカカシさんがラブラブしているところ見たでしょ? お互い様よ」
「お前らが見せつけて来たんだろうが! 俺は見たくなかった!」
白夢は頬を膨らませシエルから手を離した。
「なによぉ。もうっ」
「……」
「それで、選んだのね? どうするのかを」
白夢は優しく微笑んだ。
「エレナは殺せない。悔しいけど、お前の言う通り。魔女の全てが悪じゃない。俺は見極めたつもりだ」
「そう。良かった。……エレナの呪いを解いてくれたのね。ありがとう」
「なぁ、どうして俺はエレナと一緒に眠らないんだ?」
「忘れちゃったの? 魔除け。してあげたでしょ?」
シエルは、あぁ、と小さく零し微笑む白夢をじっと見つめた。
「白夢、君は……、君はエレナの探しているお姉さんじゃないのか……?」
「……いつから気づいてたの?」
「確信を持ったのは今。その髪の色や目の色、それにその表情、見れば見るほどよく似てる。この間湖で会って、君は仕切りにエレナの事を気にしていた様に思った。それに君はエレナの事をよく知っていた」
「……エレナには言わないで。私はまだ帰れない」
「どうして!? 彼女を寂しくさせているのは君だろ? それを分かっていてどうして顔も見せてやらないんだ!」
白夢は唇を噛んだ。
「私だって……! 帰れるなら帰りたいわよ!!」
シエルはビクッと肩を震わせた。辛辣な表情で今にも白夢は泣きそうだった。
「いつもあの子を見守ってる! 傍に居てあげたい! でも出来ないの!!」
「どうしてだ?」
「私が魔女で、あの子も魔女だからよ! 私達の相性は最悪。一緒に居ればエレナの魔力は押さえられなくなる。暴走したあの子の魔法が世界を眠りに就かせてしまう。そんな事出来ない。私達の為に世界を犠牲には出来ない。私はまだあの子を人間に戻す術を知らない。だから、帰れないの」
白夢は落ち着きを取り戻したようだった。
「……どうして俺をエレナの元に送った?」
「……ごめんなさい。貴方の事初めから利用しようとした。魔女殺しなら、もしかしたらエレナを元の人間に戻せると思った。でも無理だった。これでも感謝してるの。エレナの呪いを解いてくれたことも、エレナを選んでくれたことも。貴方が傍に居るだけでエレナは寂しくなくなる。……貴方をエレナに会わせて良かった」
「エレナの事、君の事教えてくれ。君の言い方じゃまるでエレナは人間だったみたいじゃないか」
「エレナは元々人間よ。私が魔女にしてしまった。でも、そうするしかなかった」
「どういう事……?」
「いいわ。エレナの呪いを解いてくれたご褒美をあげなきゃね? 私達の過去を教えてあげる」
**
それはエレナがまだ幼い頃、家族は皆仲良く暮らしていた。父と母は仲睦まじく、姉はエレナを大層可愛がっていた。そんな普通の家庭だった。
ただ普通と違ったのは姉、白夢は生まれながらの魔女だったという事だ。その事は両親すら知らない事だった。
白夢は物心ついた時に自分の中にある力に気付いた。そして恐れた。人と違う力をどう使っていいのか分からなかった。誰にも相談することは出来なかった。そんな不安な日々を過ごしていたある日、白夢の夢の中に一人の女性が現れた。青の髪の優しそうな女性だった。
その女性は自分が魔女であると白夢に言った。白夢と同じ力を持っていると彼女にそう言ったのだ。女性は白夢に力の使い方を教えた。白夢はその女性を先生と仰ぎ、次第に自分の力を恐れる事はなくなった。
先生は白夢をいつか偉大な魔女になるといつも言っていた。先生の言った通り白夢は同年代の魔女よりも、遥かに抜きんでた魔力と知識を有していた。
今となっては、白夢は独自の魔法を生み出すなど、先生の予言通りの偉大な魔女へとなった。
それは置いといて。力の使い方を白夢が分かった頃に両親は事故に遭った。崖から馬車が転落し、母はその場で即死、父も酷い怪我を負ったが命に別状はなかったのだ。
白夢は両親の事故を受け入れられなくて調べた。両親の走っていた崖は緩やかなカーブだった。よそ見や居眠りをしていないと転落などしない。父や母がそんな事をするとは思えなかった。何かがおかしいとそう白夢は思った。
父が退院し三人での生活が始まった。父は母を失ったショックから呆然と立ち尽くし、何も手が付かなくなってしまった。幼いエレナの面倒を白夢が見ていた。
父が退院して少し経った日、白夢が買い物から自宅へと帰るとエレナは倒れ、見知らぬ女が父のベッドの脇に立っていた。女は金の髪をなびかせ白夢を見た。派手で下品な赤いドレスが印象的だった。白夢はエレナに駆け寄った。エレナはぐっすりと死んだように眠っていた。
女は白夢に近寄ると、彼女の頭上で手をかざしたのだ。
「お前も眠りなさい」
女はそう言った。だが白夢は眠りには就かなかった。女は怪訝な顔をした。
「どうして眠らない!? お前も魔女か?」
白夢は咄嗟に理解した。目の前の女は眠りの魔法を使える魔女だと。エレナは眠らされているのだと。母の死もこの魔女のせいではないかとふと思ったのだ。
先生に教えてもらっていた魔除けが効いた。女の魔力では白夢は眠らされなかった。白夢は目を見開き、女を凝視していた。
「……お母さん」
「お母さん……? ああ、あの女。無様な死に方よね? 馬車の下敷きだなんて。ちょっと眠らせてやっただけなのに」
女は高らかに笑った。白夢は何がおかしいのか理解できなかった。気が付くと女に飛びかかっていた。
「糞ガキ!! 離れろ!」
「お母さんを返して!! 返してよぉ!!」
女の魔法を一度見ただけで白夢はそれを理解していた。白夢の魔法と近しい構造だったのだ。女に眠りの魔法を掛けた。女はフラフラと体を揺らしていた。
「私の、魔法、だぞ? 何故、使える!?」
「私、天才だから。エレナの魔法を解きなさい。お父さんにも近寄らないで」
「嫌よ。あの人は、私の、物。お前達は、いらない」
女はそう言い、白夢を睨んだ。白夢は自分の中で怒りが渦巻いているのが分かった。父は誰の物でもないと思った。そんなくだらない理由で、母が死に導かれた事に納得など出来なかった。その感情を制御する方法など知る由もなく、感情に任せ女の首を絞め始めた。
「やめろ。魔女に、人は、殺せない」
「魔法ではね! 人を殺す魔法何てない!! 作れるにはきっかけだけ……。あんたがそうしたように、私も私の手であんたを殺してやる!!」
白夢は女の首を絞め続けた。苦しそうに喘ぐ女を白夢は感情のない目で見つめていた。女が動かなくなった頃、白夢は我に返った。自分の両の掌を見た。怖かった。生々しい感触が手に張り付いていたのだ。
そっとエレナに振り返った。だがエレナは目を覚ましていなかった。何度も何度もエレナを揺さぶり、名を呼んだがエレナは目覚めなかった。
「どうしよう。どうして起きないの? エレナ、ねぇエレナ……。お父さん。……助けて。お父さん!!」
父はベッドで呆然と何もない壁を見つめているだけだった。白夢は唇を噛みしめ眠るエレナをベッドに移した。それから嫌悪感を抱かずにはいられない女の死体を、薄暗い森の奥へと埋めに行った。
何日か経ってもエレナは一向に目を覚まさなかった。日に日にその眠りは深くなるばかりだった。白夢の魔法でもエレナの夢に入り込む事は出来なかった。
放って置けばエレナはそのまま目覚めぬまま、息絶えてしまうのを待つだけだった。そして白夢はある決断をした。
先生に最後に教えてもらった事だった。魔女である以上先生がそうしたように、いつか白夢も魔女を育てるだろうとそう言い残していた。それは白夢のように生まれながらの魔女かもしれない。白夢とは違い自分でそうなるように望んだものかもしれない。自分ではそう望まずとも引き寄せてしまった者かもしれない。その時は先生の言っている事が白夢にはまだ理解出来なかった。
今になって何故先生がそのような事を教えたのか白夢は分かった。それで救われる人も居るのだと。その事に感謝さえした。魔女になれば新しい人生が始まるのだ。どのような形であれエレナを救う事が出来るのだ。
自分の魔力を分け与えエレナを魔女にした。魔女になれば呪いはリセットされる筈だった。




