【4】 寸胴でツルツル、プニプニの茶色い生物(4)
「お姉ちゃんも町に住めばいいのに」
「うーん、それは無理かな?」
「何で? 昔は町に居たんでしょ?」
「うん。全然覚えてないけどね。隣のパン屋さんのパンがすごく美味しかった、とかそんなぐらいしか覚えてない。お父さんもお母さんも、それにお姉ちゃんも一緒に住んでいたんだよ」
「お姉ちゃんの家族はどうしてるの?」
ウェンディの素朴な質問にエレナは目を細めて、優しく笑った。家族の事を思うと、懐かしい気持ちになった。
「お父さんと、お母さんは事故でもう居ないの」
「……そうなの。お姉ちゃんのお姉ちゃんは?」
「お姉ちゃんは生きてるよ? でもどこに居るのか分からないの。私はあの家でお姉ちゃんが帰って来るのを待ってるの。だから町には住めないんだよ」
「でも、お姉ちゃん一人で寂しそう。お姉ちゃんのお姉ちゃんだって分かってくれるよ!」
「うん、でも約束したから。あの家で待ってるって。お姉ちゃんは絶対に帰ってくるの。それにもう一人じゃないよ? シエルが居るもん」
エレナはニコニコと足元を歩くシエルを見た。シエルもエレナの視線に気づいたのか、エレナを見上げた。
「それと町の人達は私の事良く思ってないし、私の事魔女だって言ってるし……。今更町には住めないよ」
「そんなことないよ! 私も私の家族もお姉ちゃんには感謝してるよ! 皆だって本当はお姉ちゃんの事心配してるんだよ。魔女だって言ってるのも尊敬してるからだよ! お姉ちゃんの薬は凄いもん!」
「そうかなぁ……」
エレナはウェンディに苦笑いを返した。たまに町まで買い物に出ることはあるが、あまり歓迎はされていない気がしている。皆どこかよそよそしいというか、エレナを恐れているという風で、エレナはその反応が嫌われているからだと思っているのだ。
「私、お姉ちゃんが町に来てくれたら嬉しいよ? 皆だってきっとそうだよ。お姉ちゃんの薬には皆感謝してるし、あんまり話したことがないから皆どう接していいか分からないだけなんだよ」
「ふふ、ありがとう。でも、お姉ちゃんが帰ってくるまではあの家に居るよ」
「そっか、シエル、お姉ちゃんの事寂しがらせないであげてね?」
ウェンディはエレナを挟んで横に居るシエルを見た。シエルは返事をするように大きく口を開けていた。
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小一時間程歩くと森を抜けられた。町はすぐ目と鼻の先だ。
「お姉ちゃん、送ってくれてありがとう。今度はシエルのご飯持って行くね!」
「うん、ありがとう。気を付けて帰るんだよ?」
「うん、じゃあね。バイバイ!」
町の薄明かりを目指してウェンディは掛けて行った。エレナはウェンディを見送ると、足元のシエルを抱きかかえ、来た道をもう一度歩き出した。
「真っ暗だねぇ……」
そうエレナは零しながらも森を進んだ。森の中にはフクロウの鳴く声や、夜の動物の動く音がしていた。
エレナは森に移り住んで長くなるためか、月明かりだけでも道に迷う事はない。足元さえもぼんやりとしか見えない中を、エレナは迷うことなく進んだ。抱えたシエルはエレナの腕の中でじっとしていた。エレナの動く反動で尻尾だけがゆらゆらと動いていた。
「お姉ちゃんどこに居るんだろうね? シエルも会いたいでしょ?」
姉に思いを馳せながらエレナは歩いた。幼い頃の事をエレナは思い出していた。
「お姉ちゃんってね、なんて言うか、すごく元気な人なの。じっとしていることが出来ない人なのよ。それにとても優しい人なのよ。困っている人が居たら助けずにはいられないの。だから今もきっとそうやって人助けをしているんだわ」
エレナは暗い森の中を、シエルに姉の事を言い聞かせるように進んだ。ポツリポツリと姉について話すエレナの言葉を、シエルは時折、相槌を打つかのように聞いていた。
「お姉ちゃんが出て行ったのはお父さんの為なの。さっき両親は事故で死んだって言ったけど、あれ嘘なの。乗ってた馬車がね、雨のせいで滑って崖から落ちたの。その時お母さんは亡くなったの。でもお父さんは一緒に馬車に乗ってたんだけどね、一命を取り留めて、怪我はしたけど生きていたのよ」
エレナは少し悲しそうな表情をした。ぼんやりと光る月を見て続けた。
「お母さんが亡くなってから、お父さんはおかしくなっちゃった。お姉ちゃんも変なところがあって、お父さんの事魔女のせいだって仕切りに言っていたの。そんな事を言う物だから、私達一家は変な目で見られるようになっちゃってね、結局町に居られなくなって、森に移ったの。でもお父さんが良くなることは無くてね。お父さんはそれから寝たきりになっちゃったの。お姉ちゃんはそんなお父さんをどうにかしようと家を出て行ったの。それから帰って来ない。必ず帰って来るからって私に言ったのよ。お姉ちゃんにはもう家族は私しかいないの。だから、私はあの家でお姉ちゃんを待つんだ」
エレナに頭を撫でられたシエルはくすぐったそうに身を捩った。エレナはそんなシエルが可愛くて、沢山頭を撫でた。
「シエルは可愛いなぁ。私にももう血の繋がった家族はお姉ちゃんしか居ないけど、今はシエルも居る。貴方も私の家族よ。一緒に暮らして一緒にご飯食べて、私本当に嬉しいんだよ? だからシエル、これからも一緒に居てね? お願い……」
エレナの言葉は消え入りそうだった。抱えていたシエルは前足をエレナの腕から引き抜き、ペチペチとエレナの手を叩いた。エレナはその刺激に驚き、ふっと笑ったのだった。