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【39】 王子と魔女(2)


 エレナは体に衝撃を感じた。瞬間あのシエルの手に宿っていた綺麗な炎に焼かれるのだと思った。だが熱さはいつまでたっても感じられなかった。痛みも感じなかった。感じたのは温かい鼓動だった。ゆっくりと目を開け、前を見た。


 「シエル……?」

 「……出来ない。俺には、出来ないよ!」


 エレナはシエルにきつく抱きしめられていた。


 「シエル。泣かないで? ご両親の元に帰らなきゃ。きっと心配してるよ? 私にはもうそうやって帰りを心配してくれる家族はいないけど、貴方は違うでしょ?」

 「嫌だ。君を殺すなんて、俺には出来ない」

 「どうして? それがシエルの使命なんでしょ? 私が居なくなればシエルは救われる。それに国の人も、シエルの家族だって……」

 「俺は救われない! 君を失って、それから俺はどうすればいいんだ? そんなの耐えられない。俺は! 国より君と居たいんだ……」

 「シエル……」

 「俺は君に感謝してるんだ。あんな訳の分からない生物にされて、それでも俺の事を受け入れてくれた。俺の為に毎日ご飯を作ってくれた。ドアだって、不細工だけど俺の為に作ってくれた。泳げないのに、俺を助けるために水の中に入ってくれた。あの日だって俺が水辺の生き物だって思ったから湖に連れて来たんだろう? 君は水に入れないのに、いつも一緒に何かしようって言ってくれるのに、それでも俺の事を思って動いてくれた。さっきも溺れて怖い思いをしても俺を助けるって言ってくれた。いつも俺の事を考えてくれていた。今だって、こんなに震えて、本当は怖い筈なのに俺の為に命を投げ出そうとしてくれた。俺を家族の元に返そうとしてくれた」

 「そんなの、当然だよ。だってシエルは私の大切な人だもん。それに家族は大事だよ。貴方を返すためなら私はいいよ」


 エレナはシエルの髪を撫でた。シエルは抱きしめていたエレナの体を離し、エレナの顔を覗き込んだ。


 「シエル、泣かないで……? 私、シエルの事大好きだよ」

 「それは俺が人間でも?」

 「うん。姿は関係ないよ。だってシエルはシエルだもん」


 エレナはニコッと微笑んだ。つられるようにしてシエルも笑顔になった。


 「……俺、全てを捨てても君と一緒に居たい。わがままで自分勝手だけどダメかな?」

 「本当にいいの? チャンスを逃がすような事して」

 「またチャンスは何処かで来るさ。魔女は君だけじゃない。それに今帰らなくても死ぬわけじゃないし。……レノの言う通りだった」

 「レノ?」

 「俺の親友。善い魔女も居るって。君がそう。俺がこの力を使うべきは君じゃないんだ。父上にも確かめるように言われた。魔女を知るべきだって。そうすれば力は自ずと使えるって」


 エレナはシエルにその大きな手で頬を撫でられ、顔を赤くした。


 「あ、またやっちゃった。嫌だった?」

 「い、嫌じゃないよ」

 「エレナ、ありがとう。俺の事思ってくれて」

 「うん。シエルも私の事殺さないでくれてありがとう」


 シエルは苦笑いを浮かべた。


 「もう、そろそろだな」

 「なにが?」

 「この姿とおさらば。月が出てる時だけなんだ。俺の呪いは解けてない。……ねぇ、エレナ。俺君の事好きだよ」


 エレナは頬に大きな手を当てられたままシエルを見つめていた。


 「君の事助けたい。君は多分呪いを受けてる。俺と同じように」

 「呪い? でも私シエルみたいに動物にならないよ?」

 「君の呪いは多分、いきなり眠ってしまう事、だと思う。俺、初めすごく驚いたんだよ? 病気か何かかと思った」

 「眠ってしまう事……?」

 「それも自分では気づいてない? 前に俺に、人間は疲れたら眠ってしまう、って言っただろう? それはエレナだけだよ。夕べもキッチンで倒れるように眠っていただろ?」


 シエルは苦笑いを向けていた。


 「言われてみれば……。いつ寝たのか記憶にない事多い」

 「それが呪い」

 「でも、どうやって解くの? 私そんな魔法何て使えないよ?」

 「そうだね。……エレナ、もう時間が無い。俺の事好き?」


 エレナは顔を赤くしてシエルを見つめた。その後ゆっくりと頷いた。


 「そう。俺も、君の事好きだよ。愛してるよ。愛の籠ったキスはどんな魔法にも打ち勝つんだ」

 「じゃあシエルの呪いも?」

 「エレナ、もう黙って。本当に時間が無いんだ」


 シエルの皮膚は所々茶色く冷たくなっていた。エレナの頬に宛がわれている手も、触りなれたプニプニとした感触になっていた。

 エレナは顔を真っ赤にしたままゆっくりと近づいてくるシエルの顔を見ていた。


 「ちょ、ちょっとだけ待って!」

 「……エレナ」

 「シエルの本当の名前、教えて欲しいの!」


 シエルはエレナに顔を近づけたまま考えているようだった。エレナはそんなシエルが口を開くのを、じっと顔を赤くして見ていた。


 「名前。……シエルだよ? 君がくれた名前だから。そう呼んで?」

 「え? ええ? そんな事でいいの!?」

 「いいから。……目、閉じないの?」


 シエルにそう言われエレナは固く目を閉じた。シエルはふっと笑って、エレナの柔らかい唇にキスを落とした。

 その瞬間二人は温かく眩い光に包まれた。



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